ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅
STEP4 笑顔を拾う
2
森を抜けて、開けた場所に出る。まずい、とヨシは思った。
「身を隠す物が何も無いわ。矢でも射かけられたらイチコロよ!?」
そう言いながら、十五年前の事を思い出す。あの時は、ワクァとヨシ、トゥモ、それにバトラス族の仲間とユウレン村の若者達……大勢でホワティアの陣に乗り込み、戻る際に大量の矢を射かけられた。
だがあの時は、ワクァや、ユウレン村の若者達、それにバトラス族のセイ。長物を持ち、射かけられた矢を叩き落とせる者が大勢いた。だから、何とか大きな被害を出さずに、援軍が来るまで逃げ切る事ができたのだ。しかし今は、そんな芸当ができるのはシグとトヨの二人だけ。ヨシもできなくはないが、それでも三人。全力で逃げながら、飛んでくる矢を気にしながら……できるだろうか?
「じゃあやっぱり……戦うしかないじゃない!」
叫び、トヨがシグの腕を振り解く。カイを抜き放ち、構えた。
ヨシが案じた通り、矢が飛んでくる。トヨはそれを、カイで叩き切った。
「今ここで、死ぬわけにはいかないんだ。折角、父様の薬になる花を見付けたんだから……行くよ、カイ!」
叫び、駆け出す。仕方あるまいと、シグも剣を抜いて走り出した。ヨシも鞄に手を突っ込む。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
雄叫びをあげ、トヨはカイを片手に、男達の間を縫うように駆け巡る。味方の内に入り込まれ、ホワティアの者達は矢を射かける事ができない。トヨは何人もの男達を相手に、足を斬り、腿を突き、腕を斬り上げる。
周りの男達全てが蹲ってうめき声をあげ、次に襲い掛かろうとしていた男達が近付く事を躊躇う。トヨはカイに付着した血を振り払うと、再び男達の中に突進していった。矢を射かけられずに戦うには、懐に飛び込むしかない。
シグは大剣クレイモアを振り回し、襲い来る男達を次々と吹っ飛ばしていく。吹っ飛ばされた男は、後に続こうとしていた男にぶつかり、サンドイッチのように重なっていった。軽く息を吐いたところで咄嗟に振り返り、背後を狙っていた男の肩に斬り付ける。男は呻きながら、倒れ伏した。
ヨシは鞄の中から、ウルハ族の集落で描き写した紙を取り出した。花が見付かった今、これはもう必要が無い。どうなっても良いだろう。
辺りに降り積もっていた雪を、ひと掬い。それを紙で包めば、紙はあっという間に湿ってふやけた。それを右手に、ヨシは跳ねる。空中で一回転。呆気に取られた男の顔を、右手でぴしゃりと叩いた。湿ってふやけた紙が男の顔に貼り付き、男は途端に苦しそうにもがき始める。
「はい、かなり苦しいだろうから、早めに剥がせるよう頑張ってねー……っと!」
言いながら、左手に隠し持っていた枯枝を投げた。先ほど、トヨがうっかり踏んで折ってしまった物だ。枝は襲い掛かろうとしていた男の顔面に迫り、男は思わず顔を逸らす。その瞬間にヨシは男の懐に潜り込み、鳩尾に鞄を叩き込んだ。
十五年前から、ずっと使っている鞄だ。ワクァとの旅の途中で拾った。ウコン色で、瓢箪のような変なくびれがある変わったデザイン。ヨシは気に入ったが、変な物を拾うなとワクァに怒られた。しかし、見た目以上に容量があるこの鞄には、本当に色々な物が入り、これまでに何度も鈍器として活躍してくれている。
その鞄の肩掛け紐に、男の剣が引っ掛かった。足元が悪いせいか。それとも、ワクァの命が危うい事と、ヨシ自身も今ホワティアの者達に遭遇して危なくなった事で焦っているのか。目測を見誤ったのだ。
剣は鞄の紐を切り裂き、鞄は地に落ちる。
「やばっ……!」
焦るが、拾う暇は無い。すぐに、別の男達が襲い掛かってくる。攻撃を跳び躱し、もう一つの鞄に手を突っ込んで応戦に転じた。
やはり、多勢に無勢だ。三人は善戦しているが、それでもじりじりと追い詰められていく。疲労も溜まってきた。
カイを握るトヨの腕が、疲労で震える。その様子に、あのしわがれた声をした男がにんまりと笑みを作った。
「おやぁ? 疲れたのか、王子様? 安心しろ、すぐに楽にしてやるよ。お前の父親も、後を追ってくれる……。順番は逆になっちまったが、親子が離れ離れになる事は無いんだ。安心しなぁ!」
「……!」
トヨは、息を呑んだ。このままだと、トヨは殺される。ワクァも殺される。嫌だ。折角、薬になる花を見付けたというのに。このまま殺されるなんて嫌だ。ワクァが殺されるなんて嫌だ。このまま、この世で会えなくなるなんて嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「嫌だ! 僕は父様達のところに帰る! 生きて……生きてる父様と母様に、また会うんだっ!!」
叫び、震える腕で剣を振り上げる。しわがれた男が、同じく剣を振り上げる。疲労が無ければ、トヨの方が早い。疲労が無ければ……。
「トヨくん!」
「殿下!」
ヨシとシグがトヨに駆け寄ろうとするが、間に合わない。男の剣が、トヨの頭上に迫っている。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
目に涙を溜め、叫びながら、それでもトヨは剣を振り抜こうと腕に力を籠める。その時だ。
「ぐっ!?」
突如、何かが飛んできて男の掌を貫いた。男は剣を取り落とし、その隙にトヨのカイが男の腕を斬り裂く。勢い余って、トヨはその場に尻餅をついた。
その、トヨと男の間に、目にも留まらぬ速さで割り込んできた黒い影がある。影は銀色の剣を巧みに振るうと、あっという間に周囲を取り囲んでいた男達を地面に叩き伏せる。
「人の息子を、よくもいじめてくれたな」
耳に馴染んだ声がする。旅をする間、トヨ達がずっと心に留めていた、声だ。
「……え?」
「何で……」
ヨシとシグの目が丸くなる。トヨは、恐る恐る声をかけた。
「……父様?」
その声に、ワクァは振り向いた。少し決まりが悪そうに微笑むと、腰をかがめてトヨの頭を優しく撫でる。
「もう、大丈夫だ。よく頑張ったな、トヨ……」
そう言うと、背筋を伸ばし、剣を掲げた。周囲から、おおおぉぉぉ……という鬨の声が聞こえる。軍勢だ。ヘルブ国の軍が、そこにいた。フォルコの姿も、トゥモの姿もある。先ほど、襲い来るしわがれ声の男の手を貫いたのは、トゥモの投げナイフだ。
「敵はホワティアの手の者、百人あまり! 手加減は要らぬ! 徹底的にやれ!」
フォルコの号令に、兵士達が動き出す。形勢は、一気に逆転した。それでも、自棄になった男達が、せめてヘルブ国王の首を取ろうと、ワクァに襲い掛かってくる。フォルコやトゥモが、させじとフォローに回った。ワクァもラクを振るい、迫りくる者達を易々と退けている。とても、衰弱して寝込んでいた病人とは思えないほどの動きと顔色だ。
その後ろ姿に、ヨシが恐る恐る話しかけた。
「わ……ワクァ……ねぇ、何で?」
「毒を盛られて、重体の筈……ですよね? 実際、お城でお会いした時には、本当に苦しそうで……」
シグの言葉に、ヨシはぶんぶんと首を激しく振る。
「そ、そうそう! 顔色が真っ青で、いつどうなるかわかったもんじゃないような……」
「あぁ、それか」
そう呟くと、ワクァは懐をさぐった。そして、小さな木製の容器を取り出すと、ヨシに投げ寄越す。受け取ったヨシは、容器の蓋を開けると怪訝な顔をした。
「何これ……化粧品?」
首を傾げるヨシに、ワクァはラクを振るいながら「あぁ」と頷いた。
「十五年前に、俺に使い方を教えたのはお前とタズだろうが。ホワティアの陣地に乗り込むために年齢を誤魔化したのに比べたら、顔色を悪くするだけだからな。楽だったぞ」
そう言って、再び戦いに赴いてしまう。その姿を眺めながら、ヨシは「え?」と呟いた。トヨとシグも、唖然としている。
「え……という事は……」
「今までのって……」
「……仮病……?」
そして、全員で顔を見合わせ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
三色の叫び声が、辺りに木霊した。