ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い












STEP1 戦う意思を拾う






























「何事だ、騒々しい!」

苛立ち紛れの声に、飛び込んできた兵士はビクリと体を強張らせた。だが、すぐに持ち直して視線を王へと向ける。

「ホワティア……ホワティアの王から、陛下へ書状が……」

「ホワティアの王から?」

顔を険しくし、王は兵士から書状を受け取った。丸められていたそれを広げて目を通せば、その顔は更に険しくなっていく。

「……陛下?」

「何と、書かれているのでございますか……?」

何人かの大臣が恐る恐る声をかけると、王はため息をつき、書状をテーブルの上に置いた。各自で勝手に読め、という事のようだ。ワクァとヨシも立ち上がり、大臣や族長達に混ざって書状を覗き込む。そして、王と同じように顔を険しくした。

書状には、ホワティアの王からの身勝手な要求がいくつも並べられていた。



曰く、ヘルブ国は直ちに国境上から警備の兵を撤退させ、速やかに降伏せよ。

曰く、大国であるヘルブ国に敬意を表して直々に出向いてきたホワティアの王を歓待すべく、王とヘルブ街を直ちに明け渡せ。

曰く、ヘルブの民は貴賤を問わず奴隷に落とす事とすれば、直ちに降伏すれば王族や大臣達に首輪を付ける辱めを免除してやろう。

曰く、直ちに降伏しない場合は、ヘルブ国の山野が緋に染まるであろう。

曰く、降伏の証として、美しいと名高い王妃をホワティア王の妾として差し出せ。



「……母さんを……!?」

ワクァの顔が、嘗てないほど青褪めた。王も、今までに見た事が無いほど怒りに満ちた顔をしている。

「何と無礼な……」

「我が国を、完全に侮っているではないか……!」

大臣達のざわめきにも、怒りが混じる。

「開戦だ!」

誰かが、叫んだ。すると、それに呼応するようにあちらこちらから「そうだ」「開戦だ」「奴らと戦うべきだ」という声が湧き上がる。中には「しかし……」と異を唱えようとした者もいるが、その声は全て怒りに染まった声に掻き消された。

「ちょっと……これはこれで、やばいんじゃない!?」

我を失いそうなほどに怒り狂う大臣達の様子に、ヨシが焦った声をワクァにかけた。このまま勢いで戦争を仕掛けても良いとは思えない。今までの旅の経験から、直感がそう言っている。一か八かで声を張り上げてみようと、ヨシは口を開いた。

「ちょっと……」

「うるせぇぞ、落ち着けお大臣ども!」

「浮足立たれるな! 敵の術中に落ちたいか!」

ヨシの声を遮り、リオンと、先ほどの武官――そう言えば、未だに名前を知らない――がよく通る声で怒鳴りつけた。いい歳をした大臣達が、揃ってビクリと震える。その光景に、今まで静観していたフォウィーが呆れたように息を吐く。

「揃いも揃って、見苦しい。ただ怒って叫び続けるだけなら、子どもでもできる事ではないか。そんな事で、よくバトラス族の後嗣や我が従甥を怒る事ができたものだ」

その声音に、言葉に、大臣達は悔しげに俯く。だが、フォウィー自身には特に意見は無いらしく、その後の言葉が続かない。

リオンと武官も押し黙った。声が大きい分、ここで二人が発言すれば、そのままその意見が押し通されるような格好になってしまうのを恐れているのかもしれない。ショホンは、元々戦闘に不向きなウルハ族の族長であるだけに、最初から口を挟まぬ姿勢を貫く心積もりのようだ。

そんな彼らを眺めながら、王が静かに口を開いた。

「……ここは、戦争に慣れぬ者の意見も聞いてみたいところだな。……ワクァ、ヨシ君。二人は、どう思う?」

突然意見を求められ、二人は困惑したように顔を見合わせた。やがて、ヨシが先に口を開く。

「私は……できれば、自分から攻めに行くのはやめた方が良いと思うの……思います。攻めに行くって事は、相手の国の中に入るってわけで、地理的にこちらが不利なワケだし……ですし。ただでさえ戦力的に不安があるのに、向こうに地の利がある場所へ攻め込んで行ったりしたら……」

あっさりと取り囲まれて、全滅してしまってもおかしくない。そう言葉を結ぶと、補足するようにワクァも口を開いた。

「俺も、積極的に軍を動かす事には抵抗があります。これは、俺の経験から申し上げるのですが……怒りに任せた攻撃というものは、相手に届き難く、且つ己の動きに隙を生みます。旅をしてきた中で、戦闘になる事は幾度もありましたが……例えば、このヨシが挑発した相手のうち怒り狂った者は些細な見落としが敗因に繋がっていたように思います。逆に俺も、敵の挑発に乗って頭に血が上り、窮地に追い詰められた事も……個人と軍隊を一緒にするなと言われれば、それまでですが」

一気に言いきって息を吐く。そして、誰かが口を挟む前に「ただ……」と自信無さげに言葉を続けた。

「ただ防衛に徹していれば良いとも、思えません。相手がいつ帰ってくれるかわからない、戦争がいつ終わるかわからない状況が続けば、兵も民も、心が疲弊します。心の疲弊は、油断を招く。それも、旅をするうちに身を持って知りました。それに……」

そこで、ワクァは一度言い淀んだ。だが、何人もの人間が己の次の言葉を待っている様子に、少々言い難そうに言う。

「これだけ好き勝手な事を言われたら、痛い目を見させてやらなければ気が済みません」

途端に、どこからか微かに笑い声が聞こえた。ただ、ワクァを馬鹿にするような笑いではない。どこか温かい、柔らかい笑いだ。

静かに視線を巡らせて見れば、あの武官が口元を手で隠している。族長達も、どこか温かい笑みを顔に浮かべていた。

「……ならば、どうするべきとお考えか?」

武官が口元から手を離し、問うべき事を問う。それに答えるべく、ワクァは必死に頭を働かせた。ただ希望を述べるだけなら、先ほどまで怒鳴り合っていた大臣達と変わらない。

「……基本は防衛に徹して……」

「あとは、少数精鋭の攪乱部隊でも作って、こっそりとホワティアの王様を脅かしに行く、とかできないかしらね? ほら、さっきの書状に、向こうの王様が直々に来るって書いてあったし」

ワクァの発言に、ヨシが助け船を出す。すると、今度はそこにリオンが口を挟んだ。

「そりゃ、面白い考えだ。少数精鋭なら、相手に気付かれずにホワティアの王近くまで行く事は、軍で攻めるよりは現実的だろう。……だがな。その攪乱部隊は、どこから選ぶんだ? 敵地に入り込んで王に肉薄するって事は、敵だらけの中に飛び込むって事だぞ。そこに行って、生きて帰って来れる奴を、どうやって選ぶ? それとも、脅かしたらあとは用済みで、死のうが生きようがお構いなしか?」

「それは駄目!」

弾かれたように叫んだが、それ以上の言葉はヨシから出てこない。またも静まり返った部屋の中、王が静かにため息をついて立ち上がった。

「ヨシ君の意見は、頭の中に留めておこう。まずは、国境の防衛を固める。その間にも、何か良い策を思い付いた者があれば、遠慮なく申し出てくれ。まずは一同、急いで戦準備にかかれ!」

途端に、大臣達は姿勢を正し、足早に部屋を出ていった。中には少々ぐずぐずしている者もあったが、それでも少し誰かに突かれると動き始める。

そんな彼らに続いて、ワクァとヨシも席を立った。王や族長達が、「お前達にも戦の準備が必要だ」と目で語った後に、そのまま部屋を出て行ってしまう。

具体的に、戦準備とは何をどうすれば良いのかと問うために、二人は族長達の後を追おうと部屋を出た。

すると、部屋の前で一人の男が待っていた。










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