ガラクタ道中拾い旅
STEP6 未来を拾う
3
最初に抱いた感情は、憧れ。王子かどうかなど関係無い。一振りの剣で己の人生を切り開いてきた人物。ただその事実だけが、ヒモトの心を動かした。
初めて会った時に得た感情は、驚き。そして、興味と共感。
剣が折れた彼を目の当たりにした時に湧き出た感情は、失望ではなく、不安。その時に、己が彼に抱いている想いに気付いた。だから、想いを剣に託して伝えた。
小さな部屋で、父と二人。黒塗りの器にこの国特有の茶を淹れながら、ヒモトはそんな経緯をクウロに伝えた。
「心が折れた、泣いた。おまけに、他人に不安を与えた。そのような情けない姿を目の当たりにしても、その想いが変わらなかった、という事か」
苦そうに茶を啜りながらクウロが呟くと、ヒモトは苦笑しながら頷いた。
「えぇ。それどころか、ますます気にかかるようになってしまいました」
クウロが、理解し難いとでも言うように顔をしかめる。ヒモトは、己の茶器を持ち上げながら、想いを遠くに馳せるような顔をする。
「その姿を見ていたら、まるであの方自身が刀のようであると思ってしまったのです。剥き出しで、強い衝撃を与えれば折れてしまう。冷たい空気に晒されれば露が宿り、錆びてしまう。剥き出し故、いつ何時誰かを傷付けてしまうかと自身が不安がり、周りもまたその身を案じて不安がる。……剥き出しの刀には、鞘が必要でございましょう?」
「……その鞘に、そなたがなると?」
「そうせねば、と……。湧き出でるように自然に、そう思いました」
そう言ってヒモトは頷き、そしてくすりと笑った。
「古い家臣達に聞けば、父上と亡き母上もそのようなご関係であったとか」
「……誰じゃ、喋りおったのは……」
むすりとしながら、クウロは茶を啜る。ヒモトも、黙って茶に口を付ける。しばらくの間、クウロが茶を啜るずず……という小さな音だけが聞こえた。
空になった茶器を置き、クウロは立ち上がる。そんな彼を見上げたヒモトに、クウロは言った。
「まぁ、嫁に出すと言っても、まだ先の話じゃ。あの調子では、まだまだ嫁を迎えるには早い。もっと学び、鍛え、そなたの夫として相応しい人物になってもらわねばのう」
「ヘルブ国の皆様も、それはご承知なさっています。十六年間行方不明であり、王族に復帰したのも最近の事。学ばれるべき事は山のようにあり、婚儀の準備までは手が回らないでしょうから」
ヒモトの言葉に、クウロはムスリとしたままショウジに手をかけた。開け放てば、夜の庭にはちらちらと雪が降り注いでいる。白い息を吐きながら、クウロは庭に面した廊下に足を踏み出した。
「あまりに遅いようでは、そなたが不憫じゃ。弱音を吐くようなら即座に婚約を取り消すと、親書には記しておく。厳しく鍛えられたいのであれば、いつでも当国に送り込まれよ、ともな」
それだけ言うと後ろ手でショウジを閉め、わざとらしい足音を立てて去っていく。その様子に苦笑しながら、ヒモトは残りの茶を静かに飲む。
そして、飲み終わった茶器を置くと、ヒモトは雪舞を手に取り、静かに刀身を鞘から引き抜いた。波のような紋様が美しい刀身は、曇りを帯びず、蝋燭の火を受けて輝いている。
その輝きを見詰め、今日の事を思い出し。ヒモトは微かに頬を染める。そして、静かに刀身を鞘へと戻した。