ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅
STEP4 笑顔を拾う
5
「……と、いう訳で。すぐにウルハ族の集落に迎えを出したんだが……入れ違いでな。よりにもよって、ホワティアの連中が集まっているらしい場所に向かったと聞いて、急いで軍を出した、というわけだ」
「凄かったっスよ、ワクァの慌てぶり。ヨシさんにも見せたかったっス」
ホワティアの者達全てを取り押さえ平和になったその場で、トゥモが楽しそうに言い、ワクァはため息を一つ吐いた。どうやら、心配性に因る面白話を、また一つ拵えてしまったようだ。
「とにかく、これでこの件はひと段落だな。あとは、ホワティアにどう話をつけるかだが……おい、トヨ。痛い。いい加減、叩くのを止めないか?」
言いながら、ワクァは背後に視線を遣った。先ほどからワクァの背にしがみ付き、片手でポカポカと背中を叩いている。
「父様の馬鹿、父様の馬鹿、父様の馬鹿! 本当に心配したんだからね! なのに仮病って! 信じられないよ、僕にもヨシにも心配かけて!」
「そうよそうよ! トヨくん、もっと言ってやって! トヨくんも私もシグくんも、ニナンくんもファルゥちゃんもウルハ族の人達も、すっごく心配してたんだからね!」
「それは、その……本当に済まなかったと思っているが……」
困った顔で言うワクァに、ヨシとトヨは声を揃えて「反省してない!」と叫んだ。
「ワクァの済まない、は聞き飽きたって、十五年前にも言ったでしょ!」
「心配ばっかりかける父様なんか、嫌いなんだからね!」
トヨの言葉に、ワクァは「う……」と言葉を詰まらせた。顔がみるみるうちに暗くなっていくその様子に、トヨはハッとして叩くのを止める。
「嘘! 嘘嘘! 嫌いなんて嘘だから! 嫌いだったら、父様のためにこんな寒いところまで来たりしないから!」
「……そうか……そうだな……。こんなところまで来て、俺のために戦ってくれたんだな、トヨは……」
そう言って、ワクァはトヨの頭を優しく撫でる。その手のぬくもりに、トヨは泣き出した。
「良かった……本当に、良かったよぉ、父様ぁ……」
大きな声で泣くトヨを、ワクァはしゃがみ込み、抱き締めてやる。そして、優しく背を叩いた。
「辛い想いをさせた……。本当に、済まなかったな、トヨ……」
次第に、トヨの泣き声は収まっていく。そして、大きく呼吸をすると、強がる風にトヨは言った。
「そうだ。父様が大丈夫なら、この花どうしよう?」
そう言って、鞄の中からハンカチに包んだ小さな花を取り出した。戦っているうちに大分潰れてしまったが、それでもまだ綺麗な花の形はわかる。
「その花は?」
不思議そうな顔でワクァが問うので、トヨは答えた。ウルハ族で教えてもらった事。この花を煎じて飲むと、心を落ち着ける効果があるらしい事。数年に一度しか目撃されないらしいが、それをトヨが見付けたのだという事。
それを聞き、ワクァは少し考えると、トヨに向かって微笑みかけた。
「なら、それはヒモトに渡すと良い。心が落ち着く薬になるなら、きっと役に立つ」
言われて、トヨは「え?」と顔を曇らせた。目が、動揺している。
「母様……どこか悪いの?」
問われて、ワクァは苦笑した。気のせいか、少し顔が赤い。
「言い方が悪かったな。……良いか、トヨ。あと何ヶ月かしたら、弟か妹が生まれるんだ」
「えっ?」
トヨが、目を輝かせる。ヨシとトゥモも、「おっ?」という顔をした。
「何、二人目?」
「あぁ、それでこんな場にヒモト様が来なかったんスね!」
息子が危ない場所にいるかもしれない。しかも相手は、テア国にも因縁のあるホワティア。そして、間違い無く久々に思う存分剣を振るう事ができる場面。そんな場面に、ヒモトが来ない筈がないのに変だと思った。そう言うトゥモに、ワクァは呆れた顔をする。
「お前はヒモトを何だと思ってるんだ……」
それだけ言うと、ワクァは視線をトヨに戻す。
「それで、だ。子どもを産むまでは、とても心が疲れるものらしいんだ」
「トヨくんの時は、ヒモトちゃんよりワクァの方が疲れてたけどね。無駄に」
「お前はちょっと黙ってろ」
「いやいや、心配させられたんだし。これぐらいの茶々は入れさせてもらわないと」
「それとこれとは、話が別だろう!」
軽い言い合いを始めたワクァとヨシの横で、トヨは首を傾げた。そして、二人の言い合いに少しの間ができた隙に、問う。
「疲れるって……今回の、父様の仮病に付き合うよりも?」
痛いところを突かれ、ピタリと言い合いを止めたワクァが顔を顰める。ヨシが、笑い出した。決まりの悪そうなワクァの顔に、笑いながら、トヨは「わかった」と言う。
「この花は、母様にあげる事にする! ……ねぇ、父様? 帰ったら、今までやれなかった分、たくさん手合わせしようよ!」
「そうだな。……手加減はしないからな?」
「望むところだよ!」
力を籠めて言うトヨに、ワクァは笑う。その姿を眺めながら、ヨシは曖昧な笑顔を作って呟いた。
「……不思議よね」
「ヨシさん?」
首を傾げるトゥモに、ヨシは「うん」と言う。
「私さ、十五年前……前の王様が出した、宝物を拾いに行けって言うお触れを見て旅に出たのよね。……宝物って言うか、今思えば私以外の人にはガラクタにしか見えない物ばっかり拾ってたんだけど」
そう言いながら、ワクァを見詰める。トヨと語り合い、幸せそうな姿だ。
「ワクァも、ある意味私が拾ったようなものなのよね。タチジャコウ家から暇を出されて、行く当てが無くて呆然としてたところを旅の仲間にして。……あの時は、ワクァの人生も、人から見ればガラクタみたいな物だったかもしれない」
傭兵奴隷として蔑まれ、親の記憶は無く、親しい者もおらず。感情表現が下手で、笑う事などできそうになかった。あるのは、一振りの剣と、その剣を巧みに操る剣技だけ。そのような立場で容姿は良いものだから、要らない苦労も多く、それによって得る物は何も無い。その人生を羨む者がいるとは、到底思えなかった。
「それが、今ではあんな風に、幸せそうな顔してる。ガラクタだった物が、キラキラ光る宝物になったみたいで……すごく不思議」
ヨシに出会い、マフと出会い、ファルゥ、シグ、トゥモにウトゥア、フォルコ。ヒモト、そしてトヨ。様々な人と出会う度に、どんどんキラキラとした輝きが増えていったようだ、とヨシは言う。
「それって……つまり、こういう事っスか? 例えガラクタのような人生でも、人と出会う事によって、ガラクタだった物が宝物に変わる?」
「あとは、本人がどれだけ頑張ったか、もね」
そう言ってヨシが頷くと、トゥモは笑った。
「ガラクタが、宝物に変わる、か。ヨシさんにかかれば、物でも、誰かの人生でも、ガラクタだと思われてた物が何でも宝物に変わっちゃうんスね」
すごいっス、と笑うトゥモに、ヨシは苦笑した。
「そんな大層な事はしてないわよ。けど、そうね……ガラクタを宝物に変える。これが、バトラス族の本質なのよね」
どんな物にでも、使い道を見出す。それが、この国最強の戦闘民族バトラス族が誇る能力だと、ヨシは今までになく強く実感した。
だが、そこでヨシは「けど……」と呟いて少し不満そうな顔をした。
「こうなると、ちょっと不満も感じちゃうのよね」
「不満?」
首を傾げるトゥモに、ヨシは「そう」と頷いた。
「ウトゥアさんに言われた事があるんだけど……私はワクァを、物語の主人公みたいに考えているところがあるって。長い長い物語の中で、成長を続けていく主人公を見守る読者みたいな気持ちになってるところ。たしかに、あったかもしれないわ」
そして物語というものは、いつか必ず、終わりを迎える。
「これでハッピーエンドだとは思わないわよ? ワクァの人生、まだ先があるんだし。けど、何か今回のこれで、一旦区切りがついたって感じはするのよね」
物語でエンドマークがつくなら、今日この日だろうと、ヨシは言う。
「物語って、不思議なものでね。主人公の成長を楽しみながら読んでいたはずなのに、終わりが近付くと、何だか急に、最初の方のまだまだ未熟だった頃の主人公が懐かしくなっちゃったりするのよ。何て言うの? 寂しいって言うか、物足りないって言うか」
今、ワクァを見ていて、それと同じような物足りなさを感じるのだと言う。
「そういうもんスか?」
「そういうものなのよ」
頷き、そしてヨシは辺りを見渡した。物語の余韻を楽しむように、ゆっくりと。
そして、ある物が目に留まった。ウコン色の、瓢箪のように少しくびれた、おかしなデザインの鞄。先ほどホワティアの者達と戦っていた時に、肩掛け紐が切られて壊れてしまった鞄だ。
ヨシは、鞄を拾い上げると丁寧に砂埃をはたき、状態を確かめる。デザインはおかしいながらも、丈夫な鞄だ。切られた紐を修繕すれば、まだまだ使えそうである。
そこでヨシは、何かを閃いた顔をした。そして、「あっ!」と大声を出す。
大声に驚いたワクァ達が、一斉にヨシを見た。そこでヨシは、楽しそうな顔をするとワクァの方に向かって鞄をずいっと突き出してみる。
「見てよワクァ! この鞄、可愛いと思わない!?」
丈夫ではあるが、見た目は既にボロボロの鞄だ。おまけに、ウコン色で瓢箪のようなデザイン。元々、可愛らしくは無い。
ヨシは一体何を言っているのだろうと、周りにいた者達全てが首を傾げる。そんな中、ワクァは「また始まったか」という顔をしていたが、途中で何かに気付き、ニヤリと笑った。
思い出したな、と、ヨシもニヤリと笑う。そう、この言葉は、十五年前にこの鞄を拾った時に言ったのと、全く同じ言葉だ。
ワクァは、わざとらしく不機嫌な顔を作ると、言う。
「その鞄の、何処が可愛いんだ!? そのウコン色の鞄の何処が!?」
周りの者達は、その言葉の意味もわからず、首を傾げている。だが、それでも別に構わない。
ワクァの返答に満足そうに頷き、続く言葉で喧嘩を始めるべく、ヨシは大きく口を開いた。
(了)