ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP2 仲間を拾う
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「あ、ワクァ、ヨシさん! こっちっス!」
トゥモに手招きをされて駆け寄った先で、ワクァとヨシは目を丸くした。
そこにはトゥモの他に、十人ほどの若者がいた。中には、少年と言える年頃の者もいるようだ。
「よう、久しぶりだな、ワクァ」
トゥモのすぐ横に立っていた青年が片手を挙げる。栗色の髪を短く刈り上げた、体格の良い青年だ。
「アーク!」
「この人達って、トゥモくんの村の人達よね? たしか……」
ヨシが思い出そうと顔をしかめたところで、残りの若者達がずらりと一列に並んだ。奇しくも、初めてワクァと出会い、紹介された時と同じ並び順だ。少しだけ頬を緩めて、ワクァは一人一人の名を呼んだ。
アズ、クルヤ、ソウト、ナツリ、ミェート、ヨォク、スネッチ、チェージ、リョップ。全員、トゥモの故郷、ユウレン村の若者達だ。
ユウレン村では彼らと共に狩りを楽しみ、たまたまそこで出会った奴隷商人と戦った。思えば、初めて奴隷商人に関わったのは、あの時だったか。
「まさか、ワクァがこの国の王子様だったなんてなー」
「教えてくれれば良かったのによー」
「馬鹿。ワクァ自身も知らなかったから、あぁして旅をしてたんだろうが。旅をしてたから、俺達とワクァ、ダチになれたんだぞ?」
彼らは相変わらずワイワイと騒がしく、温かい気持ちになる。これ以上頬が緩まないように気を引き締めながら、ワクァはアークに問うた。
「どうしてここに?」
「ダチが危険な場所に命を賭けに行くってんだ。なら、援けてやらねぇとな」
事も無げに、アークは言う。普通は、それだけの理由で戦争に参加しに来たりはしない。
「放っておいても、万一戦争が激化したりすりゃあどうせ徴兵されるしな。それなら、徴兵されて知らねぇ奴の部隊に配属される前に、自分達から気心知れた奴の元へ行こうって事になったっつーわけだ」
納得できるような、できないような。ワクァが腕組みをして唸ると、アーク達はニカッと笑う。
「味方は、多い方が良いだろ?」
そう言われてしまえば、もうワクァは苦笑する他無い。先日は、フォルコにも似たような事を言われた。
己はそんなに危うく見えただろうかと、眉を曇らせながらワクァはヨシやトゥモを見る。ヨシは、肩を竦めて見せた。
「大分ね。危ういって言うか、追い詰められて気ぃ張ってるように見えたというか。……時々、まるでタチジャコウ領にいた頃みたいな顔、してたわよ。大臣とか……偉い人と話してる時なんか、特にね」
「自分は、タチジャコウ領にいた頃のワクァは知らないっス。けど、なんか……無理をしてるような気は、薄々。自分やヨシさん、ニナンさんと会った時に、ホッとしているようにも見えたっス。……それを、アーク達への手紙にも……」
「……そうか」
少しショックを受けた様子で、ワクァは呟いた。乗り越えたはずなのに、無意識のうちに以前のような表情に戻っていたとは。
ワクァの前に、アークのがっしりとした体が立つ。農作業のために節くれ立った手で、力強くワクァの肩を叩いた。
「俺達はタチジャコウ領にいた頃のワクァも、王子だってわかってからどんな暮らしをしてたのかも知らねぇ。けど、付き合いは短かったが、ワクァが真面目で、人のために動く奴なんだって事は知ってる」
「お前、さっき俺達の顔を見た時も、何だかホッとしてたもんな」
「ワクァの事だからさ、多分、自分でも気付かねぇうちに頑張っちまってたんだろうな」
「折角、探してた両親に会えたんだもんな。そりゃ、良いトコ見せたくて、頑張ったりしちまうよな。……そうだよ、良かったな! 両親と会えて!」
「そうそう、それはめでたいよ! 良かったな!」
「これで、トゥモがもうちょっと頼りがいがありゃ、気分的に楽だったんだろうけどなぁ……」
「誰もいないよりゃマシじゃねぇ? ……と言うか、頑張っちまってる事、ワクァ自身も気付いてなかったみたいだしさ。トゥモが頼りになろうがならなかろうが、同じじゃねぇ?」
「みんな、酷いっス!」
悲鳴にも似たトゥモの抗議に、一同はドッと笑う。つられて、ワクァも笑う。ユウレン村に滞在していた時のような感覚に、肩や背が緩むのが自分でもわかった。たしかに、無意識のうちに緊張し続けていたようだ。
一しきり笑って空気が温まったところで、アークが真面目な顔をした。窓の外に視線を遣り、恐らくは駐留するホワティアの軍を見詰めながら問うた。
「真面目な話、今、戦局はどうなってんだ? 見たところ、あまりこちらにとって良い状況とも思えねぇが……」
「まだ、本当にまずい状況まではいっていない。だが、何か対策を考えないと、いずれホワティア軍は森を越えて攻めてくる。その時、兵士一人一人の技量や士気を考えると、こちらが不利になるだろう……そういう状態だ」
ワクァが説明すると、アークは「ふむ……」と難しそうに唸った。ヨシも、難しそうな顔をして説明を足す。
「一応、私とワクァで案は出したのよ? 少数精鋭の攪乱部隊を作って、ホワティアの王様を脅かしに行くー、とか」
「ホワティアの王を……」
「脅かしに?」
目を瞬き。そして、アーク達は笑い出した。
「王様を脅かしに、か。そりゃ良いや!」
「要は脅かして、戦わずに帰ってもらおうって事だろ? 面白いじゃねぇか!」
楽しそうに言う彼らに、ワクァとヨシは少しだけ笑った。そして、緩やかに首を振る。
「その案は、却下になった。実行される事は無い」
途端に、アーク達から非難の声が上がった。
「何でだよ?」
「面白いと思うぞ。何でやらないんだ?」
「誰を行かせるんだって話になっちゃったのよ。この作戦は、少人数で敵の陣地に入る事になるから、すごく危ないの。案を出した以上、人員の命には私やワクァにも責任があるわ」
「誰かの命に責任を持てと言われて、何も言えなくなってな……。黙っている間に、却下されたも同然の空気になった……というわけだ」
「さっきパパ……バトラス族の族長も、そんな危険な場所にバトラス族を行かせるわけにはいかないって、はっきり言ってたわ。最強の戦闘民族って言われてるバトラス族が参加しないとなると、そうじゃない人達なんか増々組み込むわけにはいかないわよね」
二人揃って、小さくため息を吐く。
「いっそ、俺が一人で行っても良いんだけどな」
「何言ってんだよ、王子様」
「私も、行っても良いんだけどね……」
「ヨシさん……わざわざ自分から変わり者扱いされる発言をしなくても良いと思うっス……」
呆れたように言ってから、少しだけ考えて……トゥモは小さな声で言った。
「……けど、自分も……行っても良いっス。……ワクァとヨシさんが行くなら……」
「え?」
ワクァとヨシの声が、重なった。アーク達も、物珍しげな顔でトゥモを見詰める。全員に注目されて、少し恥ずかしそうにしながらも、トゥモは口を開いた。
「……自分は兵士っスから、戦うのは当然っス。森を突破されたら、どうせ戦う事になるんスし……。それに、ワクァは友達っス! 友達が危険な場所に行ったら、きっと気になって、いてもたってもいられなくなるっス! それだったら、最初から自分もついて行くっス!」
「トゥモ……」
ワクァが言葉を失った様子を見て、アーク達がニヤリと笑った。
「おいおい、トゥモに先越されちまったぞ?」
「俺達だって、同じ思いだってのになぁ」
俺も俺もと声が上がり、ワクァとヨシが、信じられないと言った顔付きになる。アークは、再びワクァの肩を力強く叩いた。
「俺達と、トゥモと、ワクァとヨシさん。これだけいりゃあ、その攪乱部隊も何とか作れるんじゃねぇか? ……そりゃ、王子のワクァは参加させられない、とか言われるかもしれねぇし。バトラス族がもっといてくれるなら、その分だけ心強くなるけどよ」
アークの言葉に、ヨシは考える顔をした。「そうね……」と呟く。
「バトラス族の皆に、声をかけるだけかけてみるわ。あくまで強制じゃなく、自由参加って形で。……多分、一人か二人参加してくれれば良い方だと思うけど……」
「一人だけでも、参加してくれれば御の字だろう」
そう言ったワクァに、ヨシは「そうね」と頷いた。
「そうと決まったら、まずは作戦を立てなきゃよね」
「作戦?」
誰かの言葉に、ヨシは「そう!」と元気良く返す。
「一度却下になった案を、人数が確保できたから、ってだけであっさり通してくれるとは思えないわ。それに、さっきアークさんが言った通り、王子様だからって理由でワクァを行かせてくれないかもしれないしね。……ワクァ、人に行かせて自分は待ってるなんて嫌でしょ? 誰もがまぁまぁ納得できて、且つ、ワクァの参加が必要不可欠であると思わせるような作戦を練らないと!」
力説するヨシに、ワクァが顔をひくりと引き攣らせた。
「その勢いから察すると……ヨシ、お前もう既に何か作戦を考えているだろう? しかも、ろくでもない作戦と見た」
「ろくでもないかどうかはともかく、これしかない! って感じの作戦は考えたわよ? 大丈夫、大丈夫! きっと納得できるから!」
そう言うヨシの顔は、久々に非常に機嫌良くニコニコとしている。絶対にろくでもない作戦だと悟り、ワクァは深いため息をついた。