ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP1 戦う意思を拾う
3
「あ、さっきの……」
呟いたヨシに、男は頷いた。先ほど、一人だけ存在が際立っていた武官らしき男だ。
「殿下。それに、ヨシ殿。先ほどは、中々の態度でございました」
武官の言葉に、ヨシは首を傾げ、ワクァは警戒するように顔を顰めた。
「それは……新参者の割に前へ出過ぎだった……という事でしょうか?」
「……と言うか、誰? 名前とか……前に会った事なんか、無いわよね?」
すると、男はハッと目を丸くし、次いで苦笑した。話し合いの場でないからだろうか。先ほどまでと比べて、印象が随分と柔らかい。
「これは、失礼を。某の名は、フォルコ=タティ。現在、軍部で兵達の教育と、戦場での総指揮官を任されております」
「総指揮!? まだ若そうなのに!?」
「そう言えば……名前を聞いた事があるかもしれません。それも、最近じゃない。俺がタチジャコウ領にいた頃から……」
フォルコは頷き、右手で顎をまさぐった。ざり……と短い毛を指がこする音がする。
「我がタティ家は建国当時よりヘルブ王家に仕えてきた、武官の家系。某の名を聞いた事は無くとも、タティの名であれば耳にした事もありましょう。身分がどうあれ、四大貴族であるタチジャコウ家にいたのであれば、尚更」
そう言うフォルコに、ヨシが「へぇ」と頷いた。そして、まじまじと顔を見詰める。
「……で、何の用?」
遠慮の無いストレートな問いに、ワクァは呆れ、フォルコは吹き出した。
「先の場でも感じたが、中々に肝の据わった娘御だ。己の知恵と体のみで生き延びてきたバトラス族は、可愛らしい女子どもにまで勇気が備わっているらしい」
「バトラス族に勇気が備わっている事は否定しませんが、こいつはバトラス族の中でも特別に肝が据わっている方だと思います」
呆れたままの顔で言うワクァに、フォルコは「それはそれは……」と楽しそうに頷いた。
「では、これ以上ヨシ殿を苛立たせぬためにも、某の用件を述べさせて頂きましょう。先ほど殿下は、某の言葉を「新参者が出過ぎである」と受け取ったようですが……そんな事は、露ほども思っておりませぬ。寧ろ、安心致しました」
「安心?」
「えぇ」
困惑気に眉を顰めるワクァに、フォルコは首肯した。
「王妃様に瓜二つのお顔立ちとは言え、突然現れた王子をそう簡単に認められるわけがない。傭兵奴隷になっていたのであれば、きっと卑屈か、流されるままで己の意思などほとんど持たない者であろう。……つい先日まで、某も他の大臣達同様、そう考えておりました」
苦笑の顔に、更なる苦味や、渋味の表情が増す。しかし、その表情を和らげて、フォルコは「しかし……」と言葉を続けた。
「闘技場での戦いぶりは、見事なものでございました。それに、その場の状況を瞬時に判断し、非戦闘員である審判を即座に逃がした事、追い詰められても尚、諦める事も闘志を失う事が無かった事。ひょっとしたら……と思ったところで、あの話し合いの場……」
フォルコの顔から、苦味が消えた。口元が優しく微笑んでいる。
「殿下は己の意思をきちんと持ち、それを恥じずに口にする勇気をお持ちでございました。それに、過去の痛みも己の教訓とし、次へと繋げる心がけもお持ちのようだ。その姿勢に、僭越ながら感心致しました」
「……」
何と言って返せば良いのかわからず、ワクァは視線を泳がせた。頬が少しだけ赤い。照れているようだ。
そんなワクァを微笑ましく眺めながら、ヨシはフォルコに視線を寄せる。
「……ひょっとして、それを言うためだけに待ってたの?」
フォルコは優しい表情のまま、首を少しだけ傾げた。
「殿下やヨシ殿が、闘技場やあの話し合いの場で己の意思を示したように……某も、殿下に意思を示しておきたいと思い申した。完全にとはいかないが、某は殿下を、陛下の後継者として申し分無しと見た、と。……城内での味方が多い事に越した事は無いかと存じますが……」
フォルコの言葉に、二人は顔を見合わせた。たしかに、そうだ。広い城内、確実にワクァの味方であると言えるのは両親である王と王妃に、ヨシとトゥモ、ニナン。そして現在滞在中のファルゥとシグの七人。
ウトゥアは味方だとは思うが、何を考えているかわからない。カロスは全面的に味方をしてくれる存在ではあるが、今現在のワクァの事をあまり理解していないようにも思えて、やや頼り難い。
決して少ない数ではないが、城内にいる人々の数、ワクァのこれまでの生い立ち、向けられる悪意の量を考えると、充分でも無い。
今の会話や、地位、性格を考えると、フォルコが味方をしてくれるという事はとても心強い事のように思えた。
「あぁ、それから……」
思い出したように、フォルコが視線をヨシに向けた。
「ヨシ殿。バトラス族として戦いには慣れていらっしゃる様子だが、戦争というものは初めてであろう? バトラス族は戦い方が特殊故、城内に指導をできる者がおらぬ。引き留めてしまった身がこう言うのも申し訳ないが、お父上を探して、準備すべき事を尋ねて頂きたい」
「わかったわ」
ヨシは頷き、リオンの姿を探しに駆け出していく。その後ろ姿を見送ってから、フォルコはワクァに外を指し示した。
「殿下は……これより、少しだけ手合わせにお付き合い願えますかな?」
「手合わせ?」
怪訝な顔をするワクァの腰を、フォルコはもう片方の手で示す。指の先には、腰に帯びたリラ。
「手合わせをする事で、殿下の力量を教えて頂きたい。力量次第では、戦場での殿下の扱い方を考える必要があります故。……扱いだけではない。武具の調達も」
そう言って、フォルコはしばらく目を閉じた。何かを思い出そうとしている顔だ。
「……殿下の教育係……カロス=ティアチェルでしたな。彼は有能だが、過保護な面がある。彼に任せて、攻撃を防ぐ力はあれど重過ぎて身動きが取れなくなるような鎧を着せられる前に、某が殿下の戦い方や力量に見合った物を選んだ方が良いかと考えまするが」
ワクァはほとんど考える事も無く、頷いた。
「お願いします」
その様子に、フォルコは少しだけ苦笑する。
「あの過保護なカロスの言い分で、これだけは理解できますな。育ちの為か、殿下はどうも相手の顔色を気にし過ぎるきらいがあるようにお見受けする」
実際は、どんな人間の顔色も気にするわけではない。旅の間、訪れた町の人々や関わった者達の顔色はさほど気にならなかった。だが、どうしても昔の思考が抜けきらないのか……ある程度身分のある人間には、やはり苦手意識が湧いてしまう。
自分の立場はともかく、両親である王や王妃、城に留まって味方をしてくれているヨシ、城勤めをしているトゥモの事が気にかかって、自分の一挙手一投足が気になってしまうのはたしかだ。
気まずそうに、ワクァは眉を曇らせた。そんなワクァに、フォルコは再び微笑む。
「すぐにとは申しませぬが……いずれ某とも、ヨシ殿や、その他のご友人方と接するように、気安く話せるようになって頂きたい」
そう言うと、フォルコは外へと続く廊下を目指して歩き出した。少し歩くと立ち止まり、振り向いて言う。
「殿下、お早く。手早く手合わせを済ませ、武具を見繕わなければ、敵に後れを取ってしまいますぞ」
頷き、ワクァはフォルコの後を追う。その途中に窓の前を横切ると、冬も近いと言うのに、窓から差し込む日差しが、妙に暖かく感じられた。