ガラクタ道中拾い旅
第五話 占者の館
STEP1 占い師を拾う
2
我が道を行く無茶苦茶な人間、というのは、ヨシのような人間の事をいうのだろうとワクァは常々思っていた。だが、現在食堂でテーブルを挟んで正面に座っている女性――ウトゥアは更にその上をいくのではないだろうかと、認識を改めつつある。
「ウトゥアさんって宮廷占い師なのよね? それが何で旅なんかしてるの? って言うか、さすらいの宮廷占い師って職業的にアリなの?」
ワクァの横に座るヨシがウトゥアに問うと、ウトゥアは面白そうに言う。
「うーん……本当は駄目だよね。宮廷占い師っていうのは王様に気になる事ができたらすぐに占わなきゃいけないし、国にとって悪い事が起こりそうならすぐに王様に報告しなきゃいけないし。城を出て王様から離れるなんて以ての外だと思うよ?」
「なら、何故……」
「占いで、とりあえず暫くは国に災禍は無いって出たから。じゃあ別に離れても平気かなーって」
あっけらかんと言い放つウトゥアの様子に、ワクァは国の将来に危機感を禁じ得ない。こんな人物が宮廷占い師を務めていて、大丈夫なのだろうか。
そんなワクァの思案を他所に、ウトゥアは手元のスープ皿をスプーンでかき混ぜながら楽しそうに言った。
「さて、私の歌。あれは一体何なんだ、って質問だったよね? 見たトコ、ワクァちゃんだけじゃなくてヨシちゃんやリィのおじさんも気になってるみたいだけど」
「ちょっと待って下さい。俺は……」
「男だ、でしょ? わかってるよ。私は自分より年下の人間は性別に関係無くちゃん付けで呼んでるんだ。だから気にしないで。うん」
「……」
ワクァの抗議をものともせずに受け流すと、ウトゥアはスプーンを弄りながら言う。
「さて、私が宮廷占い師だって事はもう理解してくれたよね?」
「……多分」
「今までの一連の流れで貴女が宮廷占い師だと納得できる要素が何一つ見当たらないんですが、俺の気のせいですか?」
「悪いが、私も信じられん」
「理解してくれないと話が進まないから、とりあえず理解してくれたって事にして訊くんだけど」
曖昧な肯定一、否定二の反応をやはり受け流し、ウトゥアは言葉を続けた。
「あの歌は神託みたいなものだって言って、信じる?」
「……は?」
一斉に首を傾げる一同に、ウトゥアは苦笑した。
「あー、やっぱいきなり言っても何の事だかわからないか。何て言うのかな……占いの結果の出し方は知っているかな?」
「……絵解きのような物だと聞いた事があります。例えばカード占いであれば、引き当てたカードの持つ意味と占い対象が置かれている状況を掛け合わせて答を導き出す。コイン占いであればコインの裏表と枚数によってそれぞれに意味があり、やはりそれに状況を掛け合わせて答を出す、と」
「ある国では、動物の骨に火で熱した鉄棒をもってひびを入れ、そのひびの形を文字に見立てて結果を出すという話も聞いた事があるな」
ウトゥアの問いに、ワクァとリィが素早く答えた。流石に元傭兵奴隷と現役執事であるだけに、知識の量は乏しくない。二人の答が及第点だったのか、ウトゥアは軽く頷いて見せた。
「そう。因みに私の占いは、音を聞いて答を出すんだ。風の強弱、水の緩急、小石の転がるリズム、人の声の子音と母音、この世に存在する全ての音が、私に言葉を教えてくれる」
「言葉?」
再度首を傾げたヨシに、ウトゥアは「そう!」と力強く頷いた。
「それは例えば〝可〟あるいは〝否〟みたいに物事の善し悪しだけの時もあれば、〝行け〟〝戻れ〟というような命令系の言葉の時もある。地名や人名を具体的に教えてくれる時もあるよ」
「何かワクァみたいね。ほら、ワクァもよくリラに向かって「行くぞ」とか「頼むぞ」とか言ってるし」
そう言いながら、ヨシはワクァが腰に帯びたリラに目を遣った。その視線でリラが剣である事を悟ったらしいウトゥアは苦笑する。
「私は自分から話しかけたりはしないけどね。まぁ、とにかく色々な音が私に言葉を教えてくれるんだけど、それだけだと情報が多過ぎる。だから私は、音から得た言葉を私なりにまとめて詩にして、ついでに曲も付ける。これがあの歌の正体だよ」
何故曲を付ける。そんな言葉がワクァの喉から出かかったが、辛うじて止めた。そこで、ヨシが納得したように言う。
「なるほどね~。言われてみれば、あの歌もどことなく予言っぽかったわよね。しかも、当たってたし」
そう、確かに当たってはいた。聖騎士だの聖女だのという言葉は占い特有の大袈裟な比喩として見る事ができるし、ピンチを救ってくれるという意味ではあながち間違いでもないかもしれない。そしてワクァは歌の通りに白銀色の剣で戦い、ヨシは戦闘中に宙を舞うように跳躍している。
「宮廷占い師の名は伊達ではない、という事か……」
ヨシの言葉に、リィが渋面を作りつつも呟いた。そこで、ヨシは何かが脳裏に引っかかったような気がした。
「……ちょっと待ってよ? 宮廷占い師?」
考え始めて眉根を寄せるヨシの様子に、ワクァ達は首を傾げた。そんな彼らの視線が集まる中、ヨシはぐるんと首を回しつつ「う~ん」と唸った。そして、首が丁度一回転した時だ。
「あ」
何かに思い当たったのか、ヨシは声をあげた。
「ひょっとしてウトゥアさんって……例の宮廷占い師? ヘルブ街で王様があのおかしなお触れを出す原因になった占いをしたって言う」
「よく知ってるね。ひょっとしてヨシちゃん、ヘルブ街出身?」
特に隠すでもなく、ウトゥアは肯定して見せた。すると、ワクァとリィからの好奇の視線が強くなる。勿論、ヨシの瞳も面白い玩具を見付けた子どものそれのようにキラキラと輝き始めている。そんな視線がくすぐったいのか、ウトゥアはくすくすと笑いながら言う。
「確かに、あの占いをしたのは私だよ。あの日の朝、王様が言ったんだ。王子様がいなくなった日の夢を見たってね。それで不安になったんだろう。その日のうちに私に言ったんだ。国の行く末を占ってくれ、ってね」
言いながら、ウトゥアは何かを思い出そうとする仕草をした。そして少しだけ沈黙した後、思い出したのか口を開いて歌い出す。
国の安泰得たいなら
旅に出るのが一番だ
ヘルブの民が拾った宝
それに出逢えりゃ片が付く
「それが……王様の前で歌った占い?」
ヨシの問いに、ウトゥアは微笑んで頷いた。
「陛下の御前ですらそのような珍妙な歌を歌うとは……よく無礼討ちされなかったものだ……」
呆れ返った様子でリィが言う。すると、ウトゥアはコロコロと笑って見せた。
「陛下はとても優しいお方だからね。もし陛下が怖くて融通の利かない人だったら、もうちょっとは空気を読むよ。って言うか、そんな人が陛下だったらそもそもお城勤めなんて放棄してるね。宮廷占い師の名誉を返上して隠遁生活を満喫するか、路上占い師として道行くワクァちゃんやリィのおじさんみたいな真面目な人をからかって楽しんでるよ」
「……」
ウトゥアの言葉に、ワクァとリィは思わず顔を見合わせた。そしてそのまま渋面を作り、ハァと溜息をつく。そんな態度はお構い無しとでも言うように、ウトゥアは目の前のスープ皿を持ち上げ、中のスープを一気に飲み干した。行儀の悪いその様にリィが顔をしかめたが、勿論それもお構い無しだ。そして空になった皿をテーブルに置くと、ウトゥアは三人の顔を見渡した。
「さて、説明はこれで終わりだけど……他に何か質問はある?」
「はいはーい!」
ウトゥアの言葉に、ヨシが元気良く挙手をした。
「はい、ヨシちゃん!」
「その占いって、どこでもできるような物なの?」
ヨシが問うと、ウトゥアは「勿論!」と力強く言った。
「音はどこにでも必ずある物だからね。音の種類は問わないし、こういう騒がしい食堂の中でもできるよ」
そう言ってから、ウトゥアは「そうだ!」と顔を輝かせた。
「今この場で、占ってあげようか? あんな形で知り合ったのも何かの縁だし、お代は要らないからさ」
そう言って、ウトゥアは再び三人の顔をぐるりと見渡した。
「それは……占う内容は何でも良いのか?」
リィが問うた。
「勿論。娘さんの結婚の吉凶、生まれてくる孫の性別判断、金運、仕事運、健康運。何でも訊いてよ。宮廷占い師の名にかけて、どんな事でもピタリと言い当てて見せるからさ」
ウトゥアは胸を張って言い切った。凄い自信だ。若いとは言え、伊達に権謀渦巻いているかもしれない城中で大臣達と渡り合ってはいない。寧ろ、こんな性格だからこそ渡り合えているのかもしれないが。
「では……タチジャコウ家の未来を占ってはくれんか? タチジャコウ家は今後繁栄するのか、旦那様やイチオ様、ニナン様は、ご健勝であり続けるのか……」
「……」
久々に聞くタチジャコウ家の人間の名前に、ワクァはドキリとした。暇を出されたとはいえ、昔の主家だ。気にならないと言ったら嘘になる。
そんなワクァの様子など気にする事も無く、ウトゥアは「ふむ……」と唸ると目を閉じ、耳を澄ました。音から言葉を得る為だ。
やがてウトゥアは目を開き、スゥと息を吸った。そして、教えられた言葉を伝える為、珍妙な歌を紡ぎ出す。
糸が切れるにゃまだ早い
家を守るは邪気無き心
優しさ無くして明日は無し
守護のつるぎで危機に落ち
守護のつるぎに救われる
「これは……どういう意味だ?」
さっぱりわからないとでも言いたげに、リィが肩をすくめた。
「さぁね。ただ、これだけは言える。タチジャコウ家には今後危機が訪れる。〝切れる〟という言葉から察するに、家の存続だか誰かの命だかに関わるような危機だ。けど、それは回避できるみたいだね。危機に落ちる原因になった物に助けられるらしいってトコが皮肉だけどさ」
そう言って、ウトゥアは苦笑した。対照的に、リィとワクァは顔が青ざめている。
「タチジャコウ家に……旦那様達に何が起こると言うのだ!?」
「ニナン……いえ、若は? 大丈夫なんですか!?」
詰め寄る二人に、ウトゥアは呆れた顔をした。
「危機は回避できるって言ってるだろう? 心配性だなぁ」
手をヒラヒラと振りながら、ウトゥアはワクァ達の目を見据えた。
「それよりもさ、君は良いの? ワクァちゃん。ヨシちゃんも。二人とも若いんだからさ、気になる事、悩んでる事、たくさんあるでしょ?」
言われて、ワクァとヨシは顔を見合わせた。
「俺は……特には無いです」
「あ、じゃあマフがちゃんと大きくなるか占って」
「まふっ!」
二人と一匹の言葉に、ウトゥアはまたも苦笑した。そして、おもむろに口を開くと前フリ無しに歌い出す。
父の声
母の顔
相まみえるのはいつの日か
雄々しき民
常なる人
我が行く道はいずこにか
小さき若芽はいずれには
頼れる大樹に姿を変える
「……」
ウトゥアの歌に、ワクァとヨシは黙り込んだ。そんな二人に、ウトゥアは言う。
「二人とも。宮廷占い師に隠し事なんて、百年早いよ。あ、最後の樹のくだりはマフちゃんの分ね。ちゃんと大きくなるみたいだね」
「まっふぅ!」
ヨシの膝の上で、マフが嬉しそうに前足を振る。その姿に和む事無く、ワクァとヨシは黙り込んだ。その様子を意地が悪そうな顔で眺めながらウトゥアは言った。
「悩みや迷っている事を抱え込んじゃ駄目だよ。自分一人で解決できる事ってのは、存外少ないからね。相談できる人がいるのなら、ちゃんと話した方が良い。タイミングを逃して手遅れになる前にね」
言いながら、ウトゥアはリィの顔を見る。
「ほら。今なら私だけじゃなくて、人生経験豊富なリィのおじさんもいる。君達が助言を得るにはこれ以上無い機会だと思うけどな」
「……」
ワクァとヨシは、再び顔を見合わせた。ウトゥアは、二人の声を待つように黙って笑っている。リィは「勝手に巻き込むな」と言わんばかりにウトゥアを見ているが、流石にそれを大っぴらに出すほど若くはない。賑やかな食堂の中、この一画だけが時が止まってしまったかのように静まり返った。
「……人を、探しています」
ワクァの声が、沈黙を破った。
「ワクァ、良いの?」
怪訝な顔をしてヨシがワクァを見る。今までの旅から、ワクァが極力人に頼りたがらないという事を知っている。そのワクァが自分よりも先に口を開いたのが意外なのだろう。
「……確かに、自分の力だけで探す事ができれば良いと思っていた。だが、意地や見栄を張って情報を逃すわけにはいかないだろう。それに、どうせリオンさんやショホンさん、トゥモ達や……ヨシ、お前と会った事でいくつ助けられたかわからないんだ。今更助けの一つや二つを拒んだところで何にもならない」
「……そうね」
頷き、ヨシはワクァと共に顔をウトゥアに向けた。
「探しているのは四十半ばぐらいの男です。体格は良く、俺より頭一つ分は大きいと思います。肌の色は浅黒く、まるで芝生のように髪を短くしていました」
「そいつが、今までに会った事もないのにワクァの素性を一発で当てたのよ。奴隷商人の仲間みたいだし、胡散臭い事この上無いわ。こいつを捕まえて洗いざらい吐かせれば、ワクァの両親の手掛かりが掴めるかもしれないと思うのよ」
「成程ね」
「芝生頭か……」
ワクァとヨシの言葉に、ウトゥアとリィは腕を組んで考え込んだ。そしてウトゥアは、腕を解くと言う。
「とりあえず、その男の行き先を占ってみようか。男の素性を洗うには情報が少な過ぎるからね」
そう言って、ウトゥアは目を閉じようとした。その時だ。
「おい、本当かよ?」
「本当だって! 本当によく当たるんだよ、その占い師!」
食堂内に響き渡る大きな声に、一同は思わず振り返った。見れば、町人と思わしき青年が二人、こちらに向かって走ってくる。
「……ウトゥアさん、前にこの町で何かやった事あるの?」
「おかしいな。私がこの町に来たのは今回が初めての筈だよ? それに、あの二人も初めて見る顔だし……」
ウトゥアが困惑していると、青年達はウトゥアには目もくれず、一目散に出入り口の方へと走っていく。唖然として見ていると、どうやら他の客も青年達の会話に興味を持ったようだ。何人もの人間が支払いを済ませ、ぞろぞろと店を出ていく様子が見えた。
「どうやら、この町には今、私以外にも占い師がいるみたいだね」
そう言いながら、ウトゥアは立ち上がった。
「どこへ?」
ワクァが問うと、ウトゥアはにっこりと笑って出入り口を指差した。
「何。そのよく当たる占い師ってのがどういう人か確かめたいだけだよ。あ、ワクァちゃん達も来る?」
そう言って、ウトゥアは支払いを済ませるとさっさと店の外へと出て行ってしまった。ワクァとヨシ、それにマフも慌ててそれに続く。リィは暫く迷っていたが、知り合いもいない町で一人残される事に不安を覚えたのだろう。手早く荷物をまとめると、やはり三人の後を追って店を出た。