ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP2 淡い気持ちを拾う






























「へぇ、このホリゴタツってすごいわね!」

「あったかいっス! 冬に足下が寒くないのは、ありがたいっスねぇ!」

床に穿たれた穴に、足の短い机が設置されていた。その上に大きめの布を被せ、更にその上に天板を置く。穴の中では泊まる部屋にも置かれていたヒバチなる物が入っていて、炭が赤々と燃えていた。ヒバチに触れないよう気を付けながら穴に足を入れ、椅子に座るように床に座る、冬場の暖房なのだという。

示された席に着いたワクァに、センが少々心配そうな顔をして近寄ってきた。

「熱過ぎましたか? お顔が火照っていますが……」

「いや、大丈夫だ! ……です」

結局、冬の風で多少冷えはしたが、顔の赤みは完全に引かなかった。ついでに、動揺も引き切っていない。

生まれて初めての外交の場でいきなり動揺させてくれたヨシとトゥモ、ホウジに加えてゲンマの事も少々恨みつつ、ワクァは目の前の食器に目を遣った。

青を基調とした底の深い小さな皿に、緑色の野菜らしき物が綺麗に盛り付けられている。よく見るとキュウリなのだが、ワクァ達の知るキュウリよりもやや柔らかそうに見える。これが前菜なのだろうか?

更に、食べるための食器を探して、ワクァ達は「うっ……」と息を呑んだ。

棒が二本、あるだけである。あぁ、これが文献に載っていたハシという食事道具か、と思い当たった。

「外の国で使う、フォークやナイフも用意してあるがの。まずは、箸に挑戦してみるのも一興じゃろうて。どうしても扱えぬようなら、遠慮無く申されよ」

「使えるようになるまでに、少し時間がかかるだろうからね。まずは冷める心配が無い漬物で練習してみてよ」

どうやら、テア国側はこちらの異文化体験を望んでいるようである。折角なので、全員揃って挑戦してみる事にした。まずはヒモト達に手本を見せてもらい、全員が右手に二本の棒を持つ。

見ただけであれば簡単に見えるのだが、実際にやってみると案外難しい。棒の先が、上手くキュウリをつまんでくれない。手の中でクロスしてしまい、事態を悪化させるばかりだ。

どうしたものかと、ワクァ達はフォルコの方を見る。しかし、以前テア国に来た事がある筈のフォルコまで、ハシの扱いに苦戦していた。

「以前訪れた時には、異文化に挑戦する余裕など精神的にも時間的にもございませんでしたからな。これに関しては、某も殿下達同様、初めてにございます」

そう言いながら、つまみかけていたキュウリを取り落としてしまう。「あっ」という残念そうな声が、フォルコの口から漏れた。

そうこうしているうちに、まずヨシがコツを掴んだらしい。

「あぁ、なるほど。こうやって持てば良いわけね」

そう言うと、ひょいとキュウリをつまんで口に放り込む。柔らかそうに見えたキュウリだが、ヨシが咀嚼するとぽりぽりという硬質な音を立てた。

「ヨシ、早ぇな……」

ホウジが感心している目の前で、今度はトゥモがキュウリを口に運ぶ事に成功した。

「できたっス!」

「俺もだ」

ほとんど間を置く事無く、ワクァもキュウリをつまみあげる。テア国の者達は、揃って「ほう……」と感嘆の声を漏らした。

「これほどまでに早く使いこなせるようになるとは、思っておりませんでした」

「ヘルブ国の方は、器用なんですね」

ヒモトとセンが感心しているのを横目に、フォルコはまだ苦戦している。その後では、マフが道具など気にする事無く、床に置かれた皿から直にコメと野菜を混ぜて汁をかけたらしい何かを食べている。どんどん腹を満たしていく様子のマフを、フォルコが恨めしそうに眺め、残る者達はその様に笑った。

結局フォルコにはナイフとフォーク、スプーンが提供され、残る三人はそのままハシを使っての食事に挑んでみる事にした。キュウリを全て胃に収めた頃に、華やかな着物を着た女性達がたくさんの皿を載せた盆を捧げ持ってくる。

「ヘルブ国では、貴人の食事は一皿ずつ、というものらしいがの。テア国では一気に持ってきて、好きな物を好きな順番で食べる事にしておるのじゃよ。品数が多い時には、流石に二度か三度に運ぶ回数を分けるが」

クウロが楽しげに説明している間に、全員の目の前に色とりどりの料理が並べられていく。野菜は、全体的に根菜が多い。川魚は姿焼き。炊かれたコメはフォルコ以外の全員が初めて食べる物だが、ふっくらとした様子は見るからに美味そうだ。そして、木でできた容器の中に、ふわりとした食欲をそそる香りを放つ茶色いスープが満たされて、湯気を立てている。

ワクァ、ヨシ、トゥモは、一斉に固まった。三人揃って、テア国の者達を見る。

「……ねぇ、このスープって、どうやってハシで飲むの……?」

「中の具をつまむ事はできるっスけど、汁がすくえないっス……」

泣きそうな顔でトゥモが言うと、ホウジが苦笑した。

「あぁ、汁物だけは、食器に口を付けて飲んでも良いんだ。箸で具を食いつつ、上手い事飲んでくれ」

ざっくりとした説明だが、容器に口を付けて良いのであれば話が早い。全員揃って容器を持ち上げ、茶色いスープを口に運んだ。そして、「ほぉ……」と顔が緩む。

「ちょっとしょっぱいかもしれないけど、美味しいわね」

「味は濃いが、飲みやすいな」

「ヘルブ国には無い味っスね」

美味そうにスープを飲むワクァ達に、テア国の面々は誇らしげに破顔した。

「どうやら、ヘルブ国の者にもみそ汁は美味に感じるようじゃの」

「テア国では、毎日必ずと言って良いほど食べる物だから、美味しいと思ってもらえるのは素直に嬉しいよね」

「明日の朝餉はとろろ汁にしようと思っていたのですが……この様子ですと、みそ汁にした方が良いのでしょうか?」

「いや、食った反応見たいから、とろろ汁採用で。あと、納豆も追加」

「ホウジ、客人をからかうものじゃないよ」

そう言って早くも明日の朝ご飯の話をしているテア国王族達の前で、ワクァ達はハシに悪戦苦闘しつつ何とか食事を終えた。館に仕える料理人が作ったという料理は全て、非常に美味かったように思う。

「そう言えば、テア国の人達はご飯を食べるのが大好き、って何かの本で見たわ。何か今、納得したかも……」

そう言ってから、ヨシは「ん?」と首を傾げた。それから、ニィ……と笑う。その顔に、ワクァは嫌な予感を禁じ得ない。

「……おい、ヨシ。何を考えている……?」

「んー?」

わざとらしく聞こえないフリをして、ヨシはヒモトに視線を寄せた。そして、言う。

「何か、ヒモトちゃんの印象が最初に会った時と違うなーと思ったら、服が変わったのね。何か綺麗な色になってるし、あのひらひらしたズボンみたいな奴穿いてないし」

ホウジに感化されたのか、ヨシのヒモトへの口調が普段通りになっている。特に気にする様子も無く、ヒモトは頷いた。

「砂埃にまみれた服のまま厨に入るわけには参りませんし、客人をもてなすのであれば多少着飾る必要もございましょう。それと、袴を穿くのは、動き回りたい時だけにしていますので……」

「じゃあ、普段は今みたいな綺麗なキモノを着てるんだ?」

「今着ている物より数段質素な物を着ようと心がけてはいますが。それでも、外の国から訪れた方には、華やかに映るようでございますね」

話を聞いているうちに、ヨシの瞳が輝き出した。「へぇ」と呟く声も、弾んでいる。何だかんだでヨシも女の子であり、綺麗な物には興味があるのだろう。

「ねぇ、ワクァ。ヒモトちゃんの普段のキモノ姿も見てみたいわよね? と言うか、いっそワクァもキモノ貸してもらって、着てみたら? 髪の色も黒いし、多分似合うわよ」

前言撤回。やはり、ここまでの発言の全てがここに繋がるための罠だった。おまけに、トゥモ、ホウジ、ゲンマが心得たように頷き出す。

「良いっスね。ワクァとヒモト様、雰囲気も何となく似てるっスし。ワクァがキモノを着て並んだら、良い感じに馴染みそうっス」

「そうだ。折角の機会なんだし、明日は客人に城下町を案内するっていうのはどうだ? 全員が興味のある場所を回れるように、ヨシは俺、トゥモはゲンマ、ワクァはヒモトが案内して別行動って事で」

「それ良いね、ホウジ兄上。ヒィちゃん、ワクァ殿と刀や剣の話をしたり、ヒィちゃんお気に入りの武器屋を見せたりしたいでしょ? どうかな?」

問われたヒモトは、少しだけ考える素振りを見せた。そして、こくりと頷いて見せる。

「ワクァ様に依存が無いようでしたら……」

「勿論無いわよねぇ、ワクァ?」

「寧ろ、嬉しいっスよねぇ?」

「……全員、後で覚えていろ……」

悔し紛れに言ってみるが、既に顔が赤くなっており、あまり迫力は無い。その様子にクウロは難しそうに顔をしかめ、フォルコは興味深そうに唸り。そして

「あれ、大分顔が火照っていらっしゃるようですが……大丈夫ですか、ワクァ殿?」

何も気付いていないようなセンの発言が、気恥ずかしさにとどめを刺した。










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