ガラクタ道中拾い旅
第三話 親友のいる村
STEP4 友情を拾う
3
ひとしきり笑った後、ワクァは笑い過ぎでにじみ出てきた涙を指で拭い取りながらトゥモに言った。
「不思議なものだな……。俺は今まで傭兵奴隷として生きてきて、こんな風に笑った事など一度も無かった。ヨシと旅をするようになってからもだ。あいつがどれだけ馬鹿をやっても、ここまでおかしいと思うことはなかった……なのに、お前と普通に話していただけで、こんなにアッサリと笑えるだなんて……」
そう言うと、先ほどのトゥモの顔を思い出したのか、ワクァはまだ笑い足りないとでも言うかのように、またくすりと笑った。それを見て、トゥモは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言ってもらえると、自分も嬉しいっス。それに、自分も今、ワクァさんと話しててすっごく楽しいっス! さっきまで話しかけ辛くてどうしようかと思ってたのが嘘みたいっス」
言われて、ワクァは笑いを収めて言う。
「ワクァで良い。俺とお前は歳が離れているわけではないし、ましてや主人と家来の関係でもない。それに、俺は他人に敬称をつけて呼ぶのも敬称をつけて呼ばれるのも好きじゃない……なら、お前が俺をさん付けで呼ぶ理由は無いだろう?」
そう言われて、トゥモは一瞬きょとんとした。だが、すぐにニコッと笑うと軽く頷いて言う。
「そうっスね。じゃあ、これから自分はワクァさんの事をワクァって呼ぶっス!」
そう言って無邪気に笑うトゥモを見て、ワクァは思った。傭兵奴隷であった事をトゥモに話して良かった、と。傭兵奴隷に関して尋ねたのは、一種の賭けだった。もし問いに対してトゥモが傭兵奴隷を蔑む発言をしたら、適当に話をはぐらかし、素性は秘密のままにしておこうと思っていた。だが、トゥモは傭兵奴隷を蔑まなかった。それどころか、その境遇を怒ってくれた。自信を持って歩けば良いと言ってくれた。
だから、素性を話す気になった。その決断がまさか、こんな形で自分に返ってくるとは思わなかった。素直に、嬉しいと思う。そんなワクァに、トゥモは言う。
「ワクァ。ワクァの旅の話を聞かせてくれないスか? 自分は、旅と言ったらこの村とヘルブ街の往復くらいしかした事がないスから……ワクァの旅の話を聞きたいっス!」
言われて、ワクァは少し困った顔をした。
「……俺は話し下手だし、楽しい話にはならないぞ? 同じ旅の話なら、ヨシから聞いた方が……」
言われて、トゥモはぶんぶんと首を横に振った。
「ヨシさんからは、夕べ聞いたっス! だから、自分は今度はワクァから聞きたいんス。だって、同じ旅でも二人が全く同じように感じたとは限らないじゃないスか!」
その言葉を聞き苦笑すると、ワクァは「面白いという保証はできないが……」と前置きをした。
「そもそもの始まりは、ヨシが俺のいた土地……タチジャコウ領に現れた時だ」
そのまま、ワクァは訥々と今までの事を語り始めた。タチジャコウ領を襲った盗賊に殺されかけた事。タチジャコウ家から暇を出され、ヨシと旅をするようになった事。山賊と一戦交えた事。いけ好かない貴族を相手に大立ち回りを演じ、パンダイヌのマフを旅の連れにした事。傭兵奴隷崩れの盗賊に占拠された貴族の屋敷に潜入し、その家の傭兵奴隷である少年と共に戦った事。
ワクァの拙い話を、トゥモは目を輝かせて聞いていた。そして、ワクァが長い話を終わり軽く息を吐くと、トゥモは楽しそうに言った。
「凄いっスね! ヨシさんのとは全然違う話っスけど、ワクァの話も面白かったっス! 山賊達と大立ち回りなんて兵士の自分も滅多に経験しないような事なのに、ワクァはたった三ヶ月で何度も経験して、しかも全部無事に乗り切ったんスね!」
トゥモの「面白かった」という言葉に少々照れながら、ワクァはふと、「ん?」という顔をした。
「……ちょっと待て。ヨシの話と全然違うというのは、どういう事だ!?」
いくら話し手が違っても、多少の共通点くらいはある筈である。それが、全然違うとは……。問われて、トゥモは「んー……」と少しだけ考えた。そして、言葉がまとまったのか言う。
「ワクァの話は何というか……ワクァやヨシさんのその時その時の様子や行動が聞いていて面白いんスけど、ヨシさんのは何か、今聞いたのとは全然違う話だったんスよ。何か、童話的と言うか……ドラゴンの背に乗ってヘルブ国を上空から見たとか、月明かりの下で妖精とフォークダンスを踊ったとか、空からビッグフットが降ってきた、とか……」
「与太話を本気にするな」
トゥモの言葉に、ワクァはこめかみを押さえながら即答で否定した。ドラゴンだの妖精だの……そんな存在には終ぞお目にかかった事が無い。……いや、ひょっとしたらヨシの目には見えているのかもしれない。何せ、目に触れないうちから勘で様々なガラクタを見付けてしまうんだから。普通の人間の目には見えない何かが見えているとしても、不思議ではない。……と言うか、いつまでビッグフットのネタを引っ張るつもりだ。
「よっ……嘘なんスかぁっ!?」
トゥモが、素っ頓狂な叫び声をあげた。普通信じるか、そんなデタラメな話を。ワクァが呆れていると、トゥモは呆然とした、「信じられない」という顔つきで問うてくる。
「じっ……じゃあ、ヨシさんが天使長に求婚されたって話も、ワクァが炎の柱を掻い潜って悪魔王を討ち取った話も、トロールの出産に立ち会ったって話も、全部嘘なんスか!? 信じられない……あの話が全部嘘だなんて、自分には信じられないっス!」
「その話を全て信じたという話の方が俺は信じられない」
……と言うか、本当だとしてもトロールの出産なんか立ち会いたくない。自分でも何を考えているのかわからなくなりながら、ワクァはヨシをフォローするように言った。
「まぁ……恐らくは場を和ませようとしての事だろう。推測だがトゥモ、お前は夕べ自分が川に落ちた事や俺が熱を出した事で多少なりとも落ち込んでいたんじゃないのか? あいつは暗い雰囲気が嫌いだからな……お前を元気付けようとしたんだろう」
そうでも思わないと、あまりにその作り話は酷過ぎる。そう言って不要な補足をするワクァの呆れ顔を見て、今度はトゥモがプッと笑った。そして、言う。
「やっぱり、ヨシさんは凄い人なんスね。自分なんかを慰める為に、あんなに沢山の話を即興で作ってしまうなんて……。それに、ワクァも凄いっス。そのヨシさんと一緒に旅をできるんスから!」
この場合の「凄い」とは、「凄い人と一緒に旅をしているから凄い」なのか、それとも「凄く滅茶苦茶な人と旅ができているから凄い」なのか、どちらなのだろうか。トゥモの表情から恐らく後者だろうと判断したワクァは、苦笑して言う。
「お陰で、要らん苦労ばかりしているけどな」
「……けど、それもタチジャコウ家にいた時の苦労に比べたら、そんなに辛くはないんじゃないスか?」
トゥモが、ぽつりと言った。その顔に、今までのような笑顔はない。空気の違いを読み取って、ワクァの表情も引き締まった。
「さっきワクァの事、話しかけ辛いって言ったっスけど……自分から見て、ワクァは本当に喋り方とか考え方が大人っぽいっス。自分の同年代の友達の誰よりも……。それで思ったっス。きっとワクァは、小さい頃から自分の気持ちを殺して生きてきたんだろうな、って」
「……それが、傭兵奴隷……いや、奴隷に求められる生き方だからな……」
子供らしく生きる事を許されなかった幼少時代を思い出し、暗い声でワクァが言う。その声を聞いて、泣きそうになりながらトゥモが言った。
「それに、親の事……」
「……そうだ。物心付いた頃には既にタチジャコウ家に売られていたからな……当然、親は人柄どころか顔も知らない」
その言葉を聞き、トゥモの顔は半泣きになってしまう。
「自分……知らなかったとは言え、不用意に聞いて、ワクァに辛い事思い出させてしまって……。本当に、申し訳無いっス……」
トゥモの表情を見て、ワクァは慌てて言った。
「知らなかったんだ。お前が気に病むことじゃない。それに、俺ならこういった事には慣れているし……」
ワクァのその言葉で、ついにトゥモは泣き出した。気遣うような言葉が、逆に哀しさを煽ってしまったらしい。ただひたすら、「すまないっス」と言いながら泣きじゃくっている。この他人の為に泣き出した純情少年をどう元気付ければ良いのかわからないワクァは、ただ呆然とその様を見ていることしかできない。そのうちに、何だか自分まで哀しい気持ちになり、目頭が熱くなってきた気がした。
これが、もらい泣きというものなのだろうか。