ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅
STEP4 笑顔を拾う
4
トゥモに連れられて、ニナンとファルゥはワクァの部屋へと急ぎ足で向かう。気のせいだろうか? 先導するトゥモの足取りが、どことなく軽い。
二人はトゥモの動きが不思議なような、トヨが旅に出てしまった事をどう説明するかで悩ましいような、複雑な心持だ。そうこうしているうちに、ワクァの部屋に着いてしまう。
「ワクァ? ニナン様とファルゥ様をお連れしたっス!」
ノックをしながら、トゥモが扉を開けた。恐る恐る後に続き、そしてニナンとファルゥは目を丸くした。
「急に呼び立ててしまい、済まなかったな。ニナン、ファルゥ」
そこには、普段着に着替え、すらりと背筋を伸ばして立つワクァがいた。とても、昼間に見舞った際の死にそうな顔をした病人と同一人物とは思えない。ワクァの他に、フォルコとヒモトもいる。
「わ、ワクァ様……?」
「あの、陛下……ご病気は……?」
「心配させて済まない。実は、仮病だ」
「仮病!?」
ファルゥが声を裏返らせて叫び、ニナンは思わず耳を塞ぐ。
「国を守るためとはいえ、陛下はとんでもない嘘を吐いてくれおったわ」
「そうっス。本当に、とんでもないっスよ! こんなに皆を心配させて!」
苦笑の中に怒りを込めた声で、フォルコと、話を聞いたばかりであるらしいトゥモが交互に事の次第を話す。ニナン達は毒を盛られたというくだりに青褪め、そして元気そうなワクァの顔を再び見てホッとした。予測していた事とは言え、当人から毒を盛られたなどと聞かされると、やはりその衝撃は並大抵ではない。力が抜けたらしいニナンが、へなへなと座り込む。
「ニナン?」
心配そうな顔で覗き込むワクァとファルゥに、ニナンは首を振った。
「済みません……安心したら、力が抜けてしまって……」
そして、「良かった……」と呟く。
「良かった……本当に良かったです。陛下が……ワクァが、無事で……本当に良かった……」
そう言って、ニナンはボロボロと涙をこぼし始めた。その様子に、ワクァはハッと息を呑む。目の前のニナンに、幼い頃のニナンの顔が被った。まだ、ワクァが傭兵奴隷として守っていた頃の、ニナンの顔だ。
「怖かった……。昼間の……苦しそうなワクァの顔……本当に見てて、怖かったんだ……。あの時の、あの……僕を守って、ワクァの目が醒めなくなった……あの時を思い出して……っ!」
いつの事をニナンが言っているのか、ワクァにはすぐわかった。ワクァがタチジャコウ領を出る切っ掛けとなった、あの事件だ。
トゥモとフォルコ、ヒモトにファルゥも何の話かわからずに困惑している。ただ、目が醒めなくなった、という言葉に、険しい顔をした。そんな中、ニナンは嗚咽を漏らし続けている。
「今回だけじゃない……。ワクァがタチジャコウ領を出てから、ずっと……ずっと怖かったんだ……。タチジャコウ領の皆に気を使い過ぎた事で病気になっていないか、慣れない旅で病気になってないか……王族だってわかって、国王に即位して……期待され過ぎて疲れて、病気になってないか……ずっとずっと、怖かった……」
気を使い過ぎると、頑張り過ぎると、病気になってしまう事がある。幼い頃、タチジャコウ領に現れたヨシがニナンに言った事だ。口には出さないが、その言葉がずっと、気にかかっていた。
その発言をしたヨシに悪気が無い事はわかっている。ワクァや、ニナンのためを思って言ってくれたんだという事も。だから、ヨシがそう言った事は、今後も言わない。ずっと胸に秘めておく。そう決めて、ニナンはただ、嗚咽を漏らし続けた。
嗚咽は、次第に泣き声に変わる。申し訳なさそうに眉を下げながら、ワクァはニナンの前に跪いた。そして、項垂れるニナンの頭を、優しく撫でる。ニナンが、ハッと顔を上げた。
「本当に……心配させて済まなかった。俺は昔から、ニナンに心配ばかりかけているな……」
その言葉に、ニナンは首を横に振る。
「もう……こんな心臓に悪い事はやめてくださいよ、陛下……」
泣きながらも、ニナンの言葉遣いはもう大人の物に戻っている。どこか寂しそうな顔をしながら、ワクァは頷いた。そこで、ニナンの襟首をいきなりファルゥが掴む。
「お、おいファルゥ……」
「ファルゥ様!?」
ワクァを初め、その場にいる者全てが目を丸くする中で、ファルゥはニナンを無理矢理立たせた。そして、「もう!」と短く叫んだ。
「いつまで辛気臭くうじうじとしていますの!? ワクァ様、今、このようにのんびりと話をしていてもよろしいんですの? 私達を呼んだのは、何か用事があったからなのでは!?」
「あ、あぁ……」
ファルゥの剣幕に気圧されながら、ワクァは頷いた。そして、ニナンが襟元を直したのを見てから、改めて口を開く。
「さっきフォルコ達が説明したように、ホワティアの者達が次の行動に移ったようなんだ。ある者は故郷に帰ると言って城を出て行ったし、ある者は相変わらず城の中でコソコソとやっているらしい。前者はフォルコの部下が何人かで後をつけているし、後者は既に捕らえた。そうだな、フォルコ?」
「はい。城を出て行った者共がどこへ向かっているかも、確認できております。それに、ホワティアとの国境近くにいつになく多く人影が見えると、報告が」
フォルコの返答にワクァは頷き、視線をニナンとファルゥへ戻す。
「そういう訳だ。病人食にも飽きてきた事だしな。そろそろこちらも、本格的に動き出す。……軍を率いて、北へ行く。その国境近くに集まっているという奴らと一戦交える事になりそうだ」
だから……と、ワクァはニナンとファルゥの肩に手を置いた。
「二人には、父さん……先王陛下と共に、この城を守っていてもらいたい。軍を率いるために、俺もフォルコも城を出てしまうからな」
「わかりました」
「お任せくださいませ!」
頼もしい二人の言葉に、ワクァは頷いた。そこで、ふ、とニナンとファルゥを見比べる。
「……ところで……」
「はい?」
「何ですの?」
首を傾げるニナンとファルゥに、ワクァはニヤリと笑った。
「こうして並べてみると、お前達二人……案外似合っているんじゃないか?」
「はい!?」
「何を仰いますの!?」
一気に顔を赤くした二人に、ワクァはくつくつと笑いながらトゥモやヒモトの方を見る。
「十五年前に、トゥモやヨシが散々俺をからかった気持ちが少しだけわかった。たしかに、からかいたくなるな。こういうのは」
「今更何言ってるんスか。そういうのは、もっと若いうちに気付くものっスよ」
呆れたようにトゥモが言う。呆れてはいるが、楽しそうな声だ。ヒモトがクスクスと笑い、フォルコも苦笑している。これほど皆が楽しそうなのは、どれだけぶりだろうか。
一しきり笑ってから、ワクァは笑いを収め、真面目な面持ちに戻った。そして、ヒモトに向かって言う。
「そろそろ、トヨにも教えてやらないとな。これ以上、あいつが沈んでいる姿を見ていられない」
「陛下が、今までトヨの沈んでいる姿を見ていられた方が不思議なくらいです。ヨシ様にも、ちゃんと事情を話して謝られますように」
「わかっている」
頷いて、ワクァは顔をヒモトから外す。そして、怪訝な顔をした。
ニナンとファルゥの顔が、引き攣っている。今さっきまで赤くなっていた顔が、二人揃って青くなっている。
「……どうした? ……そう言えばファルゥ、シグは? いつものように一緒じゃないのか?」
ワクァの問いに、ニナンとファルゥは仲良く肩を竦めた。