ガラクタ道中拾い旅
第七話 闘技場の謀
STEP2 歴史を拾う
1
ワクァとニナンが足早に廊下を歩いていた頃。ヨシは城の中庭で、マフと共に壁にもたれ掛って庭の花々を眺めていた。庭師の手が行き届いた花々は、文句のつけようも無く素晴らしい。……が。
「暇ねぇ……」
「まふぅ……」
ワクァはニナンと共に勉強をしなければならず、客分であるヨシは特にやらなければいけない事も無い。
ワクァ達の勉強に同席させてもらっても良いが、あまり一緒にいると余計な誤解を呼んで二人揃って城内で要らぬ苦労をする羽目になりそうだ。だから、城内で偶然鉢合わせた場合と、王の招きで食事の席に同席する場合を除いて、ヨシはほぼ一日中、一人もしくは一人と一匹で過ごしている。
図書室で本を読んでも良いのだが、やはりたまには体を動かしたい。
「暇ー……」
もう一度呟き、ため息を吐く。
「何だか、力を持て余してるって顔をしてるねぇ、ヨシちゃん」
突如横から声がかかり、ヨシは弾かれたように壁から背を離した。
「ウトゥアさん」
嬉しそうに名を呼ぶヨシに、ウトゥアは「やぁ」と手を振った。相変わらず、掴みどころのない、どこか楽しそうな顔をしている。
「ワクァちゃんとニナンちゃんはマナーの勉強の時間だっけ?」
「そう。ちょっと小耳に挟んだんだけど……ワクァってば、他の座学と、乗馬はかなり飲み込みが良いらしいのに、マナーと剣術だけはボロボロらしいわよ」
その情報に、ウトゥアは「へぇ」と意外そうに目を見張った。
「マナーはともかく、剣術も? ワクァちゃん、かなり強いのに」
「王家の戦い方って、要は騎士の剣術でしょ? 名乗りを上げて、正面から正々堂々と優雅に、みたいな。傭兵の戦い方が身に染みついてると、勝手が違い過ぎて戸惑っちゃうみたい」
「あぁ……」
たしかに、とウトゥアは頷いた。
「傭兵の戦い方はとにかく任務遂行――ワクァちゃんの場合は主に守る事、だからね。なりふり構ってられないから、優雅に戦えって言っても土台無理な話だよねぇ」
「そうなのよ。それで先生に、動きが粗暴だのそれは卑怯だの徹底的に言われて、結構参っちゃってるみたい」
「それはご愁傷様だ」
苦笑しながら、ウトゥアは先ほどのヨシのように壁にもたれ掛った。ヨシもそれに倣い、再び壁にもたれ掛る。
「つまり、アレだ。マナーにしろ剣術にしろ、ワクァちゃんは貴族的な行儀の良さという点で苦戦している、と」
また苦笑してから、「まぁ、仕方ないよね……」と痛ましげな顔で言った。
「傭兵奴隷っていうのは、とにかくマナーがなっていないように育てるのが基本らしいから」
「あ、それ。どこかで聞いた事ある」
思わずヨシは、壁から背を離してウトゥアを見た。
「けど……そう言えば何で? 傭兵奴隷って、割といつでもどこでも、主人の傍に控えているもんなんでしょ? だったら礼儀正しい方が良いと思うんだけど……」
何故わざわざ、行儀が悪いように育てるのか。
「そうだねぇ……」
腕組みをして、ウトゥアは唸った。どこか、迷う素振りを見せている。
「話しても良いけど……当然、楽しい理由じゃないよ?」
するとヨシは、ウトゥアの真似をするように腕を組んだ。そして、呆れたように笑って見せる。……どこか、皮肉って鼻で笑っているようにも見える。
「傭兵奴隷絡みの話が楽しくないどころか腸煮えくり返るような話じゃない事なんて、無いわよね。ワクァと一緒に旅をしてきて、今までに何度もそういう話を聞いたもの。今更よ」
「……そうだったね」
頷き、そしてウトゥアは息を吐いた。視線が、言葉を探すように宙を漂っている。
「百何十年以上昔の話。ヘルブ王家が諸民族をまとめて、このヘルブ国を建国した頃の話だよ」