ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い












STEP2 仲間を拾う






























夜の、軍議の時間。ワクァとヨシから改めて攪乱部隊の案を出され、王と大臣達は我が耳を疑うという顔をした。

「殿下、正気でございますか!?」

「人数が確保できたとは言え、訓練も受けていない村人がほとんどなのでしょう!? 無茶です!」

ワクァは、静かに首を振った。そして、戦闘に臨む時のように、大臣達を睨み付ける。戦う勇気を得ようと、腰に帯びたリラの鞘をそっと握った。

「村人とは言え、彼らは普段から狩りのため、森の中を駆け巡っています。勿論、この森ではないため、多少の地理の差はあるでしょうが……俺は彼らと共に戦った事もあり、彼らの力量は知っているつもりです。自ら志願してくれたのであれば、彼らほど共に戦うに心強い者はありません」

「共に戦うって……お前さんが直に行くって事か、ワクァ?」

リオンの問いに、ワクァは無言のまま、しかし力強く頷いた。その様子に、大臣達は再びざわめく。

「殿下! 自らの立場をお忘れですか!?」

「殿下が行ってどうなると言うのです! たしかに剣の腕はお持ちのようだが、所詮は傭兵奴隷のなりふり構わぬ戦い方ではありませんか! 闘技大会でご活躍なさったぐらいで、己を過信されては困ります!」

やはりそうきたか、とワクァは顔を顰めた。深く息を吐き、より一層強く大臣達を睨む。

「立場はわかっているつもりです。王族の仕事は、民の生活を守る事。……ホワティアが攻め込んでくれば、民の生活は破壊される……。己の身を守るために、結果として民を危険に晒しては本末転倒ではないですか。……傭兵奴隷のなりふり構わぬ戦い方? それの何が悪いんですか? 少なくとも、今! なりふりを構っていられるような事態ではないでしょう!?」

今までにないワクァの強い口調に、大臣達はたじろいだ。それでも、「しかし……」「だが……」と煮え切らない言葉が続く。

そこで、ワクァは肚を括った。できればこの展開には持っていきたくなかったんだが……と胸中でぼやき、ヨシに視線を遣る。

「ヨシ」

ヨシが頷き、立ち上がる。そして、ワクァと二人、廊下へ向かって歩き出した。

「殿下? どちらへ行かれるおつもりですか?」

ワクァは振り向き、相手を強く見据えた。

「具体的な作戦は、考えてあります。そのために必要な人材も。今からその人物を呼んで説明しますので、十五分ほどお待ちください」

そう言って、二人揃って部屋を出る。王、三族長、ウトゥア、フォルコを含めた大臣達は、揃って顔を見合わせた。

「陛下……殿下たち、今度は何を思い付いたんだと思います?」

どこか楽しげな顔で問うウトゥアに、王は困惑気な顔をした。

「……わからん。共に暮らすようになってまだ日が浅いとは言え、あの子がこのような場であそこまで強く物を言ったのは初めてだ。……皆の者、どう思う?」

「見当もつきませんね。殿下もヨシ殿も、戦い慣れているとは言えこのような戦争は未経験。面倒な大人の常識、厄介な貴族の決まりごと。そんな物とも、今までほぼ無縁で過ごしてきたわけですから……まぁ、私達なら考えない、考えてもやらないような事をやるのでは……とは思いますが」

「正直言うと……俺は、何だか笑える予感がしてますがな」

「私も、年甲斐も無く何やらわくわくしていますが」

「私は、二人がどのような人物なのか、リオンやショホンほどは知らん。……が、我がフーファ族の血を引く者だ。無様な真似だけはすまい」

「そんな呑気な!」

ウトゥアと三族長の言葉に、非難の声が上がる。だが、四人はどこ吹く風と言う具合だ。フォルコだけは、実際に何かが起きるまでは黙っていようとしている様子である。

ああでもないこうでもないと大臣達が言い募っていると、扉がノックされた。室内は急激に静まり返り、全員が動きを止める。

「殿下たちが、戻ってきたのですかな……?」

「いや、殿下たちなら、ノックする必要など無いのでは……」

全員が、不思議そうに顔を見合わせる。その間にも、ノックの音が響く。

「……入れ」

王の言葉に、扉が開かれた。そして、現れた人物の姿に、その場にいる全員が息を呑む。

「失礼致します」

か細い声。入ってきたのは、酷く美しい女性だった。年の頃は、二十代の中ごろだろうか。飾り気は少ないが品の良いドレスを身に纏い、少し頼りなさそうな様子でしずしずと入室してくる。腰まで垂れた黒髪に、生花の飾りが映えている。そしてその顔は……王妃ミトゥーや、ワクァに酷く似ていた。王妃がもう少し若ければ、ワクァがもう少し年を重ねれば、このような顔になるのかもしれない。

女性の後に、ヨシが入室してくる。大臣達、それに王と三族長の顔が、一斉にヨシへと向かった。

「ヨシ君! 彼女は一体……」

「この砦の近くにある村に住んでいる方です。さっき言った、攪乱部隊に参加したいと言ってくれた人達が見付けてきてくれて……彼女も、国のため、協力してくれるという事です」

大臣達は、顔を見合わせた。

「協力? このような儚げな女性に、何を協力させると?」

「ところで、殿下はどこに? 一緒に戻ってこなかったのですか?」

「え? どこって……」

そう言って、ヨシはクスリと笑った。横に物静かに佇んでいた女性に、視線を向ける?

「ねぇ?」

女性は、ニコリと笑った。その美しい微笑みに、多くの大臣達がほぅ……と頬を緩める。

その瞬間女性が床を蹴った。今までの儚さはどこへやら。女性とは思えぬ速さで部屋の中心まで突き進み、一人の大臣の背後に回る。そして、ドレスの下に隠していた剣を素早く抜き放ち、大臣の首に突き付けた。

「どこも何も、ここだが。一緒に戻ってきただろう?」

「わっ……ワクァ王子殿下!?」

大臣達が、揃って目を剥いた。この度ばかりは、王も、フォルコも、三族長まで目を丸くしている。ウトゥアだけは、楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

「その様子だと、ウトゥアさんは気付いてたわね?」

「いやー、ワクァちゃんがよく女の子に間違えられてたって話は聞いてたからね。そういう作戦をマロウ領でやった事があるって事も」

楽しそうに言うウトゥアに苦笑しながら、ワクァは大臣の首からリラを外し、シャンと一振りして鞘に収める。髪飾りを外し、長い黒髪の鬘をはぎ取った。この鬘も、以前マロウ領での作戦の時に使った物だ。

「ホワティアの王様は、王妃様を妾に寄越せって言ってるんでしょ? なら、ほとんど同じ顔のワクァ殿下なら、きっと相手を油断させて近付く事ができるわ……できます。流石に若過ぎるので、多少老けて見えるようにメイクはしましたけど」

そう言ってから、ヨシはいたずらっぽく笑った。

「因みに、このドレスとメイク道具は王妃様から借りました。ホワティア王の要求を聞いた時から、ひょっとしたらどこかの場面で役立つかもしれないと思って、借りておいたんです」

「……つまり私は、我が子の顔も、王妃のドレスにも気付けなかったというわけか……」

ショックを受けた様子の王に、ワクァは少しだけ申し訳なさそうに笑った。そんなワクァを、三族長や大臣達は未だにまじまじと見詰めている。

「……これはまた……話は聞いちゃいたが……」

「化粧とドレスだけで、随分と印象が変わるものなのですねぇ……」

「なるほどな。この美しさなら、大概の男は油断するだろう。流石は、我がフーファ族の血を引く者だ」

「しかし、殿下……作戦のためとはいえ、自ら進んで女装なさる、しかもお似合いになってしまうと言うのは……武官として、あまり感心はできませんな……」

「俺だって、できる事なら女装なんてやりたくありません」

憤慨した様子で、ワクァはフォルコを睨み付けた。

「ですが、やりたいだのやりたくないだの、言っている場合でもないでしょう。傭兵奴隷の戦法だろうが、母さん似の顔だろうが、使える物は使う。今この場を乗り切れなければ、恥もへったくれもありませんからね」

そして、全体を睨むようにして、言葉を継いだ。

「本当は、本番だけ我慢して、この場では女装なんかするつもりはありませんでしたよ、俺は。ですが、具体的な物を見せなければ納得して頂けそうになかったので仕方なく……」

「あー、はいはい。ワクァ、愚痴はそこまで」

ずるずると愚痴を続けそうになったワクァを制止し、ヨシは一同を見渡した。今まで位の高い者達に見せる事の無かった、ワクァの投遣りなのかやる気があるのかわからない姿を見せられて、誰しも言葉を失っている。

「まぁ、こんな感じで。ワクァ王子殿下はやる気満々、バトラス族次期族長たる私も結構乗り気、攪乱部隊に自ら志願してくれた人も、兵士、村人、バトラス族、併せて十四人で、合計十六人。まぁまぁ具体的な策もあるんですけどぉ……」

語尾が、妙に間延びした。ヨシは、朗らかな笑顔のまま、力強く床を踏み鳴らした。絨毯敷きの床でありながら、ダンッ! という地を揺るがすような音が聞こえた気がする。

「文句、ある?」

女性とも、まだ十五歳であるとも思えぬドスの効いた声で言い、ヨシは再び一同の顔を睨むように見渡した。

「……キレたか……」

横でワクァがため息を吐きながら呟けば、ヨシの睨みはワクァに向かう。

「当ったり前でしょ! お城にいれば陰口をコソコソヒソヒソ! 会議をすればオロオロしながら同じ話の繰り返し! 何か案を出せば、ああだこうだと文句ばかりで、結局同じ話の繰り返し! いい加減じれったいのよ! ワクァだって、もういい加減腹に据えかねてたでしょ!」

「それはそうだが、この場で言う事じゃないだろう!」

「こういう場で言わなきゃ、いつこの人達に直接言うのよ!」

「直接言ってないだろう! 全部俺に向かって言ってるだろうが!」

「横にいるんだから、同じ事でしょ!」

「あー……ワクァちゃん? ヨシちゃん? ここ、仲良く口喧嘩する場所でもないから」

「ウトゥアさんは黙っていてください!」

「大臣さん達の堂々巡りな意見交換とどう違うのよ!」

少々呆れながら注意した途端に反論が飛んできて、ウトゥアは苦笑した。そして「それもそうか」と言いながら席に着き直す。

「納得すんのか」

同じように呆れながら二人の口喧嘩を眺めていたリオンが、更に呆れた顔でウトゥアを見る。

「いや、まぁ……実際、大人の会議も、傍から見てれば我を張り合うだけの口喧嘩に見えなくもないですしねぇ」

苦笑しながらも、「ただ……」と呟いた。

「流石に二人とも若いだけあって、声も元気だ。大人の口喧嘩と比べると、何と言うか……見ていて微笑ましい面もありますけど、喧しいですよね。正直」

そう言うと、王と三族長に目配せをしてみせた。それで何かを悟ったのか、三族長は立ち上がるとワクァとヨシに近付いていく。

「ほら、わかったから。口喧嘩を続けてぇなら、外でやれ」

「ワクァさん達の案は、よくわかりました。ワクァさん、そろそろ着替えてきてはいかがですか?」

「大臣達は気が散って仕方が無さそうだ。そのままの姿でいたいと言うのであれば止めはしないが」

口々に言って、有無を言わさず二人を外に押し出していく。そして、二人が完全に外に出たところで、扉を閉めて閂を降ろした。

誰かが、ほぉっと安堵の息を吐く音が聞こえた。












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