夢と魔法と現実と











亮介が帰宅して十分後に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

「うわ、ギリギリだったな」

そう呟きながら、亮介は二階の自室から玄関へと向かう。行けば、既に扉は開いており、そこには十七〜十八歳の少年がラップのかかった鉢を持って立っていた。

「あ、亮ちゃん。鍵が開いてたから勝手に入らせてもらったよ。あ、これおすそ分け。今日はおじさんもおばさんも遅いって聞いたからさ」

そう言いながら、少年は鉢を亮介に手渡してきた。中には美味しそうな肉じゃががたっぷりと盛られている。

「あぁ。わざわざ悪いな、時野。まぁ、上がってけよ」

「言われなくても上がらせてもらうって。……あ、亮ちゃん。この前見せて貰ったゲーム。あれ、もうクリアした? クリアしてたら貸して欲しいんだけどさ」

靴を脱ぎながら言う従兄弟――土宮時野に、亮介は呆れた顔をした。

「良いけどさ……お前、今年受験生じゃなかったか? ゲームばっかやってて良いのかよ?」

「あ、それは大丈夫。先生に「お前はどこの大学でも楽勝で行けるだろうから、虚言・妄言を謹んで皆の邪魔をしないようにしていろ」って言われたし」

そう言う時野に、亮介は更に呆れ果てた顔をした。

「妄言・虚言って……お前普段、学校で何やったり言ったりしてんだよ……?」

「やー、進路希望調査の将来の夢の欄に「地球防衛軍の司令官か、世界を救う勇者御一行様の一員になりたい」って書いただけなんだけどさー」

「それは妄言っつーか、妄想だろ。……ってか、お前高校三年生だよな? 小学三年生じゃないよな?」

「身長百七十七センチの小学三年生がいたらちょっと怖いよなー」

「少なくとも、俺はお目にかかった事が無いな……」

「あとは、調理実習の日でもねぇのに、エプロン姿で校内をうろついたりとか?」

「お前、相変わらず授業で使われてない日の休み時間に家庭科室ジャックしてるのかよ」

「助っ人と称して水泳、空手、柔道、剣道、弓道部の試合や大会に参加してみたりとか?」

「……お前の学校のその五つの部活、一昨年から急に県大会常連校になったって噂だよな。相手の学校はたまったモンじゃねぇな……」

くだらないのだが実は何だか凄い事をダラダラと喋りつつ、亮介はグラスを二つ取り出して冷蔵庫から出したウーロン茶を注いだ。それを持って、二人は亮介の部屋へ行く。時野に椅子を譲り、亮介はベッドに腰を下ろした。そして、ウーロン茶を飲みながら何となく問う。

「……で、お前本気で書いたのかよ? 将来の夢が地球防衛軍の司令官とか、勇者御一行様の一員とか」

「こんな事、冗談で進路希望調査に書けるかよ。高校三年生にもなってさ」

苦笑しながら、時野もウーロン茶を飲む。普通は本気でも書かないと思うのだが。寧ろ、高校三年生にもなって本気でそんな職業に就きたいと思わないと思うのだが。

その感想を包み隠さず言うと、時野は「まぁ、そう言う奴が多いよなー」とまた苦笑した。

「けどさー、なりたい物はなりたいんだから、仕方無いじゃん? 先生やクラスの奴らは「そもそも地球を狙う悪い宇宙人や魔王なんかこの世にいないんだから、なりようがない」って言うけどさ。証拠も無いのに、何でいないってわかるんだよ? ひょっとしたら、魔王と勇者が戦う世界は実在するけど、この世界と繋がる方法がまだ見付かってないだけかもしれないし。地球を狙う悪い奴は実在するけど、今はまだステルス能力を使って身を潜めて、虎視耽々と機会を狙ってるだけなのかもしれないじゃん?」

まさにほぼその通りで、実はそのステルス能力を使って身を潜めている悪い奴が餌として狙っている生物が、今現在やっぱりステルス能力を使いつつ亮介の頭上に浮いていたりするのだが。

「だからさ、俺はいつそういうのに巻き込まれても良いように、自分を鍛えているわけよ。いつどんな知識が必要になるかわからないから、知識の吸収には余念が無いし」

「その結果が、学年一位の成績かよ」

「いつ戦いに巻き込まれても対処できるように、武術や水泳の訓練だってしてるし」

「その結果が水泳、空手、柔道、剣道、弓道部の大会荒らしかよ」

「いつ異世界に召喚されて旅する事になっても、どんな食材でどんな場所でも食事の心配が無いように、料理も徹底的に極めたし!」

「うん。確かにお前の料理は美味い。っつーか、地球防衛軍の司令官や勇者御一行様の一員は諦めて料理人になるのがお前の為にも周囲の為にもなると思う」

「こんなに色々準備してるのに、何で俺は異世界に召喚されないんだよ!? もしくは、何で地球を狙う異星人達は俺の目の前に現れねぇの!?」

「知らねぇよ! ってか、準備し過ぎだろ! 異常現象がそれにドン引きして、お前の事避けてんじゃねぇの!?」

「そうなのかなぁ……。確かに、学校でラップ音とかポルターガイスト現象とか、必ず俺がいない時に起きてるみたいだし」

「……待て。ラップ音とかポルターガイスト現象って、そんな日常的に起こる物だったか?」

「走りながら本を読む二宮金次郎像も、クラスで俺だけ見た事無いし……」

「目撃率高ぇな。っつーか、何なんだよ、お前の学校……」

何とかそれだけの言葉を絞り出してから、亮介は「あ……」と呟いた。そして、時野に問うてみる。

「……なぁ、時野。例えば……例えば、だけどさ。俺ぐらいの大学生の男が、アニメの魔女っ娘よろしく魔法を使って町の平和を守る事になったとしてさ。そういう場合って、どういう服装をするのが一番それっぽいと思う?」

「……は?」

今度は時野が唖然とする番だった。変な物を見る目をする時野に、亮介は慌てて手をブンブンと振りながら言った。

「い、いやさ、ほら。大学の同級生で最近、小説を書いてる奴がいるんだけどさ。その小説が魔法で町を守る話で、主人公が大学生の男なんだよ。……で、その同級生に相談されたんだよ。こういう話って、男の場合はどういう服装するのが一番雰囲気出るんだろうな、って」

「んー……」

軽く唸りながら、時野はしばらく考えた。そして、頭を掻きながら困ったような顔をして言う。

「……ごめん、わかんないや。そういや、男子大学生が主役で魔女っ娘とか見た事無いかも」

「男子大学生が魔女って時点で何かがおかしいんだけどな。……ま、わかんないなら良いや。悪いな、変な事訊いて」

「……因みに、亮ちゃん。俺、その小説ちょっと読んでみたいんだけどさ。それ、書き上がったら借りてくる事ってできる? 書いてる亮ちゃんの同級生って、誰? 俺の知ってる人?」

時野からの予想外の問いに、亮介は「ヘッ?」と素っ頓狂な声をあげた。そして、よく考える事も無くツルッと頭に浮かんだ人物の名前を吐き出してしまう。

「え、あー……弥富翼?」

「弥富翼? って事は、俺のクラスメートの弥富の兄ちゃんか。なら、話は早いや。俺、弥富に兄ちゃんが書いた小説借りてきてくれるように直接交渉してみる!」

「あー! 待て待て待て待て!」

言うが早いか携帯電話を取り出して電話をかけそうな行動の速い従兄弟を、亮介は必死になって止めた。ここで電話をかけられたら、自分が口から出まかせを言っている事がバレてしまうかもしれない。

「弥富の奴、小説書いてる事は家族には内緒にしてるみてぇなんだよ。借りれないか俺が訊いてやるからさ。しばらく……そう、何ヶ月か待っててくれよ。な?」

「あー、そっか。家族に内緒にしてるなら、俺が弥富に話したりしたら悪いよな」

そう言って納得した顔をすると、時野は勢いで取り出した携帯電話のディスプレイを見て「あ」と言った。

「もうこんな時間だ。俺、そろそろ帰るよ」

そして、亮介からクリア済みのゲームを借り受けると、時野はそのまま部屋を出ていこうとする。そして、出て行きがけにもう一度「あ」と言った。

「ところで、ここに来るまでに変な話を聞いたんだけどさー。一時間半くらい前にこの近くで、空中にいきなり巨大な剣が現れて、地面に突き刺さったかと思ったらまた消えた、なんて事が起こったんだってさ。亮ちゃん、何か知ってる?」





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