贄ノ学ビ舎














21

















寮の食堂もそうなのだが、この学園はとかく食事が美味しい。外部に出る事もできず、インターネットや電話での交流もできない環境にいる以上、せめて食事だけは美味しい物を提供して、生徒達のストレスを緩和しようという意図があるのかもしれない。

それは購買部のパンも例外ではなく、販売されているパンはどれも非常に美味しい。その中でも色々な味をパン一個で味わう事ができる三色パンは、入学してから奉理の気に入りのメニューの一つだ。

一口に三色パンと言っても、種類がいくつかある。今日小野寺が買ってきてくれた物には、トマトソースとチーズが混ざり合ったピザフィリング、ホワイトソースとツナを絡めた物にパン粉をまぶして揚げてあるツナクリームコロッケフィリング、砕いたゆで卵にドレッシングとマヨネーズを絡めたシンプルな卵フィリングの三種類が入っていた。

「じゃあ、その……あそこの林で迷子になったのが、介添人に立候補する事を決めた切っ掛けだって言うのか?」

美味そうに三色パンに齧り付いた奉理に、どこか気の抜けたような声で小野寺は問うた。ピザフィリングとパンを咀嚼しながら、奉理は頷く。

席をくっつけて共に食事をしているのは奉理と小野寺、静海の三人だけだ。だが、他のクラスメイト達も周りで聞き耳を立てている。どうやって接すれば良いのか迷う反面、奉理達の話は気になるのだろう。

「うん……何て言うか、迷子になって道がわからなくなって。途方に暮れた途端、自分がものすごく情けなく感じてさ……」

ちらりと、窓の外を見る。遠くに、件の林が見えた。知襲と別れて寮に戻った後、誰に訊いても「何の為にあるのかわからない」「なんとなく嫌な感じがするから近寄らない」という答が返ってきた。奉理自身も、今改めて見てみると……わざわざ用も無いのに行く気は起きない。

「んで? 情けない自分が嫌になって、それならいっそ……と介添人に立候補した……って事か?」

小野寺の声に、奉理はハッと我に返った。そして、考え事をしていた事を誤魔化すようにパンに噛り付き、咀嚼し、飲み込む。

「ちょっと違うけど、そんな感じ。……誰かが、今度の儀式では介添人が武器を持って、化け物の近くまで生贄のお供をする事になるらしい。……って話してたのをどこかで聞いたから、ひょっとしたら……って思ったし」

ここでも、知襲や毒薬の話は伏せておく。知襲の存在は下手に話して良い事ではない気がするし、変な噂になって知襲に迷惑をかけてしまったら申し訳がない。

「誰かがどこかで、儀式の話、ねぇ……」

紙パックの野菜ジュースを飲みながら、小野寺が首を傾げた。流石に話に無理があったか、怪しまれたか、と、奉理は心配になる。だが、小野寺の口から次に出てきたのは、思わぬ言葉だった。

「……ひょっとしたら、幽霊が柳沼に、それを教えてくれたのかもしれねぇなぁ……」

「ゆっ……幽霊!?」

素っ頓狂な声で聞き返し、それから少しだけむせた。小野寺は、空になった紙パックに、折りたたみのストローを押し込んでいる。

「だって、そうだろ? 儀式の内容なんて、儀式に関係の無い生徒には当日まで、そうそう簡単には伝わらねぇ。うっかり話が漏れたとしても、それを喋れば、次はその喋った奴が生贄に選ばれるかもしれねぇんだ。井戸端会議みてぇな場所で、通りすがりの奴にも聞こえるような声で話すなんて考えられねぇよ」

「けど、幽霊って……トイレの花子さんとか、音楽室のベートーベンが柳沼に話しかけたって事?」

「何でそうなるんだよ……。ここ、鎮開学園だぞ? 七不思議のお化けに限らず、幽霊がそこら中にいてもおかしくないだろうが」

奉理と静海は、二人揃って「あ」と呆けた。そうだ、ここは生贄を養成するための鎮開学園だ。今回こそ助かったが、それは過去に例を見ない事で。この学園に関わった事で命を落とした者はごまんといる。幽霊の存在を信じるならば、この学園には何十、何百人もの幽霊がいたとしても全くおかしくない。

「じゃあ……私達を助けてくれたのは、昔生贄にされた、私達の先輩って事?」

「かもな。……とは言え、入学したばっかの俺らじゃ、持ってる情報も少ねぇ。何年前の、何先輩が助けてくれたかなんてわかりゃしねぇから、礼のしようも無ぇけどな。名前でもわかるなら、話は別だけどよ」

小野寺の言葉に、奉理はパンに齧り付こうとしていた口を止めた。これは、あの時抱いた疑問を解消するチャンスではないのか?

「名前……名前なら……」

呟く奉理に、小野寺と静海は振り返った。

「え……柳沼。柳沼に色々と教えてくれた幽霊の名前、わかるの!?」

「名乗ったのか!? 幽霊が、自分から!?」

「え、いやその……名乗ったと言うか、何かそんな名前のような気がしたというか……」

かなり苦しい弁解に、二人は「ふーん……」と納得のいかない顔をする。……が、「とりあえず、そういう事にしておこう」という顔になり、頷いた。

「……で? その幽霊、何て名前だって?」

問われ、奉理は少しだけ迷い。そして、決意を固めると言った。

「えっと……小野寺達も、知ってるはずの名前だよ。……覚えてない? 堂上明瑠って名前……」

「堂上明瑠? ……って、確か……」

「私達が入学したばっかの頃に、生贄にされた……あの?」

奉理は、頷いた。

「何か、その人が助けてくれたような気がするんだ。……ねぇ、小野寺」

「? 何だ?」

首を傾げる小野寺に、奉理は思い切って問うてみた。

「その……堂上明瑠さんについて、調べる事はできないかな?」

「……は!?」

目を丸くする小野寺に、奉理は慌てて理由の説明を加えた。

「その……ほら、いくら自分が生贄になって死んだからって、後輩に情報を教えてくれるものでもないよね? それなら、もっと前から、対処法を教えてくれる先輩の幽霊がいたはずだし。けど、実際は俺達まで、助かった生贄は一人もいない」

「んー……まぁ、そうだな」

「けど、堂上さんは俺達を助けてくれた。堂上さんが生贄にされてから、静海が生贄に選ばれるまで……他にも生贄にされた人が何人もいたのに、助からなかった。何で俺達の事を助けてくれたのか……そう考えているうちに、堂上さんはどんな人だったんだろうって、興味が湧いてきて……」

半分は、嘘ではない。あんな、化け物を倒せてしまうような毒薬を手に入れる事ができた人物。あの地下の学校の存在を知っていて、尚且つその中で毒薬を隠すような動きを取る事ができた人物。そして、生贄にされてからこちら、しばしば印象や生徒手帳となって、奉理にその存在を忘れさせる事が無い人物。彼女は一体、何者なのか。興味が無いと言えば、嘘になる。

「そういう事。なら……私が調べてみるわ」

「えっ!?」

静海の申し出に、奉理は目を見張った。静海は、拳で胸をドンと叩いて見せると、言う。

「堂上明瑠さんって、生贄の儀式の時に高等部二年だって紹介されてたわよね? なら、同級生がまだ卒業せずに残ってるじゃない。堂上さんがよっぽど変な人じゃなければ、仲が良かった人は女の子が多いでしょ? なら、彼女がどんな人だったのか訊くなら、同じ女の私が引き受けるわ」

「それはありがたいけど……良いの? 聞き込みなんて目立った動きをしたりしたら、また生贄に選ばれるかも……」

「生贄に選ばれた人間が生きて帰ってきてる時点で、充分過ぎるほどに目立ってるわよ。これ以上どう目立てって言うの?」

静海の言に、奉理は「うっ……」と言葉を詰まらせた。そんな奉理に、静海は「それに……」と言葉を足す。

「柳沼は私の事助けてくれたもの。なら私も、自分にできる事で柳沼を助ける事ができるなら、やらないと」

少しだけ頬を染めて言う静海に、小野寺が「はー……」と呆れたような顔をした。

「本当、静海って……男前だよな。けど、うん……まぁ、何だ。言っちゃ悪いけど、面白そうな話になってきたな」

小野寺の顔は本当に楽しそうで。目がキラキラと輝いている。

「なぁ、柳沼。俺にも、何かできる事は無いか? ……あ、勿論、先生達に目をつけられない、目立たない範囲で!」

「小野寺は本当にブレないわよね……」

今度は静海が呆れた顔をしている。その様子を苦笑して眺めてから、奉理は「じゃあ……」と口を開いた。

「目立たないかどうかはわからないけどさ……小野寺も、幽霊の事、調べてくれないかな?」

「お。何だ何だ。幽霊って二人いたのか?」

「いや、こっちは幽霊かどうかもわからないんだけどさ……まず、白羽って名字に、聞き覚えってある?」

奉理が知襲の名を出す前に、小野寺は変な顔をした。

「……小野寺?」

「白羽って名字に聞き覚えがあるかって……柳沼、お前、それ本気で言ってるか?」

「え? うん……」

小野寺の言わんとする意味がわからず、奉理は首を傾げた。すると、小野寺はおろか、静海までもが「おいおい……」という顔をする。

「お前……聞き覚えが無きゃまずいだろ。白羽っつったら、この鎮開学園の理事長の名前だぞ?」











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