ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP2 仲間を拾う
1
ヘルブ街より北西の方角。国境線近くに築かれた砦の城に、軍は入城した。
四階層まである城の屋上には展望台が設けられており、ここに上れば遥か彼方まで見通す事ができる。
視界を遮る物が何もないその場で国境線を眺め、ワクァ達は顔を険しくした。
国境線を少し超えてヘルブ国の領内に踏み込んだ場所に、軍が駐留している。ところどこにはためくのは、隣国ホワティアの紋を染め上げた軍旗だ。
軍旗は国境線上にずらりと並び、見る者を威圧してくる。兵の数は目算でおよそ三万。現在この砦にいるヘルブ国軍の三倍程度か。しかも、戦意は確実にあちらの方が高い。例え人数が同じでも、この戦意の差がどう出るか……。
「ホワティアが国境を侵してるって報告が入ってから、結構日が経っちゃったわよね? なのにまだここにいるのって……森があるから?」
ヨシの視線は、ホワティア軍の陣地より少し手前に向けられている。薄暗い森が、ホワティア軍の侵攻を阻むように続いている。王と、フォルコが頷いた。
「外からではわからないだろうが、あの森は至る所に岩や木の根が飛び出していて、平たんな道というものがほとんど無い。少人数であればともかく、あの人数で通過するのは容易ではないだろうな」
「それでなくとも目印になるような物がほとんど無く、迷いやすい森。下手に踏み込めば、どうなるかわかったものではなかろう。伏兵を隠しやすい。奴らが慎重になるのも道理」
更に木々は一本一本が非常に大きく、太古の姿を残しているような物まであるらしい。この森を開発せず、防衛のために残しておくべきだと過去の王に進言したのはタティ家であると王に言われ、フォルコは少しだけ誇らしげな顔をした。だが、すぐに顔を険しく戻し、ため息を吐く。
「……とは言え、森だけでいつまでも防げるようなものでもない。いずれは森を突破し、この城に攻撃をしかけられよう。それまでに、何とか奴らを追い返す方法を思い付けば良いのだが……」
フォルコの言葉に、ワクァもヨシも、腕組みをして考え込んだ。……が、ちょっと腕を組んだだけで妙案が思い浮かぶのであれば、そもそも今ここでこんなに悩んでいる事は無い。
「……と言うか、追い返すだけじゃダメなのよね。ちょっと痛い目か怖い目かに遭ってもらって、ほとぼりが冷めたらまた攻めよう……なんて考えを起こさないようにさせなきゃいけないし」
「そうだ。だが、二度と攻め込むまいと思わせるほどの痛い目となると……」
「まぁ、普通に考えたら、軍隊総崩れで大惨敗を味わわせるか、バトラス族の族長レベルで強い人中心に構成した少数精鋭の暗殺部隊が王まで肉薄して、肝を冷えさせるか。……もしくは、実はあの森は呪いの森で、幽霊が出る。通った者は呪われる、と思い込ませるか。そんなところだよね」
ひょこりと、展望台に上る階段からウトゥアが顔を出した。宮廷占い師である彼女は、本来であれば戦場に来る必要など微塵も無い。だが、いつ神の託宣とも言われる占いが必要となるかわからないため、この場に同道していた。……が、その宮廷占い師の言葉に、その場にいる全員が呆れた顔をした。
「大惨敗を味わわせてやる事ができるほどの戦力があれば、当の昔にやっておる」
「お前は話し合いの場にいなかったから知らないだろうがな、ウトゥア。少数精鋭部隊を派遣する話は実際に出て、却下となった。敵だらけの中に勝算も無く突っ込ませるわけにはいかないからな」
「さり気無く名を出されたが、バトラス族から進んで少数部隊に人員を出したりはしねぇぞ。バトラス族はたしかに戦闘慣れしているが、命を危機に晒してスリルを味わいたがるような奴は一人もいねぇ。そんな奴らを、俺の命令で危険な場所に行かせるわけにはいかねぇからな」
「幽霊かぁ……効果はどうあれ、面白そうね。私、やってみようかしら?」
「お前はどう見ても健康優良児で、幽霊には見えないだろうが。『バトラス族次期族長が敵を驚かせるために幽霊の扮装をして森に入るもあっさりとバレ、戦うも数の差を埋め難く死亡』なんていう居た堪れない歴史を刻むだけだから絶対にやめろ」
淡々としたワクァの言葉に、ヨシはムッとした。
「なによ、私だってちょっと化粧とかすれば、この健康的な小麦色の肌を幽霊みたいに白くする事ぐらいできるんだから! そりゃ、ワクァの白さには敵わないかもしれないけど……って言うか、アンタがやる? 幽霊」
「死んでもお断りだ」
「……いや、死んで本当の幽霊になるのはやめてほしいんだけど……」
「そうそう。ワクァちゃんが死んだりしたら、陛下に妃殿下、ヨシちゃんやトゥモちゃん、その他色んな人が悲しむんだから。冗談でも死ぬなんて言ったら駄目だよー、ワクァちゃん」
総非難された事を気にする様子も無く、ニコニコとしながらウトゥアが言う。それにハッとして、ワクァは即座に、周りに対して頭を下げた。
それに対して「うむ」と偉そうに頷いてから、ヨシはウトゥアに視線を寄せた。
「そう言えばウトゥアさん……どうしたの? ウトゥアさんも敵陣視察をしに来たとか?」
「違うよー」
あはは、と笑いながら手をひらひらと振り、そのまま自然な動きでウトゥアは階下を指差した。そして、もう片方の手でワクァとヨシを順に指差して見せる。
「トゥモちゃんが、ワクァちゃんとヨシちゃんを呼んでたよ。どうやら、お客さんが来たみたいだけど?」
「客?」
「私達に?」
首を傾げながら、二人はウトゥアの横を通って階段を下りていく。二人がいなくなって、その場には王、フォルコ、三族長、ウトゥアの六人となった。
残された面々を見て、ウトゥアはにっこりとほほ笑む。
「さて……それじゃあ、大人になりかけてるけどまだ大人になり切れていない二人がいなくなった事ですし。……どんな言葉が飛び出るかわからない、此度の戦の占い……やりましょうか?」
一同が頷き、ウトゥアは頷き返すと息を吸った。口から、今後を告げる言葉が朗々と紡ぎ出される。いつものような珍妙な節回しは、今日は無い。
敵を払うは気高き乙女
その美しさに敵は酔う
乙女を援ける狩人達は
真に乙女を支えたもう
乙女の姿は一時の夢幻
戦が終われば泡となる
「……乙女?」
その言葉に、王達は顔を見合わせた。
バトラス族の女性が何人か来てはいるが、今のところは一般兵と同じ扱いだ。……となれば、今この場に、女と言えばヨシとウトゥアの二人しかいない。……が、ウトゥアは占い師であり、非戦闘員。……とすれば、この乙女というのはヨシの事だろうか。
しかし。
「あの子猿みてぇな娘に、乙女なんつー言葉はしっくりこねぇな……」
頭をボリボリと掻きながらリオンが言えば、残りの面々は苦笑を漏らす。そんな中、ショホンだけが真剣な顔で考え事をしている。
「ヨシさんに乙女という言葉が似合うか似合わないかはさておきまして、私は最後の言葉が気になります。戦が終われば泡となる……これは、乙女というのがヨシさんであろうと、今後現れる別の女性であろうと、この戦争が終わる頃に命を落としてしまうという意味に取れるのでは……」
途端に、リオンが顔を険しくした。
「おい、ショホン。嫌な事を言ってくれるじゃねぇか……」
「済みません。……ですが、用心しておくに越した事は無いかと……」
ショホンの言葉に、王とフォルコが頷いた。
「そうだな。ヨシ殿が危険な目に遭わぬよう、気を配る必要はあろう。特に、一人で行動する事の無いよう、気を付けるべきかと考えまする」
「ヨシ君だけではない。他の誰であろうと、一人で行動して危ない目に遭うような事態は避けるべきだ」
二人の言葉に、残りの者は真剣な顔を頷く。ただ一人、複雑そうな顔で小首を傾げているウトゥアを除いて。