ガラクタ道中拾い旅










第三話 親友のいる村











STEP4 友情を拾う











「良いかい、トゥモ。男の子同士、ワクァくんと仲良くするんだよ! ワクァくんは、大人しく寝ている事! 無理したら、またぶっ倒れるよ」

そう言って畑仕事に出かけるというトゥモの母に、トゥモとワクァは神妙に「はい」と答えるしかできなかった。ヨシが割りと素直に誤解を解きに行ってくれたお陰で彼女の中でのワクァの性別はとりあえず男に訂正してもらえた。だが、扱いは特に変わらない。ワクァはてっきり扱いが多少荒くなるものだと思っていたのだが、彼女曰く「病人に男も女も無い」そうだ。

ヨシは、暇だからという理由で畑仕事を手伝う事にしたらしい。マフを伴って、さっさとトゥモの母に付いて行ってしまった。もっとも、元気を持て余している彼女の事だから、家で大人しく留守番なんてしているはずが無い。そう考えれば、大人の目がある中で畑仕事をしていてくれた方が問題も起こさずに済むし、よっぽど建設的だ。

そんな訳で、現在この家の中にはトゥモとワクァの二人だけである。ワクァは別にそれで構わないのだが、如何せん、トゥモがそわそわしている。どうやら、前日に感じたワクァは雰囲気が硬くてとっつき辛いというイメージがまだ完全には払拭できていないらしい。だが、それでも重い空気の中で沈黙し続けているよりは当たって砕けようとでも思ったのだろう。思い出したように、トゥモは慌てて言った。

「あ、そうだ! 母ちゃんに、ワクァさんの服を洗濯しておいたから渡しておくように言われてたんスよ! ほら!」

そう言って、トゥモは綺麗に折りたたまれたワクァの服を差し出した。泥は綺麗に落ちているし、よく見ればほころんだ箇所は丁寧に繕われている。あの豪快そうな女性がこんな繊細な仕事もできるのかと思うと、ワクァは思わず感心した。衣服を受け取りながら、トゥモに言う。

「済まない……トゥモの母さんには、世話になりっ放しだな」

言われて、トゥモは少し照れながら言った。

「そんな事…………ワクァさん」

「? 何だ?」

照れ笑いの表情をフッと引き締めたトゥモの様子を不思議に思いながら、ワクァは聞き返した。トゥモは、おずおずと問う。

「ワクァさんの親は……どういう人なんスか?」

「何……?」

思いがけない問いに、ワクァの言葉が詰まった。トゥモは、質問を補足するように言う。

「眠っている間、ワクァさん、何度も言ってたっスよ……「父さん、母さん」って。ワクァさんみたいに冷静で、何でも一人でできそうな人があんな風に……頼るように呼ぶくらいだから……きっと、とても凄い人なんだろうなぁって思って……。それで、訊いてみたくなったんス」

「……」

ワクァは、沈黙した。その親を知り、探す為に現在こうやって旅をしているのだ。訊かれたところで、答えられるはずが無い。数分間、何かまずい事を言っただろうかと不安そうにしているトゥモの前で考え続けた。そして、おもむろにトゥモの問いには答えないまま問い掛けた。

「トゥモ……お前は…………傭兵奴隷という言葉を知っているか?」

「え……?」

深刻そうな表情のワクァに問われて、トゥモは一瞬戸惑った。だが、少しだけ考えると居住まいをただし、真剣な面持ちで答える。

「知っているっス……。幼い頃に奴隷として貴族に買い取られて、その家専属の傭兵として育てられた人の事っスよね。自分はお城で働いている時に、登城した貴族に付き従っている傭兵奴隷を何人も見たっス。……けど、見ていて良い気持ちはしなかったっスね……」

「確かに。良い気持ちはしないだろうな。傭兵と言っても、結局は奴隷だ。どんな時でも、蔑まれる存在だからな……」

「違うっス! そんなんじゃないっス!」

暗い表情で悟ったようにワクァが言うと、トゥモは少々怒ったような顔で叫んだ。思わぬトゥモの激昂に、ワクァは思わず驚いた顔でトゥモを見た。トゥモは、ワクァではない誰かに向かって怒っているような表情で、真剣に言う。

「自分が嫌だと思ったのは、貴族の人たちが傭兵奴隷の人のことをまるで物みたいに扱ってるのを見たからっス! 「お宅は良い傭兵奴隷をお持ちで羨ましい、うちのはとんだ失敗作で、連れて歩くのが恥ずかしい」とか「あそこの傭兵奴隷はよく躾けられている」とか……傭兵奴隷と言ったって、自分達と同じ人間じゃないスか! それを何で家畜や物みたいに扱うんスか! あの人たちは頭がおかしいっス!」

そこまで叫んで、トゥモは一度言葉を切り、大きく息を吸った。そして、ワクァに口を挟む暇も与えず更に続ける。

「それに、傭兵奴隷の人も傭兵奴隷の人っスよ! 奴隷だからって、何であんな風にうな垂れて歩かなきゃいけないんスか! 剣技に優れて、それなりに教養もあって……下手な貴族よりもよっぽど凄い人なのに、何でそんなに自分に自信を持てないんスか! もっと堂々と歩けば良いじゃないスか! 自信を持って歩けば、真っ当な人なら誰も蔑んだりはしないっス! それをわざわざ自信無さそうに歩いて、それで誰にでも彼にでも蔑まれるなんて……絶対におかしいっスよ!」

「トゥモ……」

呆然と呟き、ワクァは少しの間トゥモの言葉を頭の中で反芻した。そして、思わずくすりと笑う。

「何がおかしいんスか!?」

興奮冷めやらぬ感じでトゥモが訊ねると、ワクァは微かな笑みを崩さぬまま言った。その顔には、いつになく穏やかな雰囲気が漂っている。

「そうだな……確かに、お前の言う通りだ。傭兵奴隷だからと言って、気後れする事はない……堂々としていれば良かったんだな……」

最後は、半ば独り言に近い。怪訝な顔をしているトゥモに、ワクァはゆっくりと噛み締めるように言った。

「自分から言う事は滅多に無いんだが……トゥモ、俺は傭兵奴隷だ。……いや、傭兵奴隷だったと言うべきだな。今までその事ばかりを気にしていたんだが……今のお前の言葉で、随分気が楽になった」

「傭兵奴隷だった……!? けど、だったらどうして……」

「色々と事情があってな……仕えていた家を追い出された。お陰で今はこうして自由に旅をしている」

そう言って、ワクァは壁に立て掛けてあった愛剣・リラに視線を移した。本当に、どれほどの時をこの剣と共に過ごしてきただろう。特に、自由の身になってからは幾度この剣に命を救われたかわからない。見ているだけで、あっという間に過ぎたこの三ヶ月が思い出されるようだ。そんなワクァに視線を重ねていたトゥモが、納得したように言う。

「そうか……何でワクァさんが四大貴族の一つであるタチジャコウ家の家紋が入った剣を持っているのか気になってたんスけど、そういう理由だったんスね」

「! あれが……タイムの紋がタチジャコウ家の家紋だという事がわかったのか!?」

驚いたような、見直したような……そんな顔で、ワクァがトゥモを見る。すると、トゥモは少しだけ誇らしげな顔をして言った。

「貴族が登城した時、家の格付けによって出迎え方の隊列が違ってくるっスからね。それに、もし戦争になれば伝令なんかで別部隊の駐屯地に行く事もあるっス。だから、兵士は着任するとまず徹底的に家を見分ける基準になる旗印……つまりは家紋を覚えさせられるんスよ。だから自分は、四大貴族は勿論、マイナーな下流貴族や他国の家紋だって見ればすぐにわかるっスよ!」

そこまで言って、トゥモはワクァが感心したような目で自分を見ている事に気付いた。少しだけ、顔を引き締めて言う。

「それで、納得がいったっス。タチジャコウ家が治めるタチジャコウ領は、特に奴隷への風当たりが厳しいと聞くっス。そんな環境で育ったら、そりゃあ人付き合いも苦手になるっスよね」

「……俺はそんなにとっつき辛いか?」

人付き合いが苦手、とずけずけと言うトゥモに、ワクァは困惑したように眉を顰めながら問うた。すると、トゥモはコックリと大きく頷いて言う。

「ものっ凄く話しかけ辛いっス!」

言い切るトゥモに、ワクァは吹き出した。真剣な表情が、妙におかしい。先ほどのヨシほどではないが、ついつい腹を抱え、声を殺して笑い始めた。

「あーっ! 何がそんなにおかしいんスかぁ!? 自分は確かに不器量っスけど、そんなに笑う事ないじゃないスか!」

そう言うトゥモの顔も、笑っている。無愛想なワクァを笑わせる事ができて、嬉しいのだろうか。いつしか釣られるように笑い出した。こちらは、遠慮も抑制も無い、明るく弾けるような笑い声だ。思えば、こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれない。トゥモとの間に存在していたらしい壁が崩れていくのを感じながら、ワクァはそう思った。








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