ガラクタ道中拾い旅
第七話 闘技場の謀
STEP1 有り得ないほど平和な時を拾う
2
ワクァ達がこの城に留まって、数日経った時の事だ。夕食の席に、宮廷占い師のウトゥアが現れた。
「ウトゥアさん!」
「やぁ、ヨシちゃんにワクァちゃん。元気そうで何よりだよ。……ワクァちゃんは、無事に陛下達と再会できて本当に良かった」
歌う宮廷占い師の突然の来訪に、ワクァとヨシは思わず席を立つ。
「……その様子だと、全部知っていたんですか……?」
ワクァの問いに、ウトゥアは「まぁね」と笑った。
「ただ、証拠も無いのに占いの結果だけで「行方不明になっているワクァ王子殿下は現在、タチジャコウ領で傭兵奴隷になっています!」とか言う事はできないからね。だから、ワクァちゃんの事は陛下にも内緒にしてたんだ。丁度、陛下に頼まれごとをしていたから、そのついでに確認しようと思ってね」
「頼まれごと?」
座り直しながら首を傾げるワクァとヨシに曖昧に微笑み、ウトゥアは王に視線を向けた。その顔からは、既に微笑みが消えている。
「陛下。ウトゥア=ルヒズム、ただ今タチジャコウ領より戻りました」
報告の声に、ワクァとヨシの目が丸くなる。王は何も言わずにただ頷き、ウトゥアに続きを促した。
「住民及び、タチジャコウ家の使用人達への独自の聞き込みの結果、ワクァという名の傭兵奴隷がタチジャコウ家に買われたのは、ワクァ王子殿下が行方不明となられた時期と一致します。また、タチジャコウ家の傭兵奴隷であったワクァ少年と、こちらにいるワクァ王子殿下が同一人物である事は、タチジャコウ家の執事、リィの証言により明らかとなっております。更に、元宰相のクーデルに飼い慣らされていた奴隷商人と、十六年前にタチジャコウ家を訪れた奴隷商人の印象が酷似しているように思われます。これらの事実から、こちらにおわすワクァ王子殿下は間違いなく、十六年前に行方不明になられた陛下のご子息、ワクァ王子殿下であらせられると推察いたします」
王と王妃の顔が、ホッと緩むのがわかった。だが、王の顔はすぐに険しくなる。
「それで……私が命じた調査の結果は?」
「はい。ワクァ王子殿下が傭兵奴隷とされていた事からも一目瞭然。タチジャコウ領は、陛下による奴隷解放令を無視し、未だに多くの富裕層が奴隷を使役している模様。また、その奴隷への風当たりも、決して良いものではないように思われます」
ドクン、と心臓が跳ねたような感覚を、ワクァは覚えた。タチジャコウ領で過ごした日々の記憶が、頭を過ぎる。
大丈夫だ、味方はいた、と。ワクァは己に言い聞かせる。一ヶ月ほど前に、リィから聞かされたばかりではないか。力にはなれずとも、ワクァを嫌っている者ばかりではなかったと。いつまでもそれに縛られていてはいけないと、イサマの前で乗り越えてみせたではないか。
やはり、過去は簡単に乗り越えられぬものなのか。あの地で過ごした時間は、これからもずっと、ワクァについて回るのだろうか。
「いやいや、戦闘中に言われても固まらなくなったんだし、ある程度乗り越えられてはいるでしょ。……って言うか、辛い記憶もワクァの人格形成に一役買ってるんだし、完全に忘れちゃうのもどうかと思うわよ? ワクァは、自分が辛い目に遭った分だけ他人を思いやれるタイプっぽいから、尚更ね」
ワクァの顔色から、何を考えているのか察したのだろう。ヨシがひらひらと手を振りながら言った。流石に、何ヶ月も共に旅をしただけあって、ワクァの心情を読む事に長けている。
ヨシの言葉に少しだけ気が休まり、ワクァの緊張は解けた。……が、いつもならこれで終わるのが、今回はこれでは済まない。何故なら、同じ場に王と王妃――ワクァの両親がいるのだから。
王と王妃の顔が、心配そうに、そして悲しげに歪んでいる。ワクァとヨシが二人揃って「しまった……」と思った時には、後の祭りである。
「ワクァ、大丈夫? 辛かったら、無理せずに休んでちょうだいね?」
「ワクァの前でするべき話ではなかったな……配慮が足りなかった。ウトゥア、この話は、後程私の部屋で聞こう」
「ま……待ってください!」
慣れぬ優しさに困惑しながら、ワクァは慌てて声をあげた。落ち着く為に、とりあえず水を飲む。
「俺は……大丈夫です。どうぞ、このまま話を続けてください」
その言葉に、王と王妃は増々心配そうな顔をした。それを打ち払うように、ワクァは首を横に振る。
「扱いがどうであれ、俺が十六年間暮らした土地の話です。今聞かなくても、きっと俺は後で、ウトゥアさんから話を聞き出そうとします」
「そうだね。それに私は、ワクァちゃんが訊きたいって言ってきたら、隠さずにその場で言っちゃいますよ、陛下」
ウトゥアの言葉に、ワクァは無言で頷いた。どの道、いずれは向き合わねばならない問題なのだ。ならば、早いうちに聞いておいた方が、傷も浅くて済むし、治りも早い。
それでも王と王妃の顔は心配そうなままだ。様子を伺いながら、ウトゥアが話を再開した。内容は、タチジャコウ領での奴隷の扱いの詳細。そして、ワクァが旅立つ切っ掛けとなったあの事件。更に、ワクァが生死の境を彷徨う重傷を負った事まで及んだ。
「なっ……!」
王と王妃の目が見開かれた。顔は引き攣り、真っ青に青褪めている。手が、カタカタと震えだした。
「そんな……事が……」
何とか絞り出された王の声に、ウトゥアは頷く。
「不幸中の幸い。そこにいるバトラス族のヨシ=リューサーが助けに入ったため、重傷を負ったワクァ王子殿下が賊に拉致される事も、命を落とす事も避ける事ができました。己の正体をご存知ではなく護衛の任につかれていた王子殿下が、タチジャコウ家の末子を守り重傷を負ってしまった事は、仕方の無かった事と存じます。ですが、タチジャコウ領主であるアジル=タチジャコウが普段から領地の警備を万全にしていれば、そもそもこのような事は起きず、王子殿下もお怪我をなさらずに済みました。加えて、殿下がお守りした事で末子が懐いてしまった……それだけの理由で、アジル=タチジャコウが回復したばかりの殿下をタチジャコウ領から追い出したというのはあまりにも……」
「容認する事はできんな。例えそれがワクァでなかったとしても、その扱いは惨すぎる……」
王が嘆息し、力無く首を振った。王妃は顔が青を通り越し、紙のように真っ白になってしまっている。今や、ワクァよりも王妃の方が倒れそうな様子だ。
そして、当のワクァとヨシはと言えば……苦りきった顔をしてはいるものの、基本的には「そんな事もあったなぁ」という様子だ。
「ワクァ? 何か、思ったよりも大丈夫そうね?」
「そうだな……あの時の話が始まった時は流石に身構えたが……案外、平気だな」
「色々あったものねぇ……」
「あぁ、色々あったな。それに……あの事件が無ければ、タチジャコウ領から出る事も無かっただろうからな。あの時タチジャコウ領を追い出されていなかったら、今頃どうなっていたかわからない」
「人生を良い意味でガラッと変えちゃう切っ掛けになったもんだから、トラウマレベルのショックにならずに済んだのかもしれないわね」
「まふっ!」
「旅に出なければ、マフにも会えなかったな。……マフだけじゃない。ファルゥやシグ、トゥモにショホンさん、リオンさんにも」
穏やかな声で言うワクァに、王と王妃は目を見張った。その様子に、ウトゥアがクックと楽しそうに笑う。
「心配は無用だったようですね、陛下。陛下達が神経をすり減らさなくても、この通り……ワクァ王子殿下は、死地を乗り越え苦難を好機に変える強運と、己の壁を自ら乗り越える強さを既にお持ちのようです。後継ぎとして、これほど頼もしい存在は無いのでは?」
「……」
王は瞑目し、深く息を吐いた。王妃は……何故だろう。少し、寂しそうな顔をしている。
「可愛い子には旅をさせよ、か……」
不意に呟かれた王の言葉に、その場にいる者達は皆、ハッとした。それは、ウルハ族の子守歌にも出てきた言葉だ。
「たしかに、そうだな。我が子は、普通に育てていれば味わう事の無かったであろう苦労をしたようだが……その分、強く頼もしく育ってくれたようだ」
成長していく姿を見る事ができなかった事が寂しくもあるが……と、王は言葉を足した。それから、ガラリと顔を険しくする。
「しかし、問題はタチジャコウ領だ。私はもう何年も前から、奴隷を少しずつでも減らし、最終的には全て解放するようにと言い続けている。その言いつけに背いたばかりではなく、領地の防衛に手を抜き、領民をみすみす危険に晒すとは……」
それだけではない、と語気を荒げる。
「知らなかったとは言え、この国の世継ぎを十六年もの間奴隷として惨く扱い、挙句生死の境を彷徨わせるとは……。クーデルの息がかかった奴隷商人が、わざわざタチジャコウ領を選んだというのも怪しい話だ」
「今回調べた限りでは、タチジャコウ領とクーデルが手を結んでいた形跡はありませんでした。ですが、もし王子殿下が追放される事の無いまま、クーデルに甘い話を持ちかけられていたら……アジル=タチジャコウが陛下に反旗を翻していた可能性は、十二分に考えられます」
ごくりと、ワクァは唾を飲み込んだ。自分の仕えていた家が、反乱を起こしていた可能性がある。しかも自分は、その反乱の中心人物として渦中に巻き込まれていたかもしれないのだ。
はぁ……と王は再びため息をついた。先ほどとは違い、怒りの気が混ざっている。
「タチジャコウ家は、始祖の時代から仕えてくれた。その分残念ではあるが……仕方があるまい。タチジャコウ家は、近々取り潰す」
「なっ……!?」
王の言葉に、今度はワクァとヨシが目を見開いた。
「ま、待ってください! 取り潰す? タチジャコウ家を?」
「そうだ。王の言葉を無視し、領地の警備を怠った。今後反旗を翻す可能性があり、更には王子への不敬罪……いくら四大貴族とはいえ、放っておく事はできん。……いや、四大貴族だからこそ、放っておいてはいけないんだ」
許してしまえば、他の者達への示しがつかない。その理屈は、わかる。しかし……。
「タチジャコウ家の……タチジャコウ家の人達はどうなるの? あの当主と後継ぎはどうでも良いとして、リィ執事長さんや、ワクァの敵ではなかった使用人達……それに、ニナン君は……」
「使用人達は皆、暇を出される。タチジャコウ家の者達は……残された家財で暫くは持つだろうが、その後どうなるかは……当人達次第だな」
しかし、ヨシが見たところでは……タチジャコウ家の人間に、残された家財を活用して気勢を持ち直す才覚があるとは思えない。没落して、やがて誰にも知られる事の無いまま朽ちていく様子の方が鮮やかに想像できてしまう。
「……何とか、ならないのですか……?」
恐々と口を開き問うワクァに、王は怪訝な顔をした。
「タチジャコウ家を庇うのか、ワクァ? お前はあの家に、十六年間惨い目に遭わされ続けてきたのだろう?」
「それは……そうなのですが……」
口ごもるワクァを、王はどこか優しげな目で見詰めた。そして、「ふむ……」と頷くと、表情をやや厳しくする。
「ならば、お前の意思を示しなさい」
「え……?」
ワクァが困惑した様子を見せても、王は厳しい表情を崩さない。ヨシと王妃が、緊張した面持ちで王を見た。
「お前は何故、タチジャコウ家を庇いたいのか。タチジャコウ家を潰すと、どのような弊害があるのか。庇う事で、国が得る物はあるのか……。それを今、私に言ってみるんだ」
「得る物……」
「そうだ」
王は、深く頷いて見せた。その目は、ワクァの深いところまでを見通そうとしているように見える。
「王とは、一国を預かり、その国に住む全ての民の命と生活を預かるものだ。私情や、何となくといういい加減な理由で国の大事を左右する事は許されない。……わかるな?」
「……はい」
ワクァが神妙な面持ちで頷くと、王もまたゆっくりと頷いた。
「このまま何事も無ければ、お前はいずれ私の後を継ぎ、この国を総べる事となる。ならば、少しずつでも、王の在り方を身に付けるべきだろう。……救いたい者がいるのであれば、その者を救う事がいかに国の援けとなるのかを必死に考えるんだ」
「……」
言われて、ワクァは必死に考え始めた。今までは、救いたい、守りたい者がいれば、前に飛び出し、リラを振るう事でそれを成してきた。これからは、それが通用しない。
「……恐れながら、申し上げます」
ワクァは席を立つと王の前へと進み出、片膝を折った。ここは親子としてではなく、臣下として言葉を発するべきだ。
「……たしかに、私情はございます。あの環境の中、俺を蔑まずにいてくれた者、笑顔を向けてくれた者……彼らの生活を奪いたくないという気持ちがある事は、隠し立ていたしません」
頭の中で、言葉を探す。そしてそのワクァの様子を、ヨシがハラハラとした表情で見守っている。今ここで、ワクァが王を納得させる事ができなければ……タチジャコウ家の面々は――ニナンは、路頭に迷う。
「タチジャコウ家の当主アジル=タチジャコウ並びに、その継嗣であるイチオ=タチジャコウ。彼らが奴隷を蔑視し、陛下のお言葉に従わず奴隷を所有し続けてきた事。事と次第によっては、陛下に反旗を翻していたかもしれない事。それは俺に否定する事はできません」
ですが……と、ワクァは言葉を続けた。
「タチジャコウ領に住まう、奴隷ではない領民から見れば……タチジャコウ家は特に悪政を布いていたわけでもなく、可も不可も無い領主……という認識でした。これは、俺が十六年間タチジャコウ領に住んでいて感じた、確かな領民の感情です」
「……それで?」
「それで……その……タチジャコウ家は、ヘルブ国初代国王の代より続いてきた家であり、領民たちもそれが当たり前の事となっています。もしタチジャコウ家が取り潰しとなり、領主が変わる事となれば……領民達は不安がり、浮足立つかもしれません」
「領民が浮足立つ……それが、タチジャコウ家を取り潰した場合に起こり得る弊害か?」
ワクァは、浅く頷いた。
「先日のクーデルによる反乱は収まりましたが、残党がいないとも限りません。もし彼らが、領主交代により浮足立ったタチジャコウ領民に反乱を持ちかけたら? 兵力を得た反乱軍が各地で暗躍し、他の土地と呼応するような事になったら? ……もし、元傭兵奴隷である俺が王子であったという理由で、各地の傭兵奴隷達に甘い言葉がかけられていたら……?」
「傭兵奴隷でも運気に恵まれてさえいれば、王子になれる……。なら、反乱を起こして王家を討ち取れば、今度は自分達が高い身分に就ける……って考える傭兵奴隷もいそうね」
ヨシが口を挟むと、ワクァは「そうだ」と呟く。マロウ領での一件が頭を過ぎった。
「そうさせないためにも、まずはいるかもしれない反乱分子の兵力を増やさない事。……そのために、タチジャコウ領の領民を浮足立たせない事。その上で、再度ヘルブ国王家は奴隷の所持を容認しない事を強く言い渡す必要があるかと存じます」
「タチジャコウ家を潰す事で起こる弊害は、わかった。だが、それだけでは弱いな」
グッと、肩に力を籠め。ワクァは王の目を真っ直ぐに見た。言葉探しは、まだ続いている。
「……タチジャコウ家には、まだ希望が残されています」
「希望?」
訝しげに眉を寄せる王に、ワクァは頷いた。小さな姿が、思い出される。
「タチジャコウ家の末子、ニナン=タチジャコウ……。彼はまだ幼く、奴隷への偏見も持っておりません。事実、奴隷であった俺に、彼は唯一懐き、慕ってくれました。タチジャコウ家執事のリィによれば、彼は現在、強く、他者を守れる者になるべく、勉学や剣術に努めているという話です。彼がこの後成長し、力を付ければ……領民を守り、奴隷を蔑視するタチジャコウ領の風土を一新する者となるかもしれません」
「……つまりお前は、今現在のタチジャコウ家の継嗣を降ろし、ニナン=タチジャコウを次代のタチジャコウ家当主としたい。……そういう事か?」
「それは……」
ワクァは、一瞬だけ逡巡した。だが、大きく息を吸い、吐くと、キッと眦を上げて頷いた。
「はい……その通りです。ニナン=タチジャコウがタチジャコウ家を継げば、タチジャコウ領は変わる。そして、タチジャコウ家が継続する事で、領民達の不安も半減する……そう、考えます」
そしてワクァは、小さく息を吐いた。緊張のためか、口の中がカラカラに乾いている。
王は一言、「ふむ」と唸ると、視線をウトゥアへと向けた。
「さて……心優しき我が息子はこう言っているが……お前はどう思う。ウトゥア?」
「いやぁ、まぁ。何と言うか、色々と見通しが甘いですよね。ニナン=タチジャコウが、このまま真っ直ぐ育つ保証も無いわけですし、それだけで領民が納得するとも思えません。ただ、領主を変える事で領民が浮足立つ可能性がある事、クーデルを擁した者の残党がいて領民を煽る可能性がある事は否めません。それと、自分を酷い目に遭わせた領主であっても、領民から見れば悪くはなかった……という話。タチジャコウ領主の能力を評価する際に極力私情を挟まず、客観的に見ようとした点は評価できると思いますよ」
ウトゥアのフォロー混じりの言葉に、王は目を細めた。そして、顔を優しく緩めると、視線をワクァへと向ける。
「そうだな……考え方としては、かなり甘い。だが、ウトゥアが言うところの評価できる点があるのもたしかだ。……初めての具申。それも、政治学を学び始めたばかりであると考えれば、上出来だろう」
軽く頷き、王は微笑んだ。そしてまた、顔を少しだけ厳しくする。
「ならば、こうしよう。現領主アジル=タチジャコウは蟄居とし、城から監視役を数名派遣する。長子イチオ=タチジャコウからはタチジャコウ領を継ぐ権利を剥奪し、代わりに末子ニナン=タチジャコウに与える。また、ニナン=タチジャコウはその性質を保ったまま成長する事ができるようこの城に呼び寄せ、ワクァと共に勉学に励み、彼が成人した暁にはアジルから領主の座を引き継ぐものとする」
ハッと、ワクァが目を見張った。ワクァだけではない。ヨシも、目を丸くして王の事を見詰めている。王の横では王妃がホッと胸を撫で下ろし、ウトゥアはニコニコとワクァ達の事を見詰めていた。
「……ありがとうございます、陛下」
頭を下げるワクァに、王は笑顔で頷いた。そして手を差し伸べ、ワクァを立たせる。
「これから、少しずつ学んでいけば良い。それよりも、食事を再開しようじゃないか。待たせてしまって、悪かったな」
申し訳なさそうに言う王に、王妃は優しく首を振った。張り詰めていた空気が、ホッと緩む。
「それでは、私はこれで。陛下の団欒の時を邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」
「お前も一緒に食べていかないか、ウトゥア? お前は一時期、ワクァやヨシ君と共に過ごしたのだろう? その時の話を今一度、この団欒の場で聞かせてはくれまいか?」
王の申し出に、ウトゥアは首を振った。「いいえ」という言葉と共に、苦笑が漏れる。
「楽しい話は、是非ワクァ王子殿下からお聞きください」
そう言うウトゥアの目は、何故か王達から逸れている。王は、不思議そうな顔をした。
「……どうした? 何かを堪えているような顔になっているが。……何か、変な物でも見えるのか?」
「いいえぇ」
最後は、とても王に対するものとは思えぬ言葉を発して。ウトゥアは急ぎ足で退室した。後に残されたワクァ達は皆、不思議そうに首を傾げている。
廊下に飛び出したウトゥアは、部屋から離れると、クツクツと笑い出した。その顔は、耐え切れないと言うように緩んでいる。
やがて笑いと顔の緩みを何とか収めたウトゥアは、先ほどまで己がいた部屋がある方角を眺めながら、口を開いた。
小さな声で、ワクァ達と初めて会った日に歌った歌を紡ぎ出す。
糸が切れるにゃまだ早い
家を守るは邪気無き心
優しさ無くして明日は無し
守護のつるぎで危機に落ち
守護のつるぎに救われる
歌っているうちに、先ほどの王とワクァのやり取りを思い出したのだろう。その歌が終わる頃には、その顔は再び、和んだように緩んでいた。