ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP2 仲間を拾う
4
「ま、あれも作戦のうちだろうな」
席に戻りながら、リオンは言う。ショホンが頷いた。
「そうでしょうね。あれだけやってしまったら、その後気まずくなるのは避けられませんから」
「口喧嘩をするように流れを作り、自然に退場できるよう仕向けたというわけか。……あまり美しい方法とは言えないが、未だ大人にはなりきれぬ二人の心中を慮れば、文句も言えまいな」
「ワクァもヨシ君も、相当な負担を抱え込んでいたのだろう……済まない事をした。あんな喧嘩の芝居などをさせてしまうとは……」
「や、結構本気で本音をぶつけ合っているようにも見えましたけどね?」
ウトゥアの言葉で三族長が笑い、王も苦笑する。その光景に、様子を伺っていた大臣達も顔を緩めた。
「それで……フォルコ。二人の案、お前はどう思う?」
「そうですね……」
目を閉じ、考えながら呟いている。考え事をする時に目を閉じるのが癖であるようだ。
「現実的かと問われれば、現実離れしているように思えまするが……それでも、今まで出た意見の中では最も具体性を帯びているのも事実。また、なりふり構っている場合ではなく、とにかく何か手を打たなければならぬと言う殿下のお言葉も道理」
険しい顔で、フォルコは窓の向こうにある夜の世界を見た。
「某にも、考えが無いわけではない……が、殿下達の策と比べると人任せなものであり、具体性がございませぬ故……」
「遠回しな言い方だが、それはつまりあの二人の案を好きなように実行させてやるべきである、と。そういう事か?」
フォウィーの問いに、フォルコは頷いた。
「勿論、粗のある部分、見通しの甘い部分は考え直させる。そうしなければならぬほど頼りない策だが、何もやらぬよりはマシ。某は、そう考えまする」
そう言ってから、ふと思い出したように「それに……」と苦笑した。
「先ほどのあの様子から知れた殿下達の性格を考えれば……反対しても勝手に実行いたしましょう。勝手をされて若者達を危険に晒すよりは快く認め、陰に日向にフォローできる態勢を整えた方が良いかと」
途端に、部屋のあちらこちらから「あぁ……」「うん……」と呟きが漏れた。今までの話し合いの場では比較的大人しく、大人たろうと努めていたワクァとヨシがキレて開き直った様子に度肝を抜かれたようである。
「これで、あの時の占いの意味がわかりましたね」
ウトゥアの言葉に、フォルコと三族長が頷いた。不思議そうな顔をする他の大臣達に、ウトゥアは昼に紡いだ占いの事を話してやる。
敵を払うは気高き乙女
その美しさに敵は酔う
乙女を援ける狩人達は
真に乙女を支えたもう
乙女の姿は一時の夢幻
戦が終われば泡となる
「つまり、乙女というのは、変装した王子殿下の事。変装ですからね。作戦終了後には、その乙女の姿はこの世から泡のように消えてしまうでしょう。当然」
なるほど、と王と大臣達、三族長は頷いた。消えなければ、それはそれで問題なのだ。
「いや、しかし……王子殿下のあのお姿には、驚かされましたなぁ……」
誰かがぽつりと呟いた。またもやあちらこちらから「うん」「あぁ」と同意の呟きが湧き上がる。
「今より更にお若い頃の王妃様に瓜二つだった」
「正しく。正体を明かされた後も、しばしば殿下が男性である事を忘れそうになりましたぞ」
「本当に男性なのかと……いや寧ろ、何故女性に生まれなかったのかと……」
「あなた達、陛下の御前だという事を忘れてないかな?」
今度は本気で呆れているらしいウトゥアの言葉に、大臣達はハッと我に返った。王はと言えば、複雑そうな顔で苦笑している。三族長はと言えば、ショホンは王と同じように苦笑し、リオンとフォウィーはウトゥア同様呆れ返っていた。
「お前さん達……今まで散々ワクァ……殿下の粗探しをしてたと思ったら、これか……」
「貴殿らに美しい女性を近付ければ、存外容易に籠絡できそうだという事はわかった。……美しくないにもほどがあるな。見苦しい」
二人に言われ、大臣達はシュンと項垂れる。そんな中、一人の大臣が空気を変えるように言った。
「見た目もさる事ながら……私は殿下の演技力に驚かされましたな。あの佇まい、歩き方、喋り方も、まるで本物の女性のようだったではありませんか」
その言葉には、リオンも苦笑しながら頷いて見せる。
「あぁ、まぁ……あれにゃ驚いたな。真面目でふざける事もできない性格だから、あんな事ができるなんざ思ってもみなかった。……動きもそうだ。闘技大会の時に、変装しても体運びでバレバレだとは言ったが、今回はそれも無かった。まさか、こんな短時間で直してくるとはなぁ……」
「そうですね。お陰で、皆さんより少しだけ付き合いが長い私達ですら、騙されました」
「……思えば、致し方ない事なのかもしれませぬな」
難しい顔をして、フォルコが唸った。一同が、視線をフォルコに注ぐ。
「殿下は幼い頃を、傭兵奴隷としてお過ごしだ。所有物として接せられる立場にあっては、己の言いたい事も言えなかったであろう。力無き幼子が言いたい事も言えず、やりたい事もできない環境にあるのは、辛き事。それを乗り越えるためには、己は平気であると、自らを騙す他無かったであろうと推測できる。……自らを騙す事に比べれば、他人を騙す事など容易でありましょう」
場が、水を打ったように静まり返った。何人かの大臣が、目を伏せる。今までに、陰でワクァを悪しく言った事があるのかもしれない。そんな彼らを、ウトゥアが目敏く見付けた。
「皆さん、良かったですねぇ。王子殿下が復讐だとか、そういう陰湿な事を考えるお方じゃなくって。下手したら今頃、一人や二人ドツボにハマっててもおかしくないですよ?」
楽しそうに言うウトゥアに、何人かの顔が青褪めた。それに、族長達も悪乗りを始める。
「そうだな。殿下が完全に開き直って、あの顔と演技力を最大限に活用したら、何人かは奈落に落ちても不思議じゃねぇ」
「当然だ。我がフーファ族の血を引いているんだぞ? 容姿で十人、二十人は落とせなくてどうする。特に、先ほど我が従甥の変わりぶりを見た途端に評価を覆したような奴原は、赤子の手を捻るより容易く騙されるだろうな」
「仮に、ワクァさんが女性だったりしたら……しかも、その性格が今のような真っ直ぐなものでなければ……考えたくもないですね」
「あぁ、史上稀なる傾国の美女になりそうですねぇ。演技力を具え、頭も悪くは無く、剣技も最高クラスの技能を持ち、誰もが見惚れる美貌となれば……あ、陛下。これ、全部冗談ですから」
苦い顔をしていた王に、ウトゥアがすかさず言ってのける。フォルコは渋い顔をしているし、他の大臣達は顔を青くしたり白くしたりと忙しい。
また空気を何とかしたいと思ったのだろう。一人の大臣が、無理矢理笑いながら言った。
「いやはや……王子殿下が女児でなく良かったと心の奥底から思ったのは、我らが初めてかもしれませんなぁ」
笑う者は、誰一人としていなかった。