ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP2 淡い気持ちを拾う





























一人一部屋宛がわれた部屋は、清潔で暖かかった。他の部屋と同じようにタタミが敷き詰められ、部屋の中央では大きな陶器の中で赤くなった炭がじわじわと暖気を放っている。外に向かうショウジを開けると、そこからは美しい庭が見えた。

「ヘルブ国の王子殿下は質素を好み、他者と区別されて特別扱いされる事に抵抗がある、って聞いていたからな。全員同じ広さで、同じ飾りつけにしてみたんだが……それで良かったか?」

少しだけそわそわとした様子のホウジにワクァは頷き、気遣われた事への感謝を述べる。ホウジがホッとしたように「おう」と言ったところで、自室に荷物を置いたヨシとトゥモが、マフを伴ってやってきた。置いたといっても、ヨシは相変わらずいつもの鞄を持っている。部屋の飾りはどれもシンプルながら高価そうに思える。下手に投げたりしないよう、いつもの鞄はあった方が良いだろう。

「それにしても……テア国では、王族が晩餐会の采配を振るうんスねぇ」

ホウジの砕けた態度に感化されたのか、いつも通りの口調でトゥモがホウジに何気無く言った。するとホウジは、不思議そうな顔をする。

「何でだ? 普通だろ。他国の王族をもてなすんだ。どのような食材をどのように調理して、どのように盛り付けてどのような順番で出すか……料理人に任せても良いが、チャシヴァ家の者が厨に立って采配を振るった方が、より相手を尊重している気持ちを表せるだろ」

先ほどから時折聞くクリヤとは、調理場の事のようだ。なるほど、と頷きつつ、ワクァ達は「けどな」と顔を見合わせる。

「ヘルブ国では、王族と言うか……ある程度の身分がある人間は、まず厨房に入らないからな」

「そうっスね。お客をもてなす采配とか、全部執事とか料理長がやるっスから」

「興味を持って、お菓子作りをする女の子はいるかもしれないわね。けど、料理をするっていうのは聞いた事が無いわ」

すると、ホウジは「へぇっ!」と目を瞠った。

「じゃあ、ヘルブ国じゃ身分が高い奴は料理ができないのか? 女も!?」

「逆に、テア国では王族でも料理をするんですか?」

問い返すと、ホウジは頷いた。

「とは言え、流石に料理となると一部の人間だけだけどな。男でも、米を炊いたり魚を焼いたりするぐらいはできる。女なら、王族でもある程度は作れる。……ほら、戦になった時、戦いに出かけるのは男だけだろう? その間、女は美味い飯を作って、男の帰りを待っているんだよ。そういうのが良いって思うのが、テア国の人間なんだ」

「それは……たしかに、良いかもしれないっス」

トゥモの同意に、ホウジは「だろ?」と機嫌よく返した。

「それに、籠城戦になったら、食事の準備、怪我人の手当、幼い子どもの相手、全部女の仕事になるからな。同じ建物の中で国民が苦労してんのに、王族だけ優雅に暮らしてるってわけにもいかねぇからな」

だから、王族の姫であっても、料理に洗濯、怪我の応急処置や子どもの相手の仕方は学ぶのだという。

「この国は狭くて、歴史の中で何度も近隣諸国に攻め込まれてるからな。まぁ、その積み重ねの結果、今の文化があるってわけだ。……つっても、ヒモトなんかあの性格だからな。籠城中に女達と働くよりも、男に混ざって戦いに出そうな気もするが」

そう言って、ホウジは苦笑した。

「二人の姉上は、あんな事は無かったんだがなぁ。マツ姉上と、ウメ姉上。どちらも嫁いで今はいないが、料理は美味かったし、俺やゲンマのやんちゃも笑って見ていてくれた。なのに、何でヒモトはあそこまで手厳しく育っちまったのか……」

「姉か妹かの差じゃないっスかねぇ……?」

「……それもあるだろうな。ヒモト様の場合、元々の気性も関係していそうな気もするが」

「そう言えば、マロウ領のファルゥちゃんも、たしか末っ子だったわよね。貴族の末っ子の女の子って、剣豪を夢見たりするものなの?」

「……タチジャコウ家に女児はいなかったし、他の貴族の家を覗いた事が無いからわからないが……違うと思いたいな……」

三人の交わす言葉を聞いていたホウジが、「そういえば……」と口を開いた。

「ワクァってさぁ」

早くも呼び捨てだ。別に構わないのだが、王族として良いのだろうか、それは。自身の言葉遣いのあやふやさをを棚に上げてワクァが問うと、ホウジからは「次男だから別に良いの」という無責任な言葉が返ってきた。そんな事だから、ヒモトが手厳しくなったのではないだろうか。

「それはさて置いて、だ。ワクァ、お前さ。ヒモトの事、どう思う?」

「……は?」

その問いに、ワクァは思考が停止した。何故突然、そのような問いを投げかけられるのかがわからない。何故かホウジはニヤニヤしているし、ヨシとトゥモの顔も緩んでいる。

首を傾げ、少し考えてからワクァは口を開いた。

「そうですね……強いと思いますよ。動きに無駄が無かったし、力点の捉え方も上手かった。テア国の王女である事がバレたら本気で手合わせしてもらえないと仰っていましたが、わかっていたとしても、戦い始めたら手なんか抜けなかったと思います。奇襲をかける必要など無かったと……」

「そうじゃなくてっ!」

ホウジと、ヨシ、トゥモの声が綺麗に被った。三人揃って足踏みをし、腕を振り下ろす。ワクァが思わず身構えると、ホウジがじれったそうな顔をした。

「ヒモトの事、女としてはどう思うかって訊いてんだよ!」

「は!?」

ますます、何故それを問われるのかがわからなくなった。三人が身を乗り出してくるので、思わずのけ反る。のけ反りながら、どう思うか考えてみた。

顔は、可愛らしいと言えば良いのだろうか。己の美的感覚にはそれほど自信は無いが、少なくとも不快感を抱くような顔ではない。そして、散々周りから己や母であるヘルブ国王妃の容姿の事を言われている事、ヨシやファルゥが会話している時に聞こえてきた話の内容から、綺麗系の顔と可愛い系の顔の違いも何となくはわかっている。ヒモトは、その中間であるように思える。

思い返してみれば、身のこなしはしなやかで女性らしかったかもしれない。ギルドなどで耳に挟んだ、男が女を評価する時の主題、体付きは、布を多く使い体形を微妙に隠してしまうキモノのためによくわからない。

性格は、まだよくわからない。……が、成程、周りが評するように手厳しいところ、やや男勝りなところはあるようだ。しかし、今までヨシを筆頭にファルゥ、ウトゥア、トゥモの母に、怪しい占い師のイサマ、バトラス族のタズと、性格がキツかったり気が強かったり豪快だったり変だったりする女性達とばかり縁の深かったワクァだ。それを思えば、可愛らしい方であるように思う。

思い返しているうちに、何故か何度も視線がぶつかった事を思い出す。何故何度も視線が合ったのだろうか。普通に考えれば、ワクァがヒモトを見て、同時にヒモトがワクァを見たからこそ、視線がぶつかったわけだ。

ヒモトがワクァを見ていたのは偶然であるとして、ワクァは何故何度もヒモトの方を見てしまったのか。普段なら、それほど他人に興味を持つ事は無いというのに、だ。しかも、視線が合う度に目を逸らしてしまっている。

そして、何故視線がぶつからなかった時には、内心ホッとしてしまったのか。見た事がバレなかったから? 何故見た事がバレたらまずいのか? 見ていた理由を察せられるかもしれない? では、見ていた理由とは? 気になったからに、他ならない。そう、気になったから……。

そこまで考え付いた瞬間に、ワクァは思わず一歩後ずさった。その様子に、取り囲んでいた三人の顔がより一層ニヤニヤと緩くなる。

「あ、気付いた? 一応言っておくけど、ワクァ、今耳まで真っ赤よ?」

「自分では気付いてなかったかもっスけど、ワクァ、何度もヒモト様の方見てたっスよ? 流石の自分も、気付いたっス!」

「これは、お医者様でも治せねぇって奴だな。いやぁ、あんな手厳しい妹でも、女として見てくれる奴がいるとわかって、兄としてはひと安心だ」

「な、な……」

何を勝手な事ばかり、と言いたいが、動揺して言葉が口から出てこない。ただ、口がパクパクと動くばかりだ。顔が熱い。顔だけが熱い。

どうしたものかと困惑したところで、廊下に通じるショウジがすらりと開いた。まさかこんな時にヒモト本人ではなかろうかと、やや引き攣った顔でショウジの方を見る。

幸か不幸か、顔を見せたのはヒモトではなく、ゲンマだった。

「兄上、それにヘルブ国の皆さん。夕餉の用意ができたって……」

言いながら、ゲンマはワクァの顔が紅潮している事に気が付いた。そして、周りの三人の顔がニヤけているのを確認して、「あぁ」と頷く。

「やっぱり、そうだったんだ? ワクァ殿、どう? ヒィちゃん、手厳しいところもあるけど、可愛いでしょ?」

更に顔が熱くなった気がする。ワクァは堪えきれずに外を見るためのショウジを開け、外の風で顔を冷やそうと試みた。冬の冷たい風が、部屋の中に容赦なく吹き込んでくる。しかし、効果はあまり無かった。












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