駆出し陰陽師と夏に降る紅葉








12










「んで、一旦考えを整理するために、こっちに戻ってきたって事か」

 隆善の言葉に頷き、季風は己の机の前で腕を組んで唸った。

 季節外れの紅葉を三月も保っている木。虫食いで文字が記されたもみじ葉。護摩を焚くような場所には置いた事が無いにも関わらず、護摩の匂いが染みついている着物。

 謎が多過ぎる。

「で? お前の気付いた、もみじの葉が降る時の決まり事ってのは何なんだ?」

 紙に何事かを書き付け、他の陰陽師達に手渡し、また別の紙に書いて誰かしらに渡す。そんな作業をしながら、隆善が問うて来る。別の案件で指示を出しているのは明らかなのだが、そんな業務をこなしながらも季風から少しでも話を引き出そうとするあたり、彼もこの案件が気になっている、といったところか。

 季風が王莽の話など出してしまったので、立場的に警戒せざるを得なくなってしまっているのかもしれない。

「些細な事かもしれないのですが……」

「些細な事かどうかは、俺が決める。……っつーか、本当に些細な事かどうかなんて、結果が全部出てからじゃねぇとわからねぇよ。もったいぶらずに洗いざらい話せ」

「えぇっと……その……例のもみじなんですが、葉が……一枚ずつ、降っているようなんです」

「一枚ずつ?」

 季風の言葉を飲み下しかねたのだろう。隆善が訝しげな顔をした。何とかうまく説明しようと、季風は必死に考える。

「自然物の事ですから、通常、もみじの葉が降る時は何枚枝から離れるか、とか、どのような速度で地面に降るか、とかは決まっていないと思うんですが……」

「まぁ……そうだな。二、三枚同時に枝から離れる事もあるし、風の影響で速く地面に落ちる奴もあれば、いつまでも宙に留まっている葉もある」

 そう言ってから、隆善は顔をしかめた。

「そういう事か」

「はい。あのもみじの葉は、必ず一枚ずつ枝から離れます。一枚離れてから、次の葉が離れるまでの時の間隔もほぼ同じ。枝から離れて、地面に着くまでにかかる時も、枝の高さによって多少の差異はありましたが、ほぼ同じでした」

 木の真下にいる時は、わからなかった。だが、少し離れた場所にある釣殿からもみじの木を眺め、その全体を視界に入れた時。たしかに全ての葉が、同じ間隔で、一枚ずつ枝から離れていた。

「虫食いによって一文字ずつ記されている葉が、一枚ずつ離れていく……つまり、あのもみじ葉を枝から離れた順番に並べれば、意味のある文章ができるかもしれない、という事か」

「はい。ただ……」

 これまでに降り積もった葉は、並べ直しのしようが無い。また、これから順番通りに集めて並べるとしても、人間のやる事。よっぽど慎重にやらなくては、降ってくる葉を回収するだけで手一杯になり、いつの間にかどういう順番であったかわからなくなりそうだ。

「どうすれば良いんでしょう……?」

 困った顔をする季風に、隆善も困った顔をしている。本気で考えあぐねているようだ。

「……とりあえず、お前自身が葉を順番通りに回収する事を試してはみたんだな?」

「はい。ただ……決まり事はわかっていても、次にどの枝から葉が離れるかわからないものですから。十二枚取ったところで、次を見失ってしまいました……」

 複数人でやれば、可能かもしれない。だが、どこから降るかわからない葉。風によって、多少は軌道が変わる。葉を手に取ろうとして、ぶつかってわからなくなる……となる可能性が高そうだ。

「……厄介だな」

「はい……厄介です……」

 この案件に手を付けてから、一体何回、厄介という言葉を使っただろうか。季風も隆善も同じ事を考えたらしく、揃ってため息を吐いた。

「で? お前が何とか順番を違えないように集めた葉は、何が書いてあったんだ?」

「あ、はい……これです」

 季風は、言われるままに懐から紙に包んだ葉を取り出す。先ほど手にしたばかりの、本日分のもみじ葉だ。そして、それを自分が手に取った順番に、机の上に並べた。

 隆善は、立ち上がると季風の机まで移動し、その並べた葉を覗き見る。その顔は、みるみるうちに険しくなった。

「〝言〟〝ふ〟〝よ〟〝し〟〝も〟〝な〟〝き〟〝匂〟〝ひ〟〝を〟〝加〟〝へ〟……何だこりゃ……」

「この一文だけですと、何が何やら……」

 季風が呻くように言うと、隆善は深い溜め息を吐いた。

「……季風。こうなったらもう、禁じ手を使う他、無ぇんじゃねぇのか?」

「禁じ手……ですか?」

 首を傾げると、隆善は更に深い息を吐く。かなり、嫌そうだ。

「これで飯を食っている以上、使いたくねぇ手だがな。いるだろ、お前の身近に。そこらの学者よりもよっぽど物を知っていて、何をやらせても瑕疵の無い、妖よりもよっぽど妖みてぇな奴が」

 言われて、季風は「あぁ……」と呟いた。たしかに、いる。何事もそつなくこなし、どんな事でも知っていて、何を訊かれても即座に答えてくれる。そして、涼しい顔をして無茶を言う。妖よりも妖のような存在。

 隆善の言う禁じ手……それは、季風の姉――らんの君に助力を乞えという事だった。











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