ガラクタ道中拾い旅
第五話 占者の館
STEP2 意外な気持ちを拾う
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店を出て通りに行ってみれば、そこには黒山の人だかりができていた。
「何よこれ。何事!?」
「もしはぐれたら、さっきの店で合流だ。良いな、ヨシ?」
そう言って、ワクァはズンズンと先に進んでいく。人ごみを掻きわけ、ある程度前に進んだところで背伸びをしてみる。すると人だかりの中心には、一人の人物が立っていた。
歳は五十代か……ひょっとしたら六十代だろうか。恰幅の良い女性で、紫がかった黒のローブを纏い、更にその上に同じ色のマントを羽織っている。マントのフードを被り、手には何とも形容し難い形状の杖を持っている。おとぎ話に登場する魔女にそっくりで、実際「この人は魔女だ」と言われたら信じてしまうかもしれない。
魔女のような女性は両手を高く掲げ、何かを口走っている。正直なところ良い予感はしないが、ワクァは耳をそばだててみた。
「破滅の時が迫っておるぞ! この町に、大いなる災いが降りかかろうとしておる!」
「ちょっと、何よあれ!? よく当たる占い師がいるって話じゃなかったの?」
困惑した顔でヨシが囁いた。すると、近くにいた町の人間がやはり困惑した顔で言う。
「いや、それがさ……あの婆さん、さっきまでは確かにあの道端で路上占いみたいな事をやってたんだよ。それが、人が増え始めた頃急に道の真ん中に踊り出して、それからはずっとあの調子さ」
そう言って肩をすくめる男を一瞥した後、ワクァ達は再び女性を見た。女性はひとしきりわめいた後、急に辺りをきょろきょろと見渡し始めた。
「そこのお前!」
そう叫び、女性は皺の目立つ指で一人の男を指した。
「おっ……俺!?」
指差された男は動揺し、思わず手に持っていた紙袋を取り落とした。その拍子に、紙袋からは僅かではあるが何かの粉がこぼれ出た。小麦粉だろうか。
女性は男にツツツ……と近寄ると、鼻面を押しつけんばかりにまじまじと男の顔を見た。不気味さのあまり男が後ずさると、女性はニヤリと笑って言う。
「お前の家に、具合の悪い者がいるようじゃの」
「!? どっ……どうしてそれを!?」
慌てて落とした袋を拾いながら、男が言う。すると、女性はニヤニヤしながら言った。
「何。ワシにかかれば、こんな事を当てるくらい朝飯前じゃよ。あぁ、それとな。病人がいるのであればより一層気を付けた方が良いぞ。何しろ、もうすぐ災いが降りかかるんじゃ。体が弱っている病人なんぞ、ころりと死んでしまうかもしれんからなぁ」
そう言ってヒェッヒェッヒェッと笑う様は、本当に魔女のようだ。そんな魔女の笑いに、男の顔は一瞬のうちに青ざめた。
「どういう事だ!? 婆さんの言う災いってのは、疫病か何かなのか!?」
「さてねぇ」
魔女は相変わらずヒェッヒェッヒェッと笑っている。その余裕を失わない様と、先ほど男の家に病人がいる事を当てたという事実に不安が生まれたのだろう。見物人の間に、先ほどまでとは異質のざわめきが生まれた。
「なぁ、どう思う?」
「本当に何か悪い事が起こるのか?」
「どうしよう……うちの母さん、最近調子悪そうなんだけど……」
不安げな声が次第に町中に拡がっていく。
「まずいな……」
ウトゥアが、ぼそりと呟いた。その呟きに、ワクァ達はウトゥアを見る。
「すぐにこの町を出た方が良い。じゃないと……」
「町を閉鎖しろ! 外から来た奴を入れるな! 病気を持ち込むかもしれないぞ!」
「外に出るのも駄目だ! 何が災いの切っ掛けになるか、わかったもんじゃねぇぞ!」
「現状を維持するんだ!」
ウトゥアの言葉が終わらないうちに、一部の人間達が騒ぎ始めた。騒ぎは爆発的に拡がっていき、門を閉ざせと役人に詰め寄る者が出始める。そして遂には役人の制止を振り切って勝手に門を閉じる者が出た。役人もその剣幕に負けたのか、力ずくで再び門を開けようとはしない。
「遅かったか……」
苦り切った顔をして、ウトゥアが言った。騒ぎは町全体に拡がっていき、逆に中心地であった通りは次第に落ち着きを取り戻し始めた。人の波が退き始めた路上で、魔女のような女性は言う。
「何か心配事があれば、ワシの処へ来るが良い。ワシの名はイサマ。北の町外れにある館に住んでおる」
そう言い残し、イサマは何処かへ歩いていってしまった。北の町外れにあるらしい館に帰るのかもしれない。
人影がまばらになり、いつも通りの風景が戻ってくるとウトゥアは無言のままスッと移動した。そしてある個所でしゃがみ込むと、道に零れ落ちた粉に視線を向ける。先ほど男が動揺して落とした袋からこぼれ出た粉だ。それを指ですくい取り、舌先で嘗めてみる。
「ふむ……」
短く唸って、今度は辺りを見渡した。道の両端には、何と言う事もない商店が立ち並んでいる。青物屋、肉屋、薬屋、パン屋に鍛冶屋。宿屋の看板も見える。
ぐるりと一通り見渡してから、ウトゥアは彼女の様子を見守っていたワクァ達に言った。
「とりあえず、宿を取ろうか。この様子だと暫く町からは出られそうにない。今この町に旅人がどれぐらいいるかはわからないけど、部屋は早めに確保しておいた方が良い」
その言葉に賛成し、ワクァ達は宿へと足を向けた。いつの間にか四人で行動する事が当たり前になってしまっている事に若干の疑問を感じつつ。