僕と私の魔王生活
7
「それで。人間の世界への侵攻は、いつ本格的に始めるつもりなの?」
朝食を食べながら、まるで夏休みの宿題の計画でも確認するかのように問われ、メトゥスは思わずむせ返った。
「……それ、訊いてどうするんですか?」
野菜スープの汁だけ飲んで呼吸を整えてから、恐る恐る問う。すると優音は、「特にどうもしない」と言う。
「ただの興味本位よ。いつから開始するのかとか、どういう計画を立てているのか、とか」
「いつとか、どうとか訊かれましても……元々の予定では、昨日……と言うか一昨日の夜にユーネを殺して、そこから侵攻を開始するはずだったんですが……」
言い難そうにモゴモゴと喋るメトゥスに、優音は「そう」と呟く。
「そう言えば、そんな事を言ってたわね。それで? どんな風に殺して、それをどう侵攻に繋げるつもりだったの?」
「何でそこグイグイくるんですか。自分がどう殺される予定だったのかなんて聞きたいですか?」
眉根を寄せて問うてみると、「それなりに」などという答えが返ってくる。どういう感性だ、とメトゥスは頭を抱えた。
「えぇっとですね……ユーネ……と言うか、獲物に選んだ人間をまずは殺しまして、なます切りにして、その……繁華街とか人通りの多い場所にばらまくつもりでいました」
「何の意味があって?」
意味を改めて問われると、辛い。
「……その……なます切りになった人間が空から降ってきたら、恐慌状態に陥ったりしません……?」
「スマホを取り出して写真を撮り始める人間の方が多いと思うわ」
「それこそ何のために!?」
思わず声を張り上げてツッコミを入れてしまった。しかし優音はどこ吹く風で、「さぁ」などと言っている。
「SNSに投稿するか、テレビ局あたりに売り込むんじゃないかしら?」
「……僕が言うのもなんですけど、それ本当に人間の世界に住んでいる、真っ当な人間のする事ですか……?」
少々震えながら問うと、またも「さぁ」という答えが返ってくる。
「それはさておき、続きを聞きましょうか。なます切りにした人間を繁華街にばらまいて、それでその場にいる人達が恐慌状態になったとするわ。そこから、どうするつもりでいたの?」
「えぇっと……恐慌状態が最高潮になったところで、僕が姿を現す予定でいました」
「どうやって?」
シンプルなだけに、刺さる質問である。
「その……空間を歪めて」
「どの辺りに?」
「多くの人に見て貰いたいですから、ビルの上とか、上空に……」
「どうやって気付いてもらうつもりだったの? 今日日、ビルの上をわざわざ見上げる人間なんてほとんどいないわよ。繁華街なんてビルだらけだもの」
「……もう勘弁してください」
駄目出しをドシドシとされて、涙が出てきた。もう、朝食の味もわからない。
「じゃあ、とりあえずどうやって気付いてもらうのか、については答えなくても良いわ。気付いてもらってからは、どうするつもりだったの?」
「えぇっと……人間世界への侵攻を宣言して、仕上げに空間を歪めて魔族達を一気に送り込んで辺りにいる人達に攻撃させる予定でした」
そこまで聞いて、優音は何やら考える顔をした。そして、言う。
「……なます切りから宣言までのくだり、要らないんじゃないの?」
いきなり魔族が大量に現れて攻撃を開始した方が民衆はパニックになるし、手っ取り早いのではないのか。あと、言っては悪いがメトゥスの性格や喋り方で侵攻宣言をされてもあまり怖くない。そう指摘されて、メトゥスは「あっ」と呟いた。
「たしかに……!」
感心している様子のメトゥスに、優音は思わずため息を吐く。
「計画、一度最初から考え直した方が良いんじゃないの?」
「……かもしれません」
情けない顔をして頭を掻きながら、メトゥスは頷いた。本当に、こんな性格で、しかもあんなにも穴だらけの計画で、よくもまぁ人間の世界に侵攻しようなどと考えたものだ。
正直にそう思った事を伝えてみると、メトゥスは「ですよね」などと言う。
「正直、僕もどうかと思います。けど、魔王として生まれた以上、人間の世界への侵攻は避けて通れませんから……今回は一旦延期になりましたけど、いずれは決行しなければならないんです」
「……なんで?」
何故、魔王に生まれたからと言って、人間の世界に侵攻する必要があるのか?
問うと、メトゥスは少し迷った様子を見せてから、ぽつりぽつりと語って聞かせた。
この世界と人間の世界の上に、もう一つ世界がある事。
その世界には、いわゆる神様という存在が住んでいて、死者の魂を管理している事。
神々が求めているため、魔族の世界に生まれた魔王と、人間の世界に生まれた勇者がぶつかり合うイベントを起こさなければいけない事。大抵の場合、事態はほぼ魔王側の方が把握しているため、イベントを起こすのは魔王側に課せられている事が多い事。
「死者の魂を管理していて、恐らくこの世界の環境も掌握されています。このイベントを起こさなければ、魔族の世界がどうなるかわかりません。要は、自分達が住む世界を質に取られているような物なんです。それに……このようなイベントを起こす側だからか、魔族には好戦的な者が多いですから……侵攻をいつまでも開始せずにいると、魔族の中から不平不満が噴き出しかねないんです」
統治する者として、それは避けたい……と、メトゥスは言う。
たしかに、そういう事情があるのであれば、いつまでも人間の世界へ侵攻せずにいれば下の方から不満は出てくるだろう。先程、仮にも魔王に対してナメきった様子を見せていた調理担当者を思い出し、優音は軽く頷いた。
「けど、そういう事情だったら尚更ちゃんと計画を考えるべきなんじゃないの?」
「そうなんですけど、どうにも性格上、残忍な事とか無慈悲な戦い方とか考えるのが苦手でして……」
その結果、先程口にしたような、とりあえずスプラッターな事をしてみる、とりあえず高いところから見下してみる、とりあえず圧倒的な戦力を投入してみる、といった、「ぼくの考えた最恐の魔王」みたいな計画になってしまったのだ。返す返すも、本当に魔王に向いていないようである。
「なんか……今話している感じですと、ユーネの方が向いていそうですよね、魔王……。昨今は魔族よりも人間の方が精神的に残忍な面があるようですし……」
落ち込んだ様子で、遂にこんな事を言い始めた。
たしかに、ニュースを観ていると「これが人間のする事か」と言いたくなるような事件が起きている事もある。あまりにも他人に無関心で、冷たいと感じる人間も多い。さっきからメトゥスの計画に淡々と駄目出しをし続けているのも事実だ。
だが、だからと言って、自分よりも人間である優音の方が魔王に向いているなどと言い出すだろうか。
流石に、返答に困る。
何と返すのが無難だろうかと考えて、とりあえず優音は新たにホットミルクらしき物を作り、メトゥスの前に置いた。
湯気を立てるホットミルクらしき物を見て目を瞬かせるメトゥスに対し、何とか絞り出した言葉をかける。
「……魔王も大変ね」
そう言うと、メトゥスはきょとんとし。それから、苦笑を混ぜながらも、ふにゃりと笑った。