ガラクタ道中拾い旅













最終話 ガラクタ人生拾い旅












STEP4 笑顔を拾う






























ヘルブ国の北の端。場所が場所だけに、ここまで来ると季節は既に冬だ。早くも雪が積もり始めている森の中を、トヨ達はウロウロと歩き回っている。赤くなった指先に白い息を吐きかけながら、トヨは辺りを見渡した。

「あるとしたら、この森の辺り……なんだよね?」

ガサガサと、ウルハ族の集落で描き写した地図を取り出して見る。ヨシとシグも、過去に目撃された場所を記した紙、特にどのような場所に生息していたかが記されている紙をそれぞれ見た。どれを見ても、目的の花が咲いているとしたらこの森だと示している。目撃されたのはいずれも冬らしいので、雪が積もり始めているこの場所なら、見付かる可能性はある。

「これ……は、違うわね。形は似てるけど色が違うわ」

「こっちは色は同じですけど、花びらの形が違いますね……」

似たような花は時折見掛けるのだが、それそのもの、という物が見付からない。トヨは、地図と周りの風景を交互に見ながら、唸った。

そして、突然座り込んだかと思うと、薄らと積もった雪を両手で掻き分け始める。

「ちょ……ちょっとトヨくん!?」

「何をなさっているんですか、殿下!?」

ヨシとシグが慌てて止めにくるが、トヨはその手を振り払って雪を掻き分け続けている。

「ひょっとしたら、絵に描かれているよりもずっと小さな花で……雪の下に埋もれているかもしれないじゃないか。だとしたら、こうやって雪をどかさないと……」

「だからって、そんな素手で……せめて、手袋をしてください!」

トヨは、ふるふると首を横に振った。

「手袋をしてたら、花に触ってもわからないじゃない。すごくすごく小さな花だったら、それで気付かずに……雪と一緒にどこかにやっちゃうかもしれない」

だから、素手でやる。そう言うトヨの両手は、既に真っ赤になり、ガチガチと震えている。

「このままじゃ、霜焼けになっちゃうわよ? ……ううん、凍傷になっちゃうかもしれない。本当に、手袋だけはした方が……」

「それでも、花が見付かるなら……父様が助かる可能性を持った花が見付かるなら……」

うわごとのように呟きながら、トヨは雪を掻く。トヨの頭には、もう花を探す事しか……ワクァを救う事しか無い。

ヨシとシグは顔を見合わせた。シグがトヨの脇を抱え、体を宙に浮かせる。

「良いから、手袋はしなさい! 自分のためにトヨくんが凍傷になったりしたら、ワクァは喜ばないわよ!」

「放してよ、シグ! 早く……早く花を探さないと!」

「手袋をしてください! そうしたらすぐにでも放します!」

ジタバタともがくトヨに、シグが叫んだ。普段温和なシグに叫ばれ、トヨの動きがぴたりと止まる。ヨシが腰を曲げ、トヨの顔を覗き込んだ。

「トヨくん……焦る気持ちはわかるわ。私達だって、一刻も早くワクァを治してあげたいもの。こうしている間にもワクァの寿命が迫っているかもしれないと思うと、気が気じゃない。けどね……焦って探しても良い事なんか無いわ。現にトヨくん……素手で探しても、結局雪の中に混ざっている物に気付けてないでしょ?」

言われて、トヨはハッと下を見た。掻いた雪の塊が見える。その塊に、いくつかの植物が紛れ込んでいるのが見えた。

どれもこれも、色や形は目的の花と違う。だが、一心不乱に雪を掻いていたため、そもそも植物がある事にすら気付かなかった。いつの間にか、雪を掻き分ける事に必死になっていたのだろう。これでは、目当ての花があったとしてもわからない。

「……ごめんなさい……」

項垂れたトヨを、シグが地面に降ろした。トヨは荷物の中から手袋を取り出し、赤くなった手にはめる。手に触れる冷気が遮断され、トヨは思わずホッと息を吐いた。思った以上に、手は凍えていたようだ。

「手袋をしていても、慎重に探せばちゃんとわかるわよ。ね?」

ヨシに言われ、トヨはおずおずと頷いた。そして、手袋をはめた手で再び雪を掻き分け始める。今度は、ゆっくり、丁寧に。ヨシとシグも、それぞれ手袋をはめて雪を掻き分け始めた。見当たらない以上、この二人にももう雪を掻き分けるぐらいしかできる事が無いのだろう。

しかし、決して狭くはない森だ。おまけに、雪がちらちらと降っている。掻いた場所に雪が降り積もり、どこを掻いたかわからなくなってしまう。掻いても掻いても、終わらない。

「これは……予想してはいたけど……」

「こっちも、人手が欲しいですね……」

ヨシとシグが一旦休憩と言うように座り込み、疲れた声を発する。声はややまぬけな感じだが、その顔にはトヨと同じように焦りが生まれ始めている。花が見付からない事で、彼らにも実感が湧いてきてしまったのだ。このままだと、遠くない将来、ワクァは死ぬ。

「……マロウ領と、バトラス族のみんなはどんな調子かしらね……?」

「わかりません……せめて、バトラス族が探している草だけでも見付かると良いんですが……」

バトラス族に探してもらっている草は、体内のどんな悪い物をも中和するという。それさえ見付かれば、精神を落ち着かせる事、滋養強壮については、別の物でも代用はできるだろう。

……いや、ひょっとしたら、この三点がセットでなければ草も効果が薄いのかもしれないが。そう口走りかけて、ヨシは言葉を呑み込んだ。今は、悪い方向に考えても気分が落ち込むだけだ。

とにかく、今は花を探す事。それが、いつの間にか三人の心の支えとなっている。一つでも見付かれば、それでワクァは助かるかもしれないという希望が生まれる。今は、希望が生まれるかもしれないという希望に縋って、動くしかない。

「まぁ、ぐちぐち言ってても仕方ないわね」

「そうですね」

そう言って頷き合い、ヨシとシグは作業を再開しようと腰を上げた。その時だ。

「……あった!」

感極まったトヨの声が聞こえ、ヨシとシグは「えっ!?」と顔をトヨに向けた。トヨが雪の上である事も気にせず腹ばいになり、地面を見詰めている。

ヨシとシグは近寄り、トヨの視線の先を見た。

たしかに、あった。白くて、花弁の先が薄紫色で、少しだけ鋏を入れたような形になっている。茎が短く、葉が大きい。文献に載っていたあの絵と、同じだ。それが、五株か六株か、群生している。

「やった……やった……!」

震える手で花を詰み取りながら、同じように震える声でトヨは言った。

これで、ワクァが助かるかもしれない植物が一つ手に入った。他の二つが手に入るか、まだわからないが……それでも、一つ見付けた事でぐんと希望が増した。

トヨは摘み取った花をハンカチで包み、鞄の奥底に大切にしまい込む。そして、寒さでかじかんだ手を手袋ごとこすり合せながら、立ち上がった。

「花が見付かった事だし、早くこの森から出ようよ。ホッとしたらすごく寒くなってきちゃったし、マロウ領とバトラス族の方を手伝わないと……」

そう言ってはにかんだ、その時だ。

ガサリと、音がした。トヨ達はハッとして、思わず身を伏せる。

茂みの向こうから、人が歩いてくる音がする。声もする。それも、一人や二人ではない。かなり、大勢だ。

三人は茂みに姿を隠したまま、そっと様子を窺う。やがて、何十人もの男達が、西の方からぞろぞろと歩いてきた。何人いるのかは、多過ぎてわからない。ひょっとしたら、何十人というのは目に見える分だけで、見えない場所に百人、二百人はいるかもしれない。

どの男も顔を険しくし、武装している。どう見ても、冬の森に狩りをしにきたようには見えない。

「最後に、もう一度確認するぞ」

しわがれた男の声がした。その声に、やや若い男の声が「はい」と答える。その声に、トヨは「ん?」と首を傾げた。どこかで聞いた覚えのある声のような気がする。

三人が覗いている事にも気付かずに、男達は話を進める。

「経路は」

「何度も確認しました。最短の道を覚えています」

「武器は?」

「全員に行き渡りました」

しわがれた声の主が、満足そうに頷く気配がした。そして、その声の主はひと際低い声で、最後にもう一つ、と問う。

「ヘルブ国の王は、本当に重体なんだろうな?」

「!」

トヨ達は、思わず息を呑んだ。何故ここで、ワクァの話が出てくる?

「あの国王は厄介だ。一人で兵士何十人分にも値する強さを持っているからな。おまけに、ヘルブ国最強の戦闘民族とやらとは上手く連携が取れているみてぇだし、あの武人の国、テア国とも婚姻関係を結んでやがる。国王が健在だというだけで、この計画は一気に雲行きが怪しくなるんだ。……本当に、重体なんだな?」

若い声は、「それはもう」と上機嫌に言った。

「毎日の食事に、少しずつ毒を混ぜましたから。すぐに死ぬような量ではありませんが、その身体は少しずつ蝕まれているはず。現に今では、幾度も倒れ、熱を出して寝込むまでになっていますよ。傍目には、過労による病のようにしか見えないでしょうけどね。ヘルブ街に飛ばした斥候の話でも、それは明らかなはず」

「毒を盛る事に成功したんなら、何で致死量を盛って一息にやらねぇんだ? 死んでくれた方が、重体になるよりも楽だろうに」

不満そうに言うしわがれた声の主に、若い声は「まぁまぁ」と宥めるように言う。

「仕方ないじゃないですか。先の国王陛下が、ヘルブ国王をじわじわと苦しめる事をお望みなのですから」

「あぁ……十五年前のヘルブ国との戦で、当時まだ王子だったヘルブ国王に騙されて捕らえられた先の国王陛下、な……」

そこまで聞いて、トヨ達は息を殺したまま後ろに下がった。トヨが「思い出した……」と呟く。

「あの若い方の声……お城の、給仕係だよ。食事の席で聞いた覚えがある」

「今の話……どう聞いても、十五年前のホワティアとの戦争の話よね? ……という事は、あいつら、ホワティア国の兵か何か?」

「毒って……だからなんですね。陛下が急に具合が悪くなられたの……」

三人は、頷き合った。

「ホワティアの奴らが、いつの間にかお城に入り込んでたのね」

「多分……何年も前から入り込んでいたんでしょうね。それで、多少おかしな動きをしても怪しまれないようになってから、行動を始めた……。少しずつ、陛下の食事に毒を混ぜて……」

「あいつらが、父様を殺そうとしていた……!?」

険しい顔で、ヨシが頷いた。

「ワクァを殺すか、弱らせるか……そうしてヘルブ国の中央を弱体化させたところで、ヘルブ街になだれ込むつもりなのかもしれないわね。……これ、まずくない?」

シグが頷く。寒いのに、汗が頬を伝っていた。

「一刻も早く、ヘルブ街に戻りませんと。陛下と、先王様……それにフォルコ様にもこの話を伝えないと……!」

そうと決まれば、急いで行動しなくてはならない。ホワティアの者達は既に国境を越えている。すぐにでも動きだすだろう。

そっと立ち上がり、森を出る道へと急ぐ。しかし、急いでいる時ほど気を付けなければならない。でなくば……。

パキリ

トヨが、枝を踏んだ。乾いた音は冷え切った空気の中、よく響く。ホワティアの男達が、こちらを振り向いた。

「……おい、あれ」

「人だ……人がいるぞ!」

「今の話を、聞かれたか?」

「聞かれても聞かれてなくても、同じだ! ぶち殺せ!」

しわがれた声の男が叫び、武器を手にした男達がトヨ達へと向かってくる。

「やばい! トヨくん、シグくん! 逃げるわよ!」

「戦わないの!?」

「相手の人数を見てくださいよ、殿下!」

「トヨくんは、お城に戻ったら多勢に無勢、って言葉を調べて、完全に覚えるまで書き取りしなさいっ!」

シグがトヨを抱えて走り出す。その後にヨシが続いた。

「おい、あのでかい奴、抱えてるガキの事を殿下っつったぞ!」

「女がトヨって言った! ヘルブ国の王子がそんな名前じゃなかったか!?」

「そうです! あの子どもは、ヘルブ国のトヨ王子! 何でこんなところにいるのかは知りませんが……」

「丁度良い! あのガキをぶっ殺せば、ヘルブ国はまた後継ぎがいなくなるぞ!」

口を滑らせたシグの顔が青褪め、ヨシが舌打ちをする。男達は意気揚々としてトヨ達を追い掛けてくる。ヨシとシグは、懸命に走った。











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