精霊水晶





―伍―





紙芝居のように話をまとめると、玉藻は「ご清聴ありがとうございました〜」と若手芸人のような乗りで言う。

それにつられて、ついパチパチと頼りない拍手をしながら幸多は問うように言った。

「出入り禁止って言っても、妖界の中で動き回る事はできるんだね。あんな風に水晶を狙ったりできるんだからさ」

そう言われて、玉藻は一瞬きょとんとすると、ころころと笑いながら言った。

「そりゃそうよ。アタシやあずさちゃん、唾嫌のおじ様だって出入り禁止を喰らってるけど、妖界ではこうして好き勝手にできてるでしょ? 人界だってそうじゃない? どこかのお店で出入り禁止を喰らったとして、身動きが取れないように牢屋に入れられたりする? しないでしょ? それと同じよ」

幸多は、「成る程」と言いたそうな顔で曖昧に頷いた。それを「全て理解した」という態度であると判断したのか、玉梓が言った。

「話すべき事は全て話したはずだ。いい加減、本題に移るぞ」

まるでそこが語る者の席だとでも言わんばかりに、玉梓は玉藻が座っている岩から彼女を退かした。そして、自らがどっかりと座り込む。

彼女は、ちらりと幸多を見ると、腹の中に溜まっていた空気を吐き出すように呟いた。

「このまま喋っていても、埒が明かない。こちらに精霊水晶があるとわかっている以上、どれだけ待っても奴はあの場から動きはしないだろう。かと言って、精霊王の心臓部であるとも言えるあの社に水晶を安置しない限り、精霊王の復活は望めない」

だから、と消え入りそうな声で呟いた後、玉梓は凛とした声できっぱりと言った。

「だから、こちらから打って出る。私の剣と唾嫌の力、玉藻の毒、華欠左衛門の翼があれば……」

「大蛇の隙を付いて水晶を安置し、守り通すこともできなくはない……か。そんなに上手くいくものか、玉梓嬢ちゃん?」

玉梓の言葉に、唾嫌が唸るように問いかけた。その唾嫌を、玉梓はキッと睨み付けながらはっきりと言う。

「上手くいく、いかないの問題ではない。死ぬか、死なずに済むか……の問題だ。私とお前、それに玉藻が奴を足止めし、その間に華欠左衛門が精霊水晶を運び、安置する。精霊王が水晶の力を取り込むわずかな間、水晶を守りきる事ができれば精霊王は復活し、八岐大蛇など取るに足らない存在となる。逆に、一瞬でも守りきれず大蛇に水晶を奪われれば奴の力は強大化し、私達は滅ぼされる……」

最後の一文を吐き捨てるように言うと、玉梓は大きく息を吐いた。それが、辺りの空気を重くする。

それを緩和させようとするかのように、玉藻が唾嫌に明るく言った。

「そんなに難しく考えなくても大丈夫よ〜。だってそうでしょ? さっき華欠のおじ様たちを逃がす為に八岐大蛇と向かい合った唾嫌のおじ様が、ちゃんと無事で、ここにいるのよ? 今度はアタシやあずさちゃんもいるんだし。何とかなるわよ」

その言葉で、幸多はハッと唾嫌を見た。

そうだ、確かに唾嫌は先ほど、幸多と華欠左衛門を逃がすために八岐大蛇に立ち向かい、無事に逃げてきたじゃないか。

そのことを同じく思い出したのか、華欠左衛門と玉梓も唾嫌を見上げた。

すると、淡い期待に満ちた多くの目で見詰められた唾嫌は、もじもじと多くの足をすり合わせながら、バツの悪そうな声で弁解するように言った。

「その事なんだがな……多分ワシは毛ほどの役にも立たねぇと思うぞ? 何せあの時、水晶を持った華欠左衛門と坊主が逃げちまったのを知るや否や元の社の背後まで戻っちまったんだからな、あの大蛇野郎は……」

「戻った? おぬしと一戦も交えずにか?」

「えー? それって、唾嫌のおじ様に恐れをなしたんじゃないの?」

華欠左衛門が怪訝な顔で呟くように訊ね、玉藻が楽天的に肯定を求めた。その言葉に、唾嫌は人間で言う首に当たるであろう節を横に振りながら答えた。

「そんなんじゃねぇ。あれは、無駄な事に一々時間を割く気は無いって雰囲気だった。水晶を持っていないワシなど相手にする必要は無いし、戦うだけ無駄って感じだったな」

「けど、逃がしたら今度は仲間と一緒に襲ってくるかもしれないのに……」

「そうなったところで、私達が団結した力など、奴にとっては取るに足らない……といったところか。それだけ自らの力に自信があるという事だ」

幸多の言葉を遮るように、玉梓が言う。彼女は立ち上がり、腰の砂を軽くはたくとキッと山上の社を見据え、呟いた。

「だが、だからと言ってこのまま退くわけにはいかない。困難だからと言って放置したところで、事がより困難になるだけだ」

そう言う彼女の姿を見て、幸多はふと、恐ろしくなった。この雰囲気は、このまま自分の存在を忘れて八岐大蛇との戦いに突入しそうな空気だ。

華欠左衛門は確かに言った。精霊水晶を精霊王に届け終わったら、家に帰してやる、と。だが、今この場で彼はその事を覚えているだろうか? このまま幸多の事を忘れて、玉梓たちと共に八岐大蛇と戦いにいってしまうのではないだろうか? 唾嫌も玉梓も、あまり勝てるとは思っていないように思える。自分は戦った事はないけど、戦いで負けたら死ぬんだろうなー、という事は何となくわかる。死ぬという事は、幽霊になってしまい、何もできなくなってしまう、という事だ。

もし、八岐大蛇との戦いで華欠左衛門たちが負けてしまい、死んでしまったら? そうしたら、自分は家に帰れるのだろうか? 華欠左衛門が死んでしまったら、自分を家に送り届けてくれる者はいない。ここにいる顔ぶれには何となく慣れたが、他の妖怪に「自分を家に送ってくれ」と言うのは怖い。

不安に駆られ、幸多は華欠左衛門にヒソヒソと訊ねた。

「ねぇ、華欠左衛門……俺、いつになったら帰れるの……?」

すると、その言葉を耳聡く聞きつけた玉梓が幸多をきつく睨み付けた。瞬間、幸多は蛇に睨まれたカエルのように言葉もなくなってしまったが、それでも彼女は幸多を睨み付けるのをやめない。それどころか、搾り出したような……それでいて、確実に怒りを湛えた声で静かに言った。

「いつ帰れるか、だと? 今はそんな事を言っていられる時ではないことぐらい、お前にもわかるだろう!? 空気を読め。自分の事ばかり考えるな!」

その言葉には、確実に刺がある。だが、ここで退いてしまっては本当に家に帰れなくなってしまうかもしれない。幸多は、泣きそうになるのを我慢しながら訴えた。

「だって! ここにいたところで、俺には何もできないんだよ!? 魔法が使えるわけじゃないし、空手だって習ってない! そんな何もできない子供がいたところで、何になるってのさ!?」

「確かに何の役にも立たん! はっきり言って、足手まといだ! だが、今の私達にお前を送り届けるほどの余裕は無い。帰りたければ一人で勝手に帰れ!!」

「帰れるならとっくに帰ってるよ! けど、帰り方がわからないんだから仕方ないじゃないか!」

「なら、何故妖界に来た!? 一人で帰れないのなら、初めから華欠左衛門についてこなければ良かっただろうが!」

「それは……」

必死になって玉梓の言葉に食い下がっていた幸多だが、ここで言葉に詰まった。何故、自分は華欠左衛門についてきてしまったのか? 理由を思い出そうとする。そうだ、確か華欠左衛門についてきた理由は……

「……だって、妖怪の世界ってところを見てみたかったし……それに、華欠左衛門が時間はかからないって言ったし、あんな化け物が出るとは思わなかったし……」

「他人(ひと)のせいにするな!! 化け物が出るとは思わなかったと言うが、この妖界とお前が住む人界は全くの別物だ。何が起こるかわからないし危険な目に遭うかもしれないというのは、少し考えれば簡単にわかるはずだ。ほんの少しでも危険な目に遭うのが嫌だと言うのなら、お前は華欠左衛門に助力を乞われた時、何が何でも断るべきだったんだ。違うか!?」

おずおずと言う幸多に、玉梓が凄まじい剣幕で怒鳴りつける。幸多は縮み上がり、華欠左衛門や玉藻、唾嫌はただおろおろとその様子を見守っている事しかできない。

玉梓の罵声は、更に続く。

「誰に何と言われていようと、最終的に妖界(ここ)に来ようと決めたのはお前自身だ。今の人界がどのような世界なのか私は知らないが、この妖界では自分の言動にはそれ相応の責任が伴う。お前も、この世界に来たのであれば同様だ。自分の発言、行動には責任を持て! それができない奴に、何やかやと文句を言う権限は無い!!」

「……そんな事、言われ…たって……」

激しい玉梓の怒鳴り声に、遂に幸多は泣きそうな声になってしまった。喉の奥から、何やらしょっぱい物がこみ上げてくる気がする。

泣き出しそうになるのを必死でこらえながら拳を握る幸多を見て、華欠左衛門は慌てて取り繕うように玉梓に言った。

「ほれ、もう良いじゃろう、玉梓? 相手はまだ童なんじゃ。そんな顔で怒らなくとも良かろう?」

「甘やかすな、華欠左衛門! 子供だからこうして怒っているんだろうが。これが大人だったら、とうの昔に噛み殺している!」

華欠左衛門の言葉を、玉梓はピシリと一蹴した。だが、それをなだめるように華欠左衛門は更に言う。

「なるほど、おぬしの言う事、もっともじゃ。じゃが、そうなるとそれがしにも逸れ相応の責任がある。幸多を妖界に連れてきたのは、それがしじゃからな。じゃから、それがしが幸多を人界と妖界の狭間まで送ってゆこう。人界まで連れて行くことは時間的に難しくとも、狭間までであれば何とかなろう?」

その言葉で、玉梓は苦虫を噛み潰したような顔をしながら吐き捨てるように言った。

「……好きにしろ」

玉梓の反応に心なしかホッとした様子を見せながら、華欠左衛門は幸多に言う。

「さぁ幸多、望み通り、家に帰してやろうぞ。家まで送る事ができず、少々約束を違える事になってしまったが……なぁに、狭間に着けば、おぬしとそれがしが会った場所まではほんの歩いて一刻程度の距離じゃ。それに、一本道じゃから間違える事もあるまい」

そう言って、華欠左衛門は幸多に立って歩き出すよう動作で促した。幸多は、それにつられるように立ち上がる。華欠左衛門について歩き出した時、背後から声が聞こえた。

「ばいばい! アタシ達が無事だったら、また会いましょ!」

「ワシらの事は心配するな! それよりも、人界に着いてから変な奴に襲われねぇように、気を付けて帰るんだぞ!」

玉藻と、唾嫌の声だった。幸多は、思わず恐る恐る背後を振り返った。玉藻がしなやかな腕を、唾嫌が節くれだった足をそれぞれ振っている。幸多も手を振り替えそうかと手を上げかけたが、その時冷たく睨む玉梓と目が合ってしまい、すぐに手を下げた。そしてそのまま、慌てて視線を進行方向に戻す。

幸多はあずかり知らない事だが、玉藻と唾嫌はまるで見守るように……幸多の姿が見えなくなるまで、ずっとその姿を見詰めていた。







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