ガラクタ道中拾い旅
第五話 占者の館
STEP2 意外な気持ちを拾う
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「それで……これからどうする?」
宿屋に続きで二部屋を確保してから、ウトゥアはロビーで問い掛けた。その問いに、ワクァは少しだけ考えてから答える。
「とりあえず長期滞在する事になりそうですし……俺はギルドで仕事が無いか探してみます。宿代ぐらいは稼いでおいた方が良いでしょうし」
「私も。丁度そろそろ旅費を稼がなきゃな~って時期だったしね。役所に行って、適当な日雇い仕事が無いか探してくるわ。ついでに、いつになったら出発できそうかの情報も集めておくわね」
そう。いつもであれば同じ街に二日といない二人と一匹だが、十回に一回くらいの割合で長期滞在をする事がある。それというのも、たまに長期滞在をして働いておかないと旅の資金が困窮してしまうからだ。
大きな街であればヨシは役所に申請して日雇い仕事に精を出し、仕事が無ければ手伝いと称してワクァに付いていく。ワクァは旅を始めた頃最初に訪れた街でギルドへの登録を済ませている為、ギルドのある町であれば大なり小なり仕事を得る事ができる。勿論、仕事内容を選ばなければ、の話だが。
それを、足止めされて出る事ができないので、丁度良いからこの町でやってしまおう、という事だ。
二人の言葉に、ウトゥアは頷いた。そして、自身も言う。
「私も、路上占い師でもしながら情報集めをしてみるよ。今のこの町の状況なら、占い師ってだけで話をしてくれる人もいるだろうしね。そんなワケで、リィのおじさん。留守番よろしく」
いきなり話を振られて、リィは目を白黒させた。どうやら、彼も役所で事務系の仕事でも探すつもりでいたらしい。
「ほら。皆バラバラに行動すると、いざって時に困るじゃない? 情報を共有したいのに誰も見付からなくて町中をウロウロするなんて時間の無駄だしさ。拠点になる人が一人くらいいた方が良いよ、絶対に」
言われて、リィは黙り込んだ。時間的効率の話をされると考えざるを得ない、執事の性格を逆手に取っていると言えなくもない。
「よし。そうと決まったら、まずはとりあえず部屋割を決めようか」
「? 普通に大人組と青春組で良いんじゃないの?」
ヨシが不思議そうに言うと、ウトゥアは呆れた顔をした。
「駄目駄目。ヨシちゃんは女の子で、ワクァちゃんは男の子でしょ? いくらワクァちゃんが女の子みたいな顔してて、今まで同室でも何も無くて、実際ワクァちゃんがヨシちゃんを女の子として意識してなかったとしても、やっぱりその辺はちゃんとしておくべきだと思うよ。そりゃ、一部屋しか取れなかった時は仕方ないと思うけどさ」
ウトゥアのその言に、ヨシもワクァも複雑そうな顔をした。そんな二人の顔を面白そうに眺めてから、ウトゥアはにこやかに言う。
「そんなワケで、男は男、女は女で別れるって事で。ワクァちゃんはリィのおじさんと。ヨシちゃんは私と同室ね。で、マフちゃんはどっちの部屋に行く?」
どうやら、部屋割を決めるというのはマフだけに向けられた言葉であったようだ。マフは暫くヨシとワクァを見比べて迷っていたが、やがてワクァの方にまふまふと近付いてきた。
「あぁ、マフちゃんは男組に行くんだね?」
「そう言えばマフ、男の子だったわね……」
「まっふぅ!」
強く頷きながら、マフはワクァの肩まで一気に登っていく。そんなマフを眺めた後、ワクァは同室となったリィを恐る恐る見た。基本的に、ワクァにはタチジャコウ家で仕えた時の記憶で良い物は無い。しかもリィは、タチジャコウ家ではある意味上司だった人間だ。そんな人間といつ終わるかわからない期間同室だなんて、拷問ではなかろうか。今自分の運勢を占ったら、恐らく「凶」と出る事だろう。
助けを求めるようにヨシの方を見てみれば、女性陣は既に荷物と鍵を手に持ち、自分達の部屋へと入っていこうとしている。
「おい、ヨシ……」
「じゃ、こっちは女子会を思う存分楽しむから、そっちはそっちで仲良くね~」
ワクァが呼び止める前にウトゥアが楽しそうに言い、二人は部屋の中に入っていってしまった。バタンという扉の閉まる音が、辺りに空しく響き渡る。
「……では……私達も部屋に入るか……?」
「……はい……」
やはり気まずいのかリィがぎこちなく言えば、ワクァはワクァで消え入りそうな声で返事をする。はっきり言って、トラウマを刺激されまくりで泣きそうだ。実際に泣きはしないが。
部屋に入り、扉を閉め、部屋の中を見渡した。窓際の日当たりの良いベッドはリィに譲り、ワクァは扉に近いベッドに自分の荷物とマフを下ろす。リィも、自分が使用する事になるベッドに荷物を下ろした。
そこで二人とも特にやる事が無くなってしまい、気まずい沈黙が訪れる。
「……」
「……」
やがて、先に沈黙に耐え切れなくなったらしいリィが口を開く。
「……傷は、もう良いのか?」
「え? えぇ……」
ニナンを庇い刺された時の傷の事だろう。もう何ヶ月も前の事だ。多少の痕は残ったが、言われるまで忘れていたほどだ。とっくに完治している。
「ニナン様が心配しておられたぞ。あの傷で旅をしても平気なのか、とな。完治しているのなら、良い。それに心なしか……タチジャコウ家にいた時よりも顔色が良いようにも見える。……帰ったら、ニナン様に報告せねばなるまいな」
「あの、若……いえ、ニナン……様は、お元気なんでしょうか?」
おずおずとワクァが問うと、リィはゆっくりと首を縦に振った。
「お前がいなくなった後、暫くはお元気が無い様子で心配もしたがな。最近では勉強に加えて剣術の稽古も受けるようになり、すっかりお元気になられた」
「そうですか……」
「……」
ホッと胸を撫で下ろすワクァを見て、リィは暫く何事かを考えた。そして口を開くと、驚くほどに穏やかな声で言う。
「意外に思うだろうが……正直なところ、お前が以前よりも元気にやっている様子を見て、安心した」
「え?」
予想外の言葉に、ワクァは目を見開いた。そんなワクァに、リィは言葉を続ける。
「信じられないかもしれないが、私は別にお前を嫌ってはいなかったつもりだ。旦那様やイチオ様を恐れて、必要以上に関わらないようにはしていたがな」
「ですが、俺はタチジャコウ家の傭兵奴隷で……タチジャコウ領では……」
困惑してワクァが言いかけると、それを遮るようにリィが頷いた。
「そう。確かにタチジャコウ領は奴隷に対する風当たりが強い地域だ。それは、タチジャコウ家の当主である旦那様が奴隷に対して厳しいお方だからだろう。だが、知っての通り私はタチジャコウ領で育ったわけではない。私の生まれ育った地域では、奴隷への風当たりは強くはなかった。寧ろ、暖かかったと言えるかもしれん」
だから、奴隷イコール蔑むべき存在だとは思えなかったのだと言う。
「それに、私は執事だぞ。使用人を統括し、家の中が上手く回るよう指示を出す立場だ。多少の私情は入るかもしれんが、それでも身分だけで人間を評価する事は許されない立場だと思っているのでな」
例え奴隷でも、能力のある人間は重用した方が家の中が上手くいく。逆に正規の使用人であっても、能力が無ければいるだけ無駄なので解雇する、というのがリィの方針なのだそうだ。ただ、それでもタチジャコウ家に仕える以上は奴隷に厳しく当らなければいけなかったというのはあるのだろう。それでなくてもワクァはただの奴隷ではなく、傭兵奴隷だった。傭兵奴隷は育成に非常に手間暇と金がかかる為、どうしても他の奴隷よりも高い能力を求められがちだ。それに傭兵奴隷という存在は、主人につき従い戦うという役割上、衣服や食事が多少優遇されている面がある。その為に、その苛酷さを知らない奴隷達からは妬まれ疎外され易い。ワクァはタチジャコウ領では冷遇されていたという事。これはもう、巡り合わせが悪かったとしか言いようがない。
それだけ言われても、やはり十五年以上の時をかけて築かれたトラウマはそうそう簡単には払拭できない。ワクァが困惑した顔をしていると、リィは言う。
「とりあえず。嫌かもしれんが、たまにはタチジャコウ領の近くまで来い。その時あのヨシという娘から、私宛てに手紙を出してもらうと良い。そうすれば、半日ぐらいなら散歩と称してニナン様をお連れする事もできるからな」
リィの申し出に、ワクァはついに目を丸くした。
「どうして……」
ただそれだけの言葉をやっと絞り出したワクァに、リィは少しだけ済まなそうに言う。
「身分だけで評価したりはしないと言っただろう? タチジャコウ家に仕えている間、お前は本当によくやってくれていたと私は思っている。何度も身を張って旦那様達を助け、ニナン様のお守りもしてくれていただろう? 雑用で手が足りていない時に無言で手を貸していたという事も知っている」
「……」
リィの言葉を、ワクァはただ黙って聞き続ける。
「それぐらい、傭兵奴隷ならばやって当然と思うかもしれん。確かに、そうだ。だが、やれて当然の事すらできない奴が多くいるのも確かだ。なら、やれて当然の事をやってくれる人間をちゃんと評価したいと考えるのは使用人を統括する者としては至極当然の事だと思うが?」
そこまで言ってから、リィは一度大きく息を吸った。そして、少しだけ迷ったような顔をしてから言う。
「私はな、何度かお前を正規の警備兵として雇うよう、旦那様に進言しようと考えた事がある」
「!?」
ワクァの目が、更に見開かれた。生まれてこの方、これより大きく目を開いた事は無いのではないだろうか。
「だが、さっきも言ったがタチジャコウ領は奴隷への風当たりが厳しい町だ。それに、奴隷だった者が正規に雇い入れられた場合、ひょっとしたら更に周りの者達からの風当たりが強くなるのではないかと思った。だから、結局それを旦那様に言う事はできないままだった。なら、それ以外の事で報いてやる事はできないか……その機会が、今巡ってきたというだけだ」
「だけって……」
信じられないとでも言うように、ワクァは力無く呟いた。すると、リィは優しい声音で言った。
「あんな環境だったんだ。お前が、ニナン様以外の全ての人間に嫌われていると思い込んでいても仕方が無い。だがな、中には周りから疎外される事を恐れていただけで、特に嫌っているわけではない人間もいたんだ」
「けど、それでも俺は……」
ワクァの声が、少しだけ震えた。それに、リィは渋面を作って頷いて見せる。
「……そうだな。嫌っていない人間がいたとしても、味方をしてくれる人間がいなければ一人でいる事となんら変わりは無いな。……十五年以上も、よく一人で頑張った」
「……!」
最後の一言で、ワクァは遂に言葉が出なくなった。タチジャコウ家に仕えていた間はかけられる事がなかった言葉。ヨシと旅をするようになってからも言われた事の無い言葉。「頑張った」の一言がここまで胸に響くとは思いもよらなかった。
その言葉を何度も心の奥で反芻していると、次第に目頭が熱くなってくる。
「まふ?」
マフが、心配そうな顔をして寄ってきた。
「……大丈夫だ、マフ。……大丈夫だ」
やっとそれだけ言うと、ワクァはマフを抱き上げた。マフの重みが、少しずつ思考を現実に戻してくれる気がする。その様子を見ながら、リィは少しだけ声音を厳しくして言った。
「感傷的になって良いのは、今だけだ。夕食の時間までには、落ち着いておくんだぞ。他の二人を心配させない為にもな」
「……はい……」
頷くと、ワクァはマフの頭を撫でながらベッドに座り込んだ。部屋の中に再び沈黙が満ち、リィも所在なさげに窓の外を見る。陽は傾き始めている。夕暮れの中、本日最後のかき入れ時と言わんばかりの売り子の声が聞こえてきた。