ガラクタ道中拾い旅
第七話 闘技場の謀
STEP1 有り得ないほど平和な時を拾う
3
「……恨んで、いませんか?」
マナーの勉強を終えた後。横に並んで廊下を歩く小さな学友に、ワクァは問い掛けた。
「何が?」
きょとんとして顔を向けてくるニナンに、ワクァは申し訳なさそうに言う。
「俺のせいで、タチジャコウ家を取り潰しの危険に晒してしまいました」
「ワクァのせいじゃないよ。ここに来てから、色んな大人の人達が言ってた……お父様達が、ワクァをずっといじめてきたから……だから、いじめが大嫌いな王様が、お父様達の事を怒ったんでしょ?」
ニナンは少しだけ暗い顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「それに、ヨシお姉ちゃんが教えてくれたよ。ワクァが、王様の事を説得して、お父様達を守ってくれたって!」
正確には守ったのはタチジャコウ家であり、守ったのもニナンや使用人達のためであってアジルのためではない。……が、ニナンからすれば、タチジャコウ家を守ったのはアジルやイチオを守った事にもなるのか。
「僕達、またワクァに守ってもらっちゃったね。タチジャコウ領にいた時は、危ない目に遭えばいつでもワクァが助けてくれて……いなくなってからも、こうして、王様から厳しい罰を貰いそうになったのを助けてくれた」
ニコッと笑い、そしてニナンはワクァの袖を掴んだ。
「ワクァが将来、この国の王様になるんでしょ? きっと、ワクァはとっても良い王様になるよ! たっくさんの人を守って、助けてくれる、立派で良い王様!」
「若……」
思わず、昔の呼び方になった。すると、ニナンはぷぅと頬を膨らませる。
「だから、僕の呼び方はニナンで良いってば。それに、そろそろ敬語もやめようよ」
「そう……だったな。気を付けます……気を付けよう」
慌てて言い直すワクァに、ニナンは笑い出す。つられて、ワクァの顔も緩んだ。
声が聞こえたのは、その時だ。
「……あれが将来の、この国の王と、タチジャコウ家の当主か……」
暗いがはっきりと聞こえた呟きに、ワクァとニナンは思わず足を止める。辺りを見渡すが、廊下を行き交う人々は皆、忙しそうに立ち回っている。
「十六年間、奴隷として使われ続けてきた王子か……。そのお立場には同情するが、そんなんで本当に将来、国を守れるのかねぇ?」
「顔はお后様に似てお美しいからな。案外、色香で相手を惑わし籠絡する手腕をお持かもしれんぞ」
「おい、不敬だぞ! つい先だって、不敬罪でタチジャコウ家が取り潰しになりかけた事を忘れたか?」
「その結果、今あそこにタチジャコウ家の末子がいるんだろ? 始祖の代よりヘルブ王家に仕えてきたタチジャコウ家の次期当主が、あんな軟弱そうな子どもとは嘆かわしい……」
「……」
声を詰まらせた顔で、ニナンが今までよりも強くワクァの袖を握った。声は、決してワクァ達の眼前からは聞こえてこない。振り向けば、声は止む。しかし、先ほどまでの眼前から違う声が聞こえてくる。声の主は、一人ではない。
「けどさ、この前のクーデル宰相による反乱……あれを収めたのは、あの王子殿下なんだろ?」
「バトラス族の人間が共にいたという話じゃないか。きっと、反乱軍を倒したのはほとんどがそのバトラス族だよ」
「そのバトラス族も、変わり者っぽいけどな。群れで移動する習性を持つバトラス族が、一人で他民族である王子と行動するなんて、普通じゃ考えられん」
「あぁ。きっと、バトラス族の中でもはぐれ者なんだろうな」
実情を知らぬ者が、勝手な事を言う。ワクァは思わず、拳を握った。だが、ここで騒ぎを起こすわけにもいかない。騒げばその分、自分や両親、ヨシやニナンの立場が危うくなる。
「ワクァ……」
不安そうな顔をするニナンに、ワクァは努めて笑いかけた。しかし、その顔はどこか引き攣っていたかもしれない。
「……行こう」
ニナンの手を握り、足早にその場を去る。歩きながら、握りしめた拳を何とか解いた。