夢と魔法と現実と










「あー……っ! 終わった終わった! 土宮ー。今の講義、ノートとったか?」

「また寝てたのかよ、弥富。……つっても、俺も半分夢心地だったけどさ」

四限が終わり、近くの席に座っていた友人と駄弁りながら亮介は荷物をまとめた。

「お、帰んのか? 俺、今からゲーセン行くけど、良かったら付き合わねぇ?」

「や、さっき従兄弟から、夜に遊びに行くってメールが来たからさ。今日、親父もお袋も仕事で遅くなるって言ってたし、誰かが家にいねぇとな。お前とゲーセンに行くと閉店時間まで遊び倒しそうだから、止めとくよ」

「従兄弟? ……あぁ、司のクラスメートのあいつか」

「そ。お前の弟とクラスメートのあいつ」

笑いながら弥富と別れ、亮介は大学を出た。時間を確認すると、従兄弟が来ると言っていた時間にはまだかなりの余裕がある。ならばと本屋に寄り、新刊のコミックを二冊購入した。それでも、まだ時間がある。

「……時野(ときの)が来るまで、レベル上げでもしてるか」

呟いて、家路に着く。

「レベルっていやぁ、あのアニメキャラもどき、あの後結局どうしたんだ? 一緒に戦ってくれそうな奴は見付かったのかねぇ?」

そんな事を考えながら、路地裏に入った。一気に人通りが少なくなり、寂しい風景となる。

「これが本当にアニメなら、ここでイーターって奴の咆哮とか聞こえてくるんだろうけどな」

苦笑して、呟く。

すると次の瞬間、路地の奥からこの世の物とは思えない咆哮のような音が聞こえてきた。

「……」

自分の発言と現実のあまりのリンクっぷりに、亮介はまず頭を抱え、続いて遠い目をしながら「言霊って本当にあるんだな……」と呟いた。

「まぁ、良いや。ちょっと遠回りになるけど、迂回して帰れば良いんだし……」

言いながら、回れ右をする。そして、違和感を持った。

道行く人々は、まるで何も無かったかのように歩いている。こんなに大きな咆哮が聞こえているというのに、だ。

「まさか……俺以外には聞こえてないのか……!?」

そんな馬鹿な……そう考える頭に、トイフェルの言葉が過ぎる。

「イーター達は地球人の味がかなりお気に召したらしくてね。最近ではボク達を探すのをそっちのけで、地球人ばかりを狙っては狩り、食べている。……まぁ、当然だよね。地球人達はイーター達の存在を知らない。つまり、イーター達に対する警戒も防衛も何もしていない。イーター達からすれば、食べ放題のバイキングみたいなものだ」

「……」

咆哮は次第に大きくなっていく。どうやら、こちらに近付いてきているようだ。

「……くそっ!」

悪態をつき、路地の奥へと走り出す。いくら何でも、一人だけ事情を知っていながら無視をするのは寝覚めが悪い。

走って走って、広い場所へと出た。するとそこには、人間の倍ぐらいはあるであろう体格の化け物がいた。目付きや四肢は爬虫類のそれに似ているが、全体を見ると地球外生命体というか、クリ―チャーというか、モンスターというか、エイリアンというか、キメラというか。とにかく、現存する地球の生物を連想する事はとてもじゃないけどできないような見た目だ。……まぁ、地球外生命体で間違っていないわけなのだが。視覚的、嗅覚的に腐敗していないのがせめてもの救いといったところだろうか。

「何で……こんな奴に誰も気付かねぇんだよ……!?」

「そりゃ、奴らがボク達と同じように、ステルス能力を使っているからさ」

背後からかかった声に、亮介は振り向いた。

「トイフェル……」

亮介に名を呼ばれ、トイフェルはふわりと空から降りてきた。セロファンのような羽で、ちゃんと飛べている。

「奴らはただの食人生物じゃない。キミ達地球人並の知能を持っているんだ。その知能で、奴らは考えたのさ。まずは原因不明の行方不明者を多発させて、地球人達に不安をバラまいてやろうってね」

「不安? 何でそんな事……」

「キミ達はこれを負の感情≠ニでも呼ぶのかな? 怒り、不安、恐怖、悲しみ、絶望……そう言った物を、奴らは好むんだ。その負の感情が奴らに更なる力を湧きあがらせる。そして、不安や恐怖、絶望に満ちた捕食対象者は、奴らにとって最高の餌となる」

だからこそ、人間社会に不安をバラまいておく。あまねく人々が不安を感じる事で、知らぬ間にイーター達に食われる為の下ごしらえをされている状態となっているわけだ。

「それだけじゃないよ。奴らは、ターゲットに不安や絶望を煽るような言葉を囁きかけて、負の感情をじっくりと育てる事もある。それをこなす為にも、自分達の存在は地球人達に知られていない方が都合が良いというわけさ」

「なら、イーター達の存在を皆に知らせれば……!」

「……信じるのかい?」

「……え?」

トイフェルの問いに、亮介は言葉を詰まらせた。

「ステルス能力を使って、奴らは地球人達から姿を消している。奴らの存在を証明するような物は、何も無い。こんな状態でイーター達の存在を教えたところで、キミ達地球人は信じるのかい?」

「それは……」

信じないだろう。頭がおかしいか、疲れて幻覚が見えているか、中二病だろうと判断されて、相手にしてもらえないのが関の山だ。

「けど……だったら、何で俺には見えてるんだ……!?」

「それは多分……ボクとしばらく一緒にいて、ボクの臭いが付いたからだろうね。ボク達は奴らの存在を知っている。そして、ボク達は常に奴らに狩られる側にあった。だから、ボク達にとっては奴らが自分の近くにいるという事が一番の恐怖となるんだ。だからこそ奴らは、ボク達種族の臭いが付いた者に対してはステルス能力を使わない……んだと思う」

「つまり、その……イーター達に、俺は既に極上の餌認定されてるって事か!?」

わなわなと震えながら問うてみる。すると、トイフェルは悪びれもせずにさらりと言った。

「うん、そうなるね」

「ふざけんな!」

思わず、怒鳴る。するとその声に気付いたのか、イーターが首をこちらに巡らせた。

「やべっ!」

亮介は慌ててトイフェルを小脇に抱え、壁の陰に隠れた。何とか気付かれずに済んだようで、イーターは再び通行人を眺めて獲物を物色する様子を見せる。

イーターに気付かれぬよう声を潜めながら、亮介はトイフェルに詰め寄った。

「なーにが、キミに差支えが無ければ、是非魔法使いになって、イーター達を倒すのに協力してほしい、だ! お前と関わった時点で、戦わざるを得ない状況になってんじゃねぇか!」

「ごめんよ。臭いの事はついうっかりたまたま失念してた」

かなり棒読み臭くて胡散臭いが、今はそんな事を論じている場合ではない。

「こうなったら、破れかぶれだ! トイフェル、その魔力の火種って奴を俺に分けてくれ! 自分の身を守るためだ。協力してやるよ!」

「そうこなくっちゃね!」

言うが早いか、トイフェルは亮介の腕の中からするりと抜け出し、キラキラと光る光の帯を纏いながら亮介の周りをくるりと一周飛んだ。そして亮介の眼前まで舞い上がると、亮介の額に自分の額をふわりと重ね合わせた。

「……!」

額から、何か温かな物が体内に拡がっていくのがわかる。やがて、その温かな何かは身体中に行きわたり、亮介は力が漲るような感覚を覚えた。

「さぁ、これでキミは魔法使いになった筈だ。魔法の使い方は、至って簡単。魔法を使う事によって得られる効果を、できるだけ具体的に鮮明にイメージするんだ。あとは心の中で、それが具現化するよう念じるだけ。ね、簡単だろう?」

「口で言う分にはな。あとは、この魔力の火種を育てて……」

「そう。大きくしてやれば、キミは強力な魔法を使えるようになる。反面、大きくなるまでは勿論強力な魔法は使えない。威力が大きければ大きいほど、効果の及ぶ範囲が広ければ広いほど、魔法で消費する魔力は多くなる。それを心して使ってくれ」

「……了解!」

頷く亮介に、トイフェルは頼もしそうに頷いた。そして、ふわりと上空に舞い上がると言う。

「さぁ、亮介! 変身だ!!」

瞬時に、亮介はずるりとずっこけた。

「……何でいきなりアニメから特撮風? あと、何で俺の名前知ってんだよ!?」

「名前は、キミが大学の講義を受ける際に出席確認で呼ばれるのを聞いただけだよ。特撮風に路線変更をしたのは、まだこっちの方がテンションが上がるんじゃないかと思ったからだ。……で、他に何か質問は?」

「……変身って、しなきゃいけねぇの?」

トイフェルの言葉に、亮介はおずおずと挙手をしながら問うた。すると、トイフェルは言う。

「別に無理に変身する必要は無いよ。変身すれば、それだけ余分な魔力を使う事になるしね。ただ、それっぽい∴゚装に変身する事でテンションが上がり、攻撃力が上がったり動きが良くなる人間がいるのも確かだ。キミが戦い易いと思う服装なら、普段着だろうがジャージだろうが魔女っ娘のドレスだろうがタキシードだろうが特撮風のバトルスーツだろうが、どんな服装をしてくれたって構わない」

「魔女っ娘とタキシードはまず無ぇから!」

つい、大きな声でツッ込んだ。すると、今度こそ気付いたのか、イーターが再び首をこちらに巡らせた。目がジッとこちらを見詰めている。

「……っ! 変身云々は今回は保留! とりあえず俺も他の奴からは姿が見えないようにして、あとは……」

呟きながら、地面を垂直に蹴る。その際、自分が身長の何倍もの高さを跳んでいるイメージをするだけで、本当に身長の何倍もの高さを跳ぶ事ができた。まさか地球人がこれほど高く跳ぶとは思っていなかったのだろう。イーターは呆気にとられている。

亮介は三階建てのビルの屋上に着地した。そして、どう戦おうかと頭を巡らせる。

「……どうする? 武器を出して戦うか? ……いや。俺、別に武術の経験があるわけじゃねぇし……。じゃあ、爆弾とか銃火器類を出して一斉射撃か? けど、どれぐらいの威力を出せばあいつにダメージを与えられるのか……いっそ、全魔力を注ぎ込んで強力な一発をぶつけてみるか?」

「ブツブツと呟きながら懸命に考えてくれてるところに水を差して悪いんだけどね」

横に飛んできたトイフェルが難しそうな顔をして言った。

「強力な一撃で倒そうっていうのは結構なんだけどね。キミ、それで周囲を破壊してしまった場合はどうするかまで考えているかい?」

「……え?」

固まった亮介に、トイフェルは畳み掛けるように言う。

「例えば、の話だよ。もし、攻撃がイーターだけじゃなく、一般人や建物にまで当たったら? 魔力が残っていれば回復したり直したりもできるだろうけど、全力で攻撃したら、それもできやしない」

「う……」

「あと、回復したり直したりも、限度があるよ。そもそも、魔法を使うにはイメージが必要だと言っただろう? 怪我を治すとして、細胞が分裂したり、増えたりして傷口を修復していく様を想像できるかい? パァッと光が輝いたかと思ったら傷が癒えていた……なんて効果は期待しない事だ」

「う……」

「建物にしたって、そうだ。一口に建物と言うけどね。例えば、今キミが立っているこのビル。築五年で三階建ての鉄筋コンクリート。外壁にはターペン可溶一液反応硬化形セラミック変性シリコン樹脂塗料が塗装されている。因みに、色は日塗工番号C22‐85Bだね。キミはそんな情報まで了解した上で、鮮明にビルが修復されていく様子をイメージできるかい?」

言っている言葉の意味すらわからない。

「じゃあ、どうしろと……?」

「そこは自分で考えてくれないかな? 実行するのはキミなんだからね」

鬼がいる。可愛いアニメのマスコットキャラもどきの姿をした鬼がいる。

そんな事を考えながら、亮介は辺りを見渡した。イーターは初めて見る身体能力の地球人を警戒しているのか、動く様子が今のところは無い。

向こうから自転車が走ってきた。乗っているのは、帽子を被った六十代ぐらいの男性だ。サドルの後に、大量の空き缶を詰めた袋を積んでいる。ひと山いくらで売りに行くのだろうか。

近くでは公園からの帰り道であるらしい小学生がサッカーボールを蹴りながら歩いている。危なっかしい事、この上無い。

自転車が数台、道端停めたままになっている。チェーンでも切れたのだろうか? 所々錆びている上に埃だらけで、何ヶ月も誰も乗っていない様子だ。乗り捨てという奴だろうか。このままだと、更に数ヶ月もすれば回収されて、そのまま捨てられてしまうのだろう。

「……上手くいくかどうかはわかんねぇけど……やってみるしかねぇか」

そう言うと、亮介は助走を付けてビルの上から空中へとダイブした。そして地面に落下しながら、トイフェルの姿へと化けて見せる。元々臭いが付いている上に姿までトイフェルになったのだ。イーターは、それが元々自分が餌としていた生物であると判断し、亮介に襲い掛かった。

亮介は着地した瞬間に前方へ急発進し、何とかイーターの攻撃を避けた。イーターは、勢いを付けて亮介を追ってくる。前方には、先程の空き缶を山と積んだ自転車。

亮介はまず強めの風を自転車に向けて起こした。風で帽子が飛び、乗っていた男性は自転車を降りて帽子を追った。

次に、小学生が蹴ったサッカーボールの軌道を微妙に変化させ、自転車にぶつけた。ボールが当たった自転車は横倒しになり、積まれていた空き缶が道いっぱいに転がり広がっていく。

空き缶が満遍なく道に拡がったのを視認すると亮介は元の姿に戻り、その場で垂直に跳び上がった。勢いを付けて走っていたイーターは急に停まる事ができず、空き缶の海に突っ込んだ。そして空き缶を踏み付け、無様に転がってしまう。

最後に亮介は、放置されていた自転車を全て宙に浮き上がらせ、一か所で固めた。そして自らが知る範囲でゴムとプラスチック、鉄に分けて分解すると、鉄の部分だけを集めて変化させ、巨大な剣を作り上げた。

転がり、未だに立ち上がれずにいるイーターに向かって、亮介はその剣を一気に突き落とした。地上十五メートルの高さから落とされた剣は、亮介が振るうよりもよっぽど強い力でイーターの胸部に突き刺さる。

ぐごぉぉぉぉっ! という断末魔の叫びを発し、イーターはそのまま動かなくなった。やがてその体から黒い煙が噴き出し、それと同時に体がザラザラと崩れていく。黒い煙は次第に霧散していき、いつしか全く見えなくなった。

「……やった、のか……?」

「あぁ。まさか、キミがここまでやれるとは思っていなかったよ。凄いじゃないか、亮介!」

いつの間にか横に並んでいたトイフェルの褒め言葉に少しだけ照れ臭くなりながら、亮介は先ほどまでイーターの死体が転がっていた場所を眺めた。自転車の男性とサッカーボールの小学生が、道に拡がった空き缶を懸命に拾い集めている。その様子をぼんやりと眺めながら、亮介は思った。

あぁ、何だか物凄く面倒な事に巻き込まれちまったな、と……。





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