ガラクタ道中拾い旅










第六話 証の子守唄












STEP3 真実を拾う

















実を言うと、旅の間……いや、旅に出る前から、ずっと夢想をしていた。

厳しくも強く優しい父と、心優しい母がいて。自分の帰りをずっと待っていてくれて。やっと自分に出会う事ができて、心の奥から、涙を流して喜んでくれて。

その瞬間を、一体何年の間、脳裏に描き続けてきた事だろう。

事実、想像していた通りだった。優しい両親で、自分の帰りをずっと待っていてくれて。涙こそ流さなかったが、本当に、気持ちを抑えきれないという様子だった。

だが、ただ一つだけ。想像とはかけ離れていた。そしてそのたった一つが、自分と両親の間に高い高い壁を生み出してしまった。

父親はこの国の王だった。母親はその后で、この国の王妃だった。

心は、間違い無く、この二人が己の両親であると告げている。だが、それと同時にこうも告げている。下手にそれを認めれば、多くの血が流れるかもしれない、と。



そしてワクァは、血が流れぬ選択肢を選んだ。



それは、今後、夢見た家族との生活を捨てる事になる。だが、自分一人の為に血が流れるような事態にしてはいけないと、思わずにはいられない。

これが自分の本質なのか。それとも、育った環境により、こうなってしまったのか。考えても、考えても、わからない。

わからないままに謁見を終え、恐らく、今後彼らに会う事は二度と無い。そう考えるだけで、本当にこれで良かったのかという声が胸の奥底から聞こえてくる気がする。それに耳を貸さないようにするのは、辛い。

なのに、あの歌が聞こえてきた。母が悲しみと寂しさを紛らわすために歌っている、あの歌。自分を何とか引き留めたいと訴えてくるようにも聞こえる、あの歌が。

駆け出さずにはいられなかった。一刻も早く、歌の聞こえない場所へ。

走って、走って。闇雲に走って、気付いた時には路地裏にいた。どこをどう曲がってここに来たのか、ここは街のどの辺りになるのか。まるでわからない。

追ってきたヨシと、何か言葉を交わしたような気がする。だが、口から飛び出す言葉は全て心から脳を通らずに口へ辿り着いたようで。己が何を言っているのかわからない。己が何を言ったのか、何も覚えていない。

やがて何かあったのか、ヨシはどこかへ行ってしまった。その後ろ姿を無言で見送る。どこかから、「自分は何をやっているんだ」と叱責する声が聞こえてくる。だが、動けない。

ヨシを追えない。たった一歩が踏み出せない。今、下手に歩き始めたら……途端に深い穴にでも落ちそうで、怖い。

何故だ。今まで自分は、もっと危険で不安定な道を歩んできたではないか。今は昔と違って、自由がある。体力勝負ではあるが、ギルドで金を稼ぐ方法も身に付けた。自分を受け入れてくれる民族のあてもある。なのに、何故こんなにも不安になるのか。

目標を失ったからか。そう言えば、この喪失感は、タチジャコウ家から暇を出された時とどこか似ている気がする。あの時とは、度合いが比べ物にならないが。

ずっと、両親を見付け出す事を最終目標として旅を続けてきた。それは達成された。共に暮らす事は無いという、最悪の結末を残して。

そしてこれからは、何を目標にすれば良いのかがわからない。自分が成したい事は無くなってしまった。これ以上、何をどうしたいという気持ちも、今は無い。あとは、流れに身を任せて生きていくしかないのだろうか。自分は、若い。この先まだ何十年と生きていくだろうに、その長い時間を川を流れる雑草のように過ごしていく事になるのだろうか。

最初の一歩を踏み出せば、否応無くその流される人生が始まってしまうような気がする。……嫌だ。できる事ならば、まだ夢を見ていたい。目標を持って、旅をして、何かを成すために懸命になって……。

「まふー」

マフの鳴き声が聞こえた気がする。……そうだ、一人では、今までの旅も辛いものだったかもしれない。ヨシとマフが一緒だったからこそ、辛さを感じなかった……という事もあるだろう。

そう言えば……先ほど、ヨシがどこかへ行ってしまった。一体、どこへ行ったのか。何が起こったのだろうか。確認したいが、そのためには、ここからまずは一歩、踏み出さなければいけない。

「まふっ!」

少しだけ、怒ったようなマフの鳴き声が聞こえて。それから足にトン、と軽い衝撃があった。

いつもなら、何という事は無い衝撃だ。だが、心が不安定になり足元も覚束ない今の状態では、ちょっとした衝撃だった。

ザッという足が地を踏み締める音が聞こえ、ワクァはハッとした。周りの視界が、音が、次第にクリアになっていく。足元を見れば、マフが不機嫌そうな顔をしてワクァの足にじゃれ付いている。そしてその足は、一歩だけ、前に踏み出されていた。

「……あ……」

思わず、呆気にとられた。一歩を踏み出すのはこんなにも簡単で。そして、一歩踏み出したぐらいで何が変わるわけでもなかった。

「は、はは……」

気の抜けた笑い声が、口から飛び出す。脱力したようにしゃがみ込み、マフの頭を撫でた。

「まふ?」

「済まない……もう大丈夫だ。……ありがとう、マフ」

「まふっ!」

誇らしげに、マフが鳴く。そう言えば、マフは親がいないのだった。そもそも、マフの親の仇とも言える連中を懲らしめたから、今マフが一緒にいるのであって。

「……一緒に暮らせない程度で嘆いていたら、駄目だな。俺の親は生きていたのだから」

呟き、マフの頭をわしわしと撫でる。

「次の目標が無いのであれば、それを探す事を目標にすれば良いんだよな。それに、今は絶望的でも……歩いていれば、何かが変わるかもしれない。ここで立ち止まっていたら、いつまで経っても、何も変わらない……」

「まふっ!」

そうだ、と言わんばかりに、マフが力強く鳴いた。頭を撫でるのを止め、ワクァはマフに問う。

「俺はこれから、目標を探す旅をしてみようと思う。……ついてきてくれるか、マフ?」

「まふっ!」

その返事は、勿論だという言葉を強く伝えてくる。ワクァは頷くと、すっくと立ち上がった。

「まずは、ヨシを探そう。……みっともないところを見せてしまったしな」

「まふー!」

ばつが悪そうに頭を掻き、ワクァは言う。それをからかうようにマフが鳴き、一人と一匹は表の通りを目指して歩き出す。

すると、通りに近付くにつれ、何やら騒がしくなってきた。……正確には、ざわめきは無い。ただ一人の声が語り続け、それによって聞いている人々の心がざわめいている……という気配だ。

そして、その語り続けているただ一人の声とは……どうやら、ヨシの声らしい。異常な気配に、ワクァとマフは思わず顔を見合わせた。

声は次第に、はっきりと聞こえるようになってくる。何やら、宰相のクーデターやら、王子の利用法やら、物騒な話をしていうようだ。しかも、話の端々に自分の名前や、タチジャコウ領という地名、傭兵奴隷という単語まで出てくる。

「! あいつは一体、何を話しているんだ……!?」

どう考えても自分にとってはよろしくない話に、ワクァは顔をしかめて駆け出そうとした。……が、次いで聞こえてくる声に、足を止めた。

「なっ……何で……」

絞り出すような、男の声が聞こえてくる。あの声は確か……あの男か。ウルハ族の集落を襲った、奴隷商人の一人。あのイカサマ占い師のイサマと組んでいた、怪しい男。

「何でお前、そんな……あの時、バトラス族である事をバラされた時でも、こんな……」

「こんなに怒らなかったのに、って? そうね……」

男の怯えたような声に、ヨシの声が続いた。

「私はね……人や物を見る目は結構ある方だと思うの」

通りと路地裏の境目が近付き、ヨシがたすき掛けにしている鞄をぽんと叩いているのが見えた。

「特に、これだ! ってピンときて買った物や、拾った物。縁を作った人はね。今まで、本当に何度も私の事を助けてくれた」

ヨシが、ちらりと路地裏に視線をやった。ワクァはヨシと目が合ったように感じたが、ヨシはワクァの存在に気付いているのか、いないのか……。

「あの時ワクァと知り合ったお陰で、私は今まで悩んでいた事から解放されたの。バトラス族だからって決めつけないで接してもらって、自分は変じゃないって言ってもらって。気が楽になったの。……ワクァと出会えて本当に良かったって、あの時思ったのよ。……なのに今、その大事な縁が……私を助けてくれたワクァが、壊れそうになってる」

ヨシの拳が、ギュッと握りしめられた。

「今怒らなかったら、私はいつ怒るのよ!?」

ヨシの叫び声が、響き渡る。辺りは完全に、水を打ったように静まり返った。





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