精霊水晶
―四―
ここまで話し、玉梓はフーッと息を吐いた。長い話であった為、流石に話し疲れた様子である。
そんな玉梓にまた何か言われたりする前に頭の中を整頓しておこうと、今までの話を必死で手繰り出す。
要点をまとめると、この妖怪の世界には精霊王と呼ばれる王様がいる。精霊王は物凄い力を持っていて、妖界だけじゃなくて人間の世界も守っていた。だけれども、六十年以上前に起こった大きな戦争……祖父や学校の先生が「太平洋戦争」と言っていた戦争のことだろうか? それで焼け野原になってしまった人間界を元に戻すために力を使い果たしてしまい、眠ってしまった。それを起こすためには、華欠左衛門と運んできた、今まさに幸多が持っている精霊水晶が必要である。しかし、精霊水晶でパワーアップできるのは精霊王だけではない。
「……つまり、この精霊水晶を手に入れると強くなれるから、手に入れようとする悪い妖怪がいて、さっきの八岐大蛇? だっけ? あれもこの水晶を狙っているってこと?」
「うむ、そういう事じゃ。今だから言ってしまうが、妖界へ来る前に幸多、おぬしは何故それがしが天狗族の力を使い、一瞬で精霊水晶を運ばないのか、と問うたな? あれは、精霊水晶を持った状態で神通力を使えば、無駄に精霊水晶の力を取り込んでしまい精霊王様覚醒の妨げになってしまうからじゃ。それだけではない。下手に大きな力を得ると、制御し切れずに何処なのか見当もつかぬ場所へ行ってしまう恐れがあった。精霊水晶とは、そこまで強大な力を持った自然界の至宝なのじゃ」
「そうなんだ……」
当然の事ながら、見知らぬ場所へ突如行ってしまって帰れない……などという体験をした事が無い幸多には、見当もつかない場所へ行ってしまうという事の重大さがいまいち理解できない。
……が、それでも今までの流れと、精霊水晶が物凄い力を持っているという事は何となくわかったんだし……という事で、曖昧に頷いてみた。
「理解はできたようだな」
幸多の様子を見て玉梓が、やれやれとでも言いたそうな、肩の荷が下りたような安堵した表情で言った。
これで、何が起こっているのかはわかった。だけど、まだ幸多にはわからないことがたくさんある。
「けどさ……そもそも、あの八岐大蛇って何なの? 華欠左衛門はスサ何とかがどうのこうのって言っていたけど」
「須佐之男命じゃ! 天照大神に次ぐ有名な神の名である筈じゃぞ!? 知らぬのか!?」
「全然」
幸多の言葉に、華欠左衛門は思わず米神を押さえた。信じられない……とでも言いたそうな顔つきである。
「では……当然須佐之男命の八岐大蛇退治も知らぬのじゃな?」
「……うん……」
流石に自分があまりに物を知らない事を申し訳なく感じ始めながら、幸多は頷いた。
そんな幸多を面白そうに眺めながら、玉藻は張り切って手を上げながら言った。
「はいはいは〜い! それだったら、今度はアタシがこの子に説明するわ! 良いでしょ、おじ様達?」
「ワシは一向に構わねぇが?」
「それがしは、できればおぬしよりもそれがしか玉梓が説明した方が良い気がするのじゃがな……」
「だって、華欠のおじ様の説明っていっつも長くて眠くなるし……あずさちゃんは今あれだけ長い話をしたから、ちょっとお疲れ気味でしょ? だったら、アタシが説明した方が良いわよ」
そう言われて、華欠左衛門は渋い顔をして押し黙った。玉梓は、もう長い話をするのはこりごりだとでも思っているのか、何も言おうとはしない。
もう自分の話を邪魔する者はいない……そう確認した玉藻は、幸多にその辺りの切り株に座るよう促すと、自分自身も岩の上に腰掛けて放し始めた。
むかぁし、むかしのお話よ。
あるところに、須佐之男命という名前の、男の神様がいたの。
須佐之男命は、ある事でお姉さんであり神界の最高責任者でもある天照大神とケンカをしてしまって、神界を追い出されてしまったのね。それで人界へ降りてきて、ぶらぶらと当ても無く歩いていたの。
そうして川のそばを歩いていたらね、川の上流から、はしが流れてきたのよ。あ、はしって、ご飯を食べるのに使うあのお箸よ? いくらなんでも、川を渡るための橋はそう簡単に流れてこないわ。
それでね、須佐之男命は「箸が流れてくるという事は、上流には人が住んでいるのか」と思って上流まで歩いていったのよ。
そしたら、思ったとおり。上流には年老いた夫婦と、綺麗な娘さん……と言っても、アタシほど綺麗ってわけじゃなかったと思うんだけどね。ま、とにかくその三人がいたのよ。
けどね、その三人は何が悲しいのか、ずぅっとシクシクシクシク泣いてるの。気になった須佐之男命は、訊いてみたのよ。「何をそんなに悲しんでいるのか」って。
老夫婦が言うには、この人達が住んでいる地域には八岐大蛇……君がさっき見た、大きくて頭が八本ある化け物ね。あれが住んでいると言うのよ。しかも、その大蛇は若い娘が好物らしくてね。老夫婦の八人いた娘さんを次々と食べられちゃって、残ったのは一緒に泣いてた娘……櫛名田姫っていうらしいんだけど、その子一人だけなんですって。
その最後の娘を、大蛇が食べに来るって言って、老夫婦と櫛名田姫はまた泣くの。
その様子を見て、須佐之男命は大蛇退治を決めたのね。
けど、いくら神様って言ったって、あんな大きくて頭が八つもある蛇とまともに勝負して勝てるはずがないもの。だから、須佐之男命は作戦を練ったの。
強いお酒を壺に入れて、蛇の頭の数と同じ、8個用意したのよ。大蛇はそのお酒の香りに誘われて、ついついお酒を飲み干し酔っ払ってしまったのね。酔っ払ってふらふらになったトコを、須佐之男命が首を切り落としたの。
因みに、この時八岐大蛇の尻尾から出てきたのがあの有名な草薙剣よ。……え、知らない? じゃあいいわ。
とにもかくにも、須佐之男命は無事に八岐大蛇を退治して、助けた櫛名田姫と結婚。幸せに暮らすことになりました。
そして、八岐大蛇は「人界で悪さをし過ぎて人間や神様に倒されたら妖界に追い込まれ、出入り禁止を喰らって人界に行けなくなる法則」で妖界に押し込められ、二度と人界に行けなくなってしまいましたとさ。めでたし、めでたし。