ガラクタ道中拾い旅
第六話 証の子守唄
STEP3 真実を拾う
3
「うちの店の前で、怪しげな露店なんか開いてんじゃねぇよ! 迷惑だ!」
「大体、何だよ? 世の中が覆る? 物騒な事言ってんじゃねぇ!」
「あぁん? そんな事を言ってて良いのか? こちらにおわすお方は、天下の名占い師! 近い将来、宮廷占い師として城に召されるであろう、イサマ様だぞ! そのイサマ様が人々にありがたいお言葉を告げる場所に選ばれたんだ! 感謝しな!」
「今に、この程度の諍いは諍いとも思わなくなるであろう。近い……後継者を定められぬ愚鈍な王に、天罰が下る時が近いぞ!」
「何言ってんだ、このババア! 現国王陛下は、俺達民衆の事も考えた政治を行ってくれるようなお方だぞ! 愚鈍なわけがあるか!」
「そうよ! 最愛の王子様を亡くされて、十六年。悲しみを堪えて、私達の為に善政を敷き続けてきてくれた、立派なお方よ!」
通りで諍いが起こっている。片や、この通りで店を開いていると思わしき街の住人。そして、もう片方は。
「あっ……あーっ!!」
ヨシは思わず指を指し、大声をあげた。目の前には、忘れたくても忘れられない……と言うか、そもそもヘルブ街に戻ってくる原因となった二人の人物。過去ヨシに因縁をつけ、ワクァの過去を知っていたあの男。そして、インチキ占い師のイサマ。
相手も、ヨシに気付いたのだろう。サッと顔色を変えた。
「おっ……お前は、あのバトラス族の……」
男が最後まで言い切る事は無かった。ヨシが瞬時に飛び掛かり、首に巻いていたスカーフで思い切り引っ叩いたからだ。ちなみに、スカーフは振り上げる前に、その場に置かれていた水瓶に浸してある。
すぱん、と良い音がして、男はその場にひっくり返った。
いきなり飛び出してきた少女が、今まで騒ぎを起こしていた男をいきなり引っ叩き、しかもその男がひっくり返った上にその少女を恐れている様子を見せた。そんな様子に、その場は騒然とする。
悪目立ちする事も構わずに、ヨシは男の胸倉を引っ掴んだ。視線の片隅でイサマを睨み付けておく事も忘れない。これまでに散々痛い目に遭わされている恐怖からか、二人は抵抗する事無くすくみ上った。
「アンタ達……ワクァの何を知ってるの?」
いつになく低い声で、ヨシが問う。
「アンタ達二人とも、会った事も無いのにワクァの過去を知ってたわよね? 何で知っているのか、どこまで知っているのか……洗いざらい喋りなさい!」
その目は、今にも獲物を食い殺さんとしている獅子のようで。男の口からヒッという悲鳴が漏れた。
「あ……あいつが元々傭兵奴隷だったって事を知ってるのは、年に一、二度様子を見にタチジャコウ領まで行ってたからだ。何でかは知らねぇけど、あいつに何か変わった事は起きてないか観察するよう、言われて……」
「言われた? 誰に?」
「そ、それは……」
男が口ごもり、イサマが視線を逸らす。ヨシはため息をつき、その名を呟いた。
「宰相クーデル?」
「……!」
男とイサマの顔が引き攣った。長く考える必要も無い事だ。何せ、先日のインチキ占い騒動の時、この二人は宰相クーデルの別荘であるらしい館を根城にしていたのだから。
「やっぱり、そうなのね。……あぁ、そうか」
納得した表情をして、ヨシは再度男に問い掛けた。
「あの時……アンタが酒場で私に因縁をつけた時に一緒にいた男の人……今思えば、あれ、宰相クーデルよね? さっきお城で顔を見て、どこかで会ったような気がしたのよ」
「あっ……会ったのか、宰相様に!? あ……」
ヨシの言葉を肯定した事に気付き、男は顔を青くした。逆にヨシは、どんどん表情が無くなっていく。
ワクァの過去を知っていた男は、宰相クーデルと密談をしていた。この男がワクァの過去を知っていたのは、宰相クーデルの指示で時折ワクァの様子を見に行っていたかららしい。
つまり、宰相クーデルはワクァの存在と所在を知っていた事になる。
そして、あの地位なのだから、王妃とワクァがそっくりである事、即ち、ワクァが王と王妃の息子である可能性が高い事にも気付けたであろう事。王の右腕なのだから、十六年前に病死した王子は実は死亡が確認されていない事を知っていたであろう事。
クーデルの別荘に巣食っていたイサマと、クーデルと密談していたこの男。その別荘から発見された反乱の証拠になるらしい書類。
それらがヨシの脳内で猛スピードで組み合わさる。そして、あの日の会話をヨシに思い出させた。
「――の方はどうだった?」
「相変――ずですね。――て、――は辛酸を舐め――ですよ」
「そうだろうなぁ」
「それ――ても、何――すか、あの――って」
「お――知る必要――無い。あえて言――、――はいずれ良い道具と――。それだけだ」
ヨシが旅に出る前日。酒場で、この男とクーデルが交わしていた言葉。ひそひそ声で何を話しているかわからなかったが、今なら聞こえなかった言葉もはっきりと聞こえるようだ。
「タチジャコウ領の方はどうだった?」
「相変わらずですね。奴隷に厳しくて、例のガキは辛酸を舐めているようですよ」
「そうだろうなぁ」
「それにしても、何なんですか、あのワクァって」
「お前が知る必要は無い。あえて言えば、あの傭兵奴隷はいずれ良い道具となる。それだけだ」
ヨシは目をつぶり、大きく息を吸い、そして吐く。目を開いて男を強く睨み付け、確かめるように問い掛けた。
「宰相のクーデルは権力を握りたがっている。けど、今の王様はしっかり者だし善政を敷いているし、好き勝手をする事ができない。クーデルが権力を握るためには、王様が変わる以外に道は無い。……違う?」
「……」
男もイサマも、答えない。肯定されたと捉え、ヨシは言葉を続けた。
「一番手っ取り早いのは、自分のいう事を聞く王様を据える事。けど、誰を据えれば良い? 自分の血縁の女の子を王様にあてがって、生まれた子を後継ぎにしてもらえば、それが一番確実。けど、生まれてくる子が男の子とは限らないし、他にも同じ事を考える奴はたくさんいるから、競争率が高い。……と言うか、そもそも王様が王妃様以外の女の人を求める様子が無い」
ヨシ以外の沈黙は続く。街の人間達も、ただならぬ様子に息を呑んでヨシの話に耳を傾けている。
「なら、生まれたばかりの王子様を手懐けるか? ……上手くいくとは限らないわ。そもそも宰相じゃ、王子様の教育にはあんまり関われないと思うし。じゃあ、王子様を殺す? けど、王子様が死んだ後に誰を後継者にすれば良い? 王様に相応しい人が代わりに即位すれば結局権力は握れないし、相応しくない人であればそもそも後継者にも選ばれない」
男とイサマの顔色を見る限り、今のところ推測は外れていない。
「なら、もう反乱を起こして権力を奪取するしかない。……けど、反乱を起こすにしても旗頭がいる。その旗頭を誰にするか? 結局、さっきの誰を後継者にすれば権力を握れるか……の話に戻っちゃうわ」
辺りに、人の気配が増えていく。これはきっと、大ごとになってしまう。折角ワクァが辛いのを堪えたというのに、これではワクァが王子であるかもしれないという話が街の人達に伝わってしまう。けど、ヨシはもう我慢ができない。こいつらが好き勝手する事を、これ以上静観はしていられない。
「これらの問題を一気に解決できる方法が、一つ。王子様を手に入れちゃえば良いのよ。王子様の世話をする人や、王様、お后様が目を離した隙に物心がつかない歳の王子様を攫って……。今の王様なら、辛くても混乱を避けるために王子様が死亡したと発表する……と踏んだんでしょうね。そして王子様を隠し続け、頃合いを見て衆目に晒す。王子様は絶世の美女ともいえるお后様にそっくりだったんだもの。顔を見て納得する人も多いと思うわ」
そう、そっくりだった。誰もが息を呑むほどに。これで血が繋がっていないと言われても、誰が納得するだろう。
「けど、ただ王子様を隠しておくだけじゃ駄目。ちゃんとクーデルの言う事を聞くように教育しないと。……かと言って、ヘルブ街の屋敷でクーデル自身が養育したんじゃ、どこから話が漏れるかわからないわ。でも、地方で誰かに養育させるのも不安。任せた人が裏切るかもしれないし、王子様がいつ真実を知ってしまうかわかったものじゃないもの。じゃあもう、王子様を、地方の何も知らない人間に預けて、自分が王子だと知らないまま、それなりに教養も体力もあり、尚且つ卑屈で目上の人間に逆らえない人間になるように育てるしかない。……どうやって? ……一つだけ、方法があるわよね?」
「……」
男が、息を呑んだ。街の人間達も息を呑む。ヨシは心の中でワクァに謝り、覚悟を決めて言った。
「王子様を、傭兵奴隷として売る事。傭兵奴隷になれば、それなりに武術は身に付くし、教養も与えられる。主人に逆らえなくて、卑屈な人間に育ちやすい。……そうね、タチジャコウ領とか。あそこは奴隷に厳しい土地柄で、実際領主もその家族も、一人を除いて奴隷に冷たく当たってたし」
空気が冷たく凍り付いたようだと、ヨシは感じた。少しずつ、街の人々の間にざわめきが広がっていく。
「奴隷になった王子様の精神状態が限界に近くなったところで、クーデルはタチジャコウ領を訪れる。そして、王子様に言うのよ。あなたはこの国の王子だ。私はあなたを救いにきたんだ、って。王子様は、辛い立場から救い出してくれたクーデルに感謝するでしょうね。そして、クーデルに逆らえなくなり、傀儡政権が誕生する、と」
ここでヨシは、やっと男の胸倉を放した。男が、地面に倒れこむ。
「十六年前……クーデルが攫い出した王子様――ワクァを預けて、タチジャコウ領に売りに行かせた奴隷商人がアンタ。そこのイサマって占い師は、クーデルがやろうとしている事に反感を抱かせないよう、世間に出鱈目な話を吹き込んでおくために雇われた……ってところかしら。……違う?」
「なっ……何で……」
男が、声を絞り出すように呟いた。男が怯えるような目で見詰めるヨシの目は、今までになく冷たく静かで、それでいて突き刺すような怒気を含んでいる。
「何でお前、そんな……あの時、バトラス族である事をバラされた時でも、こんな……」
「こんなに怒らなかったのに、って? そうね……」
ヨシはまっすぐに男の目を見据えた。街の人達の視線は気にならない。どうせ、自分がバトラス族だという事は何ヶ月も前に知られてしまっている。それに、自分がバトラス族であっても気にせず接してくれる人間がいる事も知った。その人間は、今、恐らく人生で最も辛い時を過ごしている。目の前ですぐに掴む事ができる幸いを、掴む事ができないで。
「私はね……人や物を見る目は結構ある方だと思うの」
呟き、ヨシはたすき掛けにした鞄をぽんと叩いた。
「特に、これだ! ってピンときて買った物や、拾った物。縁を作った人はね。今まで、本当に何度も私の事を助けてくれた」
ヨシは、ちらりと路地裏に視線をやった。
「あの時ワクァと知り合ったお陰で、私は今まで悩んでいた事から解放されたの。バトラス族だからって決めつけないで接してもらって、自分は変じゃないって言ってもらって。気が楽になったの。……ワクァと出会えて本当に良かったって、あの時思ったのよ。……なのに今、その大事な縁が……私を助けてくれたワクァが、壊れそうになってる」
拳をギュッと握りしめる。
「今怒らなかったら、私はいつ怒るのよ!?」
ヨシの叫び声が、響き渡る。今度こそ、辺りは完全に、水を打ったように静まり返った。