ガラクタ道中拾い旅
STEP6 未来を拾う
2
八日ぶりに足を踏み入れた大広間で、初めて訪れた日と同じ場所に座って、ワクァ達はクウロとセンが来るのを待つ。
何で呼び出されたかわからないが、死刑執行を待っているような気分でワクァは内心落ち着かない。
やがて、奥の方からタン、タンという足音が聞こえてきた。すらりとショウジが開き、クウロとセンが姿を現す。二人もまた、初日と同じ場所に腰を据えた。
「さて、ワクァ殿」
いきなり名指しで呼ばれ、ワクァはびくりと硬直する。しかし、声だけは努めて冷静に取り繕い、返事をした。その顔を眺め、クウロは「フム」と唸る。
「話は全て聞いておる。お元気になられたようで、何よりじゃ。当国の民が貴殿の愛剣をへし折ってしまった事、お許し召されよ」
そう言って、クウロは深々と頭を下げる。突然の事に面食らい、ワクァは「そんな!」と叫んだ。
「テア国側が悪くない事は、百も承知しています。それなのにあそこまで心配して頂き、ヒモト様に至っては新しい剣まで用意して頂いて……」
「それよ」
クウロの目が、怪しく光った。ワクァは罠にかかった事を悟ったが、既に後の祭りだ。恐る恐る、口を開く。
「……と、言いますと……?」
「何でも、混乱のさ中にこれにおるヒモトに求愛の言葉を述べたと言うではないか」
来た。ヘルブ国側の、誰もがそう思った。しかも、多少大袈裟になって伝わってしまっているようだ。
クウロに睨まれ、ワクァは体が完全に強張る。「それは、その……」としどろもどろになってしまい、言葉が出てこないでいる。
「三日間飲まず食わずで、睡眠も取らず。酷く混乱し、判断力が低下しておったんじゃろう事は、言い訳されんでも心得ておる。じゃがな……人間、そういう時こそ、本音が出易い。そうは思わぬか?」
「それは……」
弁明の言葉を考えようとして、ワクァはハッとした。クウロの目が、真っ直ぐにこちらを見ている。恐らく、何を言い繕ったところで、誤魔化しは全て見透かされてしまうだろう。
ワクァは、覚悟を決めた。
「それは……仰る通りだと思います」
「ほう……」
クウロが、意地悪気に目を細めた。
「では、認めるのじゃな? 貴殿、ヒモトの事を……」
「好いていると考えてくださって、構いません」
半ば自棄だ。クウロに挑戦するかのような目付きで、平常とは思えぬほど大きな声で、ワクァは言った。ヨシも、トゥモも、ホウジもゲンマも、「言った!」と言いたげに興奮気味の顔をしている。ヒモトは目を瞬き、フォルコはフッと表情を和らげた。
「貴殿とヒモトの太刀筋は似ていると聞く。似た戦い方をするヒモトが気になった事を、慕情と勘違いしているのではないかという話も聞くが?」
「最初はそうだったとしても、今では歴とした好意を抱いていると、自覚しています」
言っている間に、どんどん顔が赤くなっていく。
すると、何を思ったかクウロは思案気な顔をして「フム」と唸った。一同が怪訝な顔をしていると、彼は難しそうな顔をして「実はのう……」と懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「八日前、貴殿が持ってきた親書じゃが……ヘルブ国王からは、ホワティアとの戦の礼の他に、願い事も書かれておっての」
「願い事……ですか?」
初めて聞く話に、ワクァは首を傾げる。クウロは、頷いた。
「うむ。話を聞くところによると、テア国の末姫は剣術を愛し、正義感強く優しい人柄。そのような姫君を、是非嫁として迎え入れたい。当人達に異存が無いようであれば、検討して頂きたい、とな」
「え……」
唖然として、ワクァは横にいたフォルコを見る。フォルコは、ニヤリと笑って頷いた。どうやら、最初から知っていた様子だ。
クウロが、呆れたように鼻息を吐く。
「どうやら、十六年もの間行方不明になっていた王子には、まだまだ城内での味方が足りぬとヘルブ国王は考えたらしいのう。それ故、強く優しい我が姫に目を付けたというわけじゃ。嫁であれば、城の中でもいつでも共にあれるからのう。……大国ヘルブ国の王ともあろう者が、いい歳をした息子に随分と甘いものよ」
「父上がそれを言いますか」
「ヒィちゃんが剣術を続けたり、領内を泥だらけになって駆け回ったり、館の裏で刀を打ったりするの、止めずにニコニコ見てますよね。ヒィちゃん、年頃の女の子ですよ? 本来、嫁入りの話が殺到してなきゃいけない頃なのに、今回の親書が初めてとか。それぐらい、噂が近隣諸国に届いちゃってるんですよ? テア国の末姫は自ら剣を握り、領内を駆け回って戦うおてんば娘だって。それでも注意すらしないって、父上も相当甘いですよね?」
ホウジとゲンマの言葉に、クウロはカッと目を見開いた。
「黙らぬか! それとゲンマ、その意味も無く人を挑発するような喋り方を止めよと、何度申したらわかるのじゃ!」
双子の兄弟を一喝すると、クウロはヒモトに目を遣った。一度ワクァに視線を移すと、すぐにまた戻す。
「さて、親書には当人達に異存が無ければ、とある。王として考えれば、ヘルブ王家と婚姻を結ぶというのはチャシヴァ家にとっても悪くない話じゃ。それ故、条件が合うのであれば、断る理由はどこにも無い。ワクァ殿はああ言っておられる故、あとはヒモト。そなた次第じゃ。体面を気にして心にも無い事を言うようなそなたではなかろう? 思うところを正直に言うてみよ」
たしかに、ヒモトは他国の王に乞われたから、大衆の面前だから、という理由で話を受けるような性格ではない。好いてくれていたとしても、友人としては好きだが嫁に行くのはちょっと……という場合だってある。
全員が緊張した面持ちで見詰めていると、ヒモトは怪訝な顔をして首を傾げた。
「そうは仰いますが、父上。私の気持ちでしたら、既にお伝えしてありますが?」
「は?」
「え?」
全員が目を丸くし、間抜けな声を出し。そして、一同の視線がワクァに注がれる。ワクァはその視線に対して、必死で首を横に振った。気持ちを伝えられた覚えなど、一度も無い。
すると、ヒモトはややムッとした顔になると、噛んで含めるように言う。
「ワクァ様? 私はワクァ様にらくをお作りする前、護身のためにと一時的に雪舞をお預けしましたね?」
「あ、あぁ……」
ワクァが頷くと、ヒモトは身を乗り出した。
「雪舞は、私が自ら打った、分身のように思っている大切な刀……そう申し上げましたし、ワクァ様もご理解なさっています」
「あぁ……」
頷くと、ヒモトは深い溜め息を吐いた。
「何とも思っていないお方に、私が雪舞を預けるとお思いですか?」
「……え?」
そこで、雪舞を預けられた時のヒモトの言葉が脳裏に蘇る。ヒモトは、大切な雪舞を預ける意味を考えろ、と言った。考えた末、ワクァは無茶をするなという意味であると受け取った。しかし、実はその裏にはもう一つ意味があったのだ。
己の分身を……己の身を預けても良いほど、貴方をお慕いしている、と。
その話を今初めて聞いたヨシとトゥモが、目を剥いて立ち上がった。
「このニブチン!」
「やきもきさせないで欲しいっス!」
二人から飛んでくる罵倒に、ワクァは思わず首を竦めた。特に悪い事をしたわけではないのに、何故ここまで責められねばならないのだろうか。そう思うと、段々腹が立ってくる。おまけに、ヒモトは不機嫌そうな顔でワクァを睨んでいる。
ここ数日、周りに迷惑をかけっ放しだったので文句も説教も冷やかしの言葉も全て比較的大人しく聞いてはいたが……流石に、言い返したくなった。
「伝えたと言うが、いくら何でもあの状況じゃ伝わらないだろう! 言葉は相手に伝わるように言わなければ、意味が無いんじゃなかったのか!?」
ワクァはほとんど物事を考えられない状態であったし、かけられた言葉も中々脳裏に沁み込まなかった。ヒモトに投げかけられたもう一つの言葉――リラが何を守ってきたか――を考えるのに必死であったし、そのために三日間飲まず食わずの睡眠不足。
とても、剣を預けられた真の意味に辿り着けるような状態ではなかった。それはたしかだ。
それに、剣を預けられた意味にしても、一度は答を出しているのだ。まさか、答が二つあるなどとは思わない。
しかし、伝わる状況ではなかった、だけではヒモトは納得しない。顔を険しくして、反論を飛ばしてくる。
「あれから何日経っていると思っているんですか? 少しくらいは思い当たっても良いでしょう! それに、テア国ではあからさまに想いを伝えるのははしたないと言われているんです! ましてやあの状況では、他にどうやって伝えろと言うのです!」
「だからって、遠回しにも程があるだろう! 大体、あの状況で伝える必要があったのか!?」
「あの時の貴方様には、ご自分の事を案じている者がいる事を知る必要がありました。あの機が不適切であったとは思いません! それに、貴方様に剣をお預けする必要はありました。いつホワティアの手の物が館に侵入するかもわかりませんでしたから。それ故、二重の意味を込めて雪舞をお預けしたのです!」
気付く事ができなかったという弱味がある分、ワクァの方がヒモトに押され気味だ。その様子を面白いような呆れたような顔で眺めながら、ヨシは隣のトゥモに顔を向ける事も無く問うた。
「ねぇ……これって、初夫婦喧嘩?」
「……まだ結婚してないっスから、痴話喧嘩なんじゃないっスか?」
トゥモの顔も、面白がるような呆れているような、複雑な表情だ。ヨシの顔に呆れの表情が強くなり、手をひらひらと横に振る。
「いや、これもう夫婦で良いんじゃないの? うちのパパとママの夫婦喧嘩にそっくりだもの」
「リオン様……。夫婦って、そんなもんなんスかねぇ……?」
「さぁ? 夫婦にもよると思うけど……どう見ても、ワクァはうちのパパと同じ道を辿るわね、これは」
二人で夫婦夫婦と連呼した結果、ワクァの視線がヨシ達に向いた。ヒモトと怒鳴り合っていた勢いから
「誰が夫婦だ!」
と怒鳴る。しかし、このような怒鳴り合いすら久しぶりのヨシ達には、通じない。寧ろ、意地悪気な笑みが増している。
「えー? ワクァ、ヒモトちゃんと夫婦になるの嫌なの?」
ニヤニヤしながらのヨシの問い掛けに、ワクァはぴたりと動きを止めた。そして、耳を赤くしながら視線を逸らす。
「……そんな事は言ってない……」
口ごもりながら言う姿に、ヨシとトゥモが同時に噴き出した。
「あー、はいはい。ごちそうさま」
笑いを堪えきれないという顔のまま言うヨシに、ワクァの顔が再び赤く染まった。そして、本日一番の大声で叫ぶ。
「からかうなーっ!!」
今や、ワクァの口喧嘩相手は完全にヨシ達にシフトしている。ヒモトは呆れた顔で眺めているし、ホウジとゲンマは眺めながらゲラゲラと笑っている。
そんな中、フォルコが渋い顔をしながらクウロの元へと近寄った。
「相済みませぬ。王子殿下を初め、当国の者達がこのような場でとんだご無礼を……。後程、しっかりと説教しておきます故、この場は平にご容赦願いたく……」
「いや、別に構わぬよ」
興味深そうに言い合いを眺めながら、クウロは言った。センもニコニコと笑っている。フォルコが怪訝な顔をして首を傾げると、クウロは「ほれ」とワクァを指差した。
「あの相手に対して思うところを素直にぶつける様。あれがワクァ殿の素であろう? いずれヘルブ国を継ぐ者の本質を見せてくれるのは、大歓迎じゃよ」
言われて、フォルコは困ったように苦笑した。
「……お人が悪うございますな」
「それぐらいでなければ、この小さな国を守ってゆくなどできぬわ。のう?」
クウロの言葉に、センが少しだけ笑って頷いて見せる。この後継ぎも、どうやら相当に人が悪い。この様子なら、この国は今後も当分は大丈夫だろう。
苦さを交えながらも笑い合う者達の前で、ワクァ達は未だ言い合いを続けている。そのまま眺めるか、そろそろ殴ってでも止めて説教をするか。選択に困り、フォルコは拳を握りながら苦笑した。
そしてまた、傍観者側に回ったヒモトも苦笑している。しかしその笑みにはどこか、嬉しそうな表情が混ざり込んでいた。