ガラクタ道中拾い旅













最終話 ガラクタ人生拾い旅












STEP4 笑顔を拾う






























「嘘……と申されますのか?」

顔を険しくしながら、フォルコが問うた。険しくなるのも仕方が無いだろう。王が倒れたなど、冗談でやってはいけない。……いや、王でなくても、仮病で人を不安にさせるのは駄目だろう。

問い詰めるような目付きに、寝台に上体を起こしたワクァは苦笑した。

「半分は、な」

「半分……?」

フォルコは、怪訝な顔をした。先の王と王妃も、不安そうながらも不思議そうな顔をしている。ただ、ヒモトと医師、そしてウトゥアは険しい顔をした。

「実は、今だからこそ言える事なんだが……一ヶ月ほど前、食事中にスプーンが黒くなった」

「何と!?」

フォルコ達の顔が一気に険しくなる。先王妃などは、ショックで今にも倒れそうだ。すかさず、ヒモトが傍に寄り添った。

王族の食器は、全て銀製である。それは、銀が毒に弱く、食事に毒が盛られていれば即座に食器が黒ずみ、毒が混入しているとわかるからだ。

スプーンが黒くなったという事は、即ち、食事に毒が盛られていた事を意味する。

「ヒモトやトヨの食器は、一切変色していなかった。明らかに、俺を狙ったものだ」

その日、先の王と王妃は所用があり食事の席に同席していなかった。ワクァはヒモトに目配せし、スプーンを見せた。

ヒモトが察したところで、早急に見なければいけない書類があると嘘を言い、食事を自室に運ばせた。そして人払いをし、早急に医師とウトゥアを呼び付けたのだと言う。

運ばれてきた食事を医師が調べたところ、確かに毒が混入しているという。微量ではあるが、これを毎日少しずつ摂取すれば、やがては体が蝕まれ、命を落とすだろうと医師は告げた。

「この者は、一昨年までテア国の薬を学ぶ為に遊学しておりました。だからこそ、盛られていた毒が何だったのかわかったのでしょう」

「……と申されますと、まさか犯人は、テア国の……?」

フォルコの言葉に、ヒモトは首を振った。

「毒の原料の一つとされている植物は、北の方の寒い地域にしか生息していない物。ヘルブ国での入手は困難ですが、北方の地であれば比較的容易く手に入りましょう。テア国はもとより、その隣国であるホワティアでも……」

「ホワティア!?」

先の王とフォルコが目を剥く。幼いワクァの失踪、クーデター、闘技大会に刺客を放ち、戦争を仕掛け、ヘルブ国とテア国に嫌がらせを繰り返し、テア国では使節となって赴いていたワクァの心を一度は折りかけた。そして、恐らく今回の毒殺騒ぎも。三十年以上前から、悪い意味で変わらない国である。

「まず、ホワティアの仕業と見て間違い無いだろうな。十五年前の戦争で、俺はヨシ達と共にホワティアの陣に潜入し、当時のホワティア王を騙した上で捕らえた。何年か前、囚われの王に代わって即位した息子の現王からの交渉を受けて、前ホワティア王は国に帰らせたわけだが……まぁ、俺の事は恨んでいるだろうな」

酷くあっさりとワクァは言うが、重大事だ。下手をしたら、この国は明日にでも王を失いかねない。

「それで、その毒を盛った者は……」

「あぁ。今は、泳がせてある」

頷いて言うワクァに、フォルコは再び目を剥いた。

「捕らえずに? 泳がせていると? では、その後の食事は……」

「どうやら、毎食律儀に毒が盛られているようですね。必ず陛下の食事にだけ毒が盛られているみたいだし、犯人は給仕係で間違いないと思いますよ?」

ここで初めてウトゥアが口を開き、フォルコは朗らかな笑顔を浮かべている妻を睨み付けた。

「その言い方だと、ウトゥア……お前も一枚噛んでいるな……?」

「そりゃあ、毒が盛られている事に気付いたその場で呼び出されましたしねぇ」

あははと笑いながら、ウトゥアは手をひらひらと振る。

「毒が盛られていると確定した時点で、陛下から相談を受けたんですよ。ホワティアの連中を泳がせるために、毒入りの食事を食べ続けても大丈夫か、って」

「考えるまでもなくお止めする案件だろう、それは!」

フォルコが怒鳴り、先の王と王妃もウトゥアを睨む。フォルコは、ついでにワクァの事も睨んだ。

「陛下。どのようなお考えがあって、そのような危険な事を考えられましたのか?」

「気付かないフリをして毒入りの料理を食べ続ければ、城に入り込んだホワティアの奴らはそのうち別の動きをし出すだろう? それに乗じて、逆にホワティアに一泡吹かせてやろうと思ったんだが……」

「だからと言って! 故意に毒入り料理を食べる者がどこの世界におりますか!」

「ここにいますよねぇ?」

「ウトゥアは黙っておけ!」

怒鳴り散らすフォルコに、ワクァは「静かに」と鋭く言った。その視線に気圧されてフォルコが怯んだ隙に、ワクァは話の続きを切り出す。

「危険なのは百も承知だ。だが、それぐらいしないと、ホワティアの奴らは調子に乗るだろう? 何しろ、懲りない奴らだ。釘を刺しておく必要がある。だから、ウトゥアに相談し、メディに力を貸してもらう事にしたんだ」

そう言って、ワクァは医師に視線を向けた。医師――メディは、首を振りながら苦笑する。

「お陰で、大量の解毒剤を調合する羽目になりました。徹夜作業ですよ」

毎日、食事の前に解毒剤を飲んでおく。そうする事で、摂取した毒も体内で中和された。それをやっても大丈夫かを確認するために、ウトゥアを呼んだというのだ。

「占いの結果は、躊躇うな、やれ、ってね。それで、陛下のお心は決まった。毎日勇敢に毒入り料理を口にされて、気付かないフリをされていたんです。……私も、一応働いたんですよ? 陛下の指示通り、何かを臭わせるような文体で、ヨシ殿に手紙を送った」

「ヨシ殿がこのタイミングでヘルブ街を訪れたのも、陛下の仕組まれた……!?」

ワクァは、頷いた。

「勇ましい事を言ってはみたが、やはり色々と不安だったんだ。実際、解毒剤を飲んでいたとはいえ、多少の不調は感じ始めていたしな」

仮病ではあったが、完全に仮病というわけでもなかったのだ。解毒剤による中和も限界があるし、解毒剤自体の副作用もある。

「ヨシ様は、陛下が旅をしている間、共に歩き、共に空気を感じ、共に戦ってこられたお方。陛下の良い所も悪い所も、弱い所も、よく存じておられます。いてくだされば心強いだろうと、お勧め致しました」

「王妃様も関わっておられたと……」

フォルコは疲れた声を発し、ヒモトは申し訳なさそうに頭を下げた。フォルコは、恨みがましい目でワクァを見る。

「ならば、何故某にも相談してくれませなんだのか……。ウトゥアには相談されたというのに……」

「貴方が真相を知ったら、城内で不審者はいないか目を光らせるでしょう? そうしたら、こちらから何か仕掛ける前に、犯人が怖がって逃げちゃうかもしれないじゃないですか」

笑いながら言うウトゥアに、フォルコはがくりと項垂れる。ワクァが、苦笑した。

「まぁ、そんなわけで。陛下が体を張ったお陰で、誰が陛下の食事に毒を盛ったのかはわかったんですよ。調べてみれば、その給仕係は北の地方から来たという話だ。これはもう、ほぼホワティアが絡んでいると見て間違いなく、多分ここから更に何か仕掛けてくるんだろうと思ったのが、ここ数日の事」

「いい加減、解毒剤の味にも毒入りとわかっている料理を食べる事にもうんざりしていたからな。そろそろ、こちらからも仕掛ける事にした」

それで、倒れて見せたのだとワクァは言う。

「これから暫くは、毒の効果が出て重篤な病になったフリをする。父さん……政務に支障が出ます。引退された御身に申し訳ないのですが、力を貸して頂けませんか?」

「……致し方あるまい」

唸る先の王に、ワクァは頭を下げる。そして、先の王妃にも視線を向けた。

「俺が寝込んでいるとなれば、ヒモトも動き難くなります。それでなくても、今はヒモトはあまり積極的に動けない状態だ。母さんにも、申し訳ないのですが……」

「わかりました。城を訪れる貴婦人方のお相手は、しばらくの間私が引き受けましょう」

再び頭を下げ、ワクァはフォルコに視線を戻した。すると、フォルコはやや痛ましげな顔をして出入り口の方を見る。

「陛下……トヨ殿下には、真実を告げられませぬのか……?」

「……トヨには、可哀想な事をしているという自覚はある。だが、相手に気取られるわけにはいかないんだ」

腹に秘め事をするには、トヨはまだ幼く、そして純粋過ぎる。

「では、ヨシ殿やトゥモにも秘しているのは……?」

「あいつらが、腹に一物持っている事を隠し通せると思うか?」

黙っているだけなら、できるだろう。だが、ヨシとトゥモは隠し事をしている事にすら気付かれぬようにする事……今回で言うならば、ワクァが病になって心配そうにしている演技ができるどうかと問われれば……恐らく、できない。

「あいつらには、このテの嘘は根本的に向いていないからな。俺と違って」

「そう言えば、陛下は己を偽り相手を騙す演技は、お上手でしたな。だからこそ、ホワティアの先王を捕らえる事もできたのだという事を、忘れており申した」

「褒められた事ではないけどな」

その言葉に、フォルコは「まことに……」とため息を吐いた。

「陛下は、この十数年で随分と人が悪くおなりだ」

「人が悪くなければ、国を治める事は難しいらしいからな。……テア国のクウロ王に、フォルコも十五年前、そう言われているだろう?」

そう言って苦笑し、ワクァは険しい顔でフォルコを見た。

「今、フォルコに事の真相を話したのは、やってもらいたい事があるからだ。まず一つ。城に入り込んでいるホワティアの奴らの動向を監視してもらいたい。そいつらは、俺が倒れた事をホワティアに伝えるため、近々城を出ると思う。そこからが、本番だ」

フォルコは頷いた。

「城を出る者がいれば泳がせ、城に留まるホワティア者と思わしき者は捕らえればよろしいですな?」

「そうだ。同時に、軍をいつでも出せるよう準備しておいてくれ。奴らの事だ。俺を殺したぐらいじゃ満足しない。これを機に、ヘルブ街陥落を狙うくらいはするだろう」

「御意に」

頷き、フォルコは部屋を出て行こうとする。その後ろ姿に、ワクァは「待ってくれ」と声をかける。怪訝な顔をしたフォルコに、ワクァは「慌てるな」と言った。

「もう一つある。……病人のフリをするのは良いんだが、寝てばかりいたら体が鈍って、本当に病人になりそうだ。……夜、ひと気の無い場所で手合わせに付き合ってくれないか?」

その言葉に、フォルコは一瞬、呆れた顔をする。そして、「承知致しました」と言いながら、苦笑した。











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