ガラクタ道中拾い旅










第三話 親友のいる村











STEP4 友情を拾う











また、あの声が聞こえてきた。

「ワクァ……」

「ワクァ、こっちへおいで……」

声は、どこから聞こえてくるのだろう? どこから聞こえてくるのかもわからない。暗闇の中で、ワクァは見えない辺りを見渡し続けた。探しに行きたくても、探しに行けない。身体が、思うように動かない。自分の身体が、今と同じ推定十八歳の物のようにも、やっと立つ事ができるようになった幼い子どもの物のようにも思える。

『誰なんだ……何処にいるんだ!?』

ワクァの問いに、声は答えない。何処にいるとも自分が誰とも言わない。ただ、優しい男性と女性の呼び掛けが聞こえてくるだけだ。ワクァは、堪らず遂に心の奥でくすぶっていた答を持ち出し訊ねた。

『やっぱり……そうなのか? 俺の…………父さん……母さん、なのか……?』

声は、答えない。相変わらず優しい呼び掛けを続けるだけだ。その声も、段々と弱く、聞こえなくなっていく。ワクァは、思わず手を伸ばした。

『待ってくれ! 父さん! 母さん!!』

叫んだ瞬間に、辺りが急に明るくなった。伸ばした腕を下げ、荒くなった呼吸を整えて辺りを見渡せば、そこは散らかってはいるが温かみのある、小さな部屋だった。木製の小さな机や椅子がある。その椅子の一つに、トゥモが足を広げて座っていた。

「あ、気が付いたっスね。大丈夫スか、ワクァさん?」

「トゥモ……?」

事態が飲み込めないまま、ワクァはのろのろと上半身を起こした。どうやら今まで自分は寝ていたようだ。木製のベッドがギシギシと音を立て、布団の上に何かがぼとりと落ちた。どうやらタオルであるらしいそれを拾い上げ、水を張ったタライに浸し絞りながらトゥモは言う。

「覚えてないっスか? 村に入ってすぐに、ヨシさんがワクァさんの様子がおかしいって言い出して……手を当ててみたら物凄い熱があったっス。それで、自分の家で休ませようって話になったんスけど……」

……まったく覚えていない。まだ少しぼんやりする頭で必死に記憶を手繰っていると、トゥモは申し訳無さそうに言った。

「何でも、身体が疲れて弱っている時に急に身体を冷やしたのが発熱の原因らしいっス。……申し訳無いっス。自分が溺れたりしなければ、こんな事には……」

「……いや。俺も体調管理がなっていなかった……迷惑をかけてすまない」

ここのところ半ば強行軍であったし、ワクァは睡眠時にあまり熟睡できるタイプではない。身体の丈夫さには結構自信があったのだが、やはりしっかりと休みをとっていたヨシに比べると疲労が溜まっていたのだろう。少々後悔交じりの反省をしつつ、ワクァはトゥモの手から濡れタオルを受け取った。火照った頬や額にあてると、ひんやりとして気持ちが良い。

「ところで……俺はどれくらい寝ていたんだ?」

額の汗を拭い、トゥモに尋ねる。

「一日も経っていないっスよ。今はまだ、朝とお昼の間くらいの時間っス」

「そうか……。ところで、ヨシはどうしている? 迷惑をかけたりはしていないか?」

ワクァが問うと、トゥモは「とんでもない」と首を振って答えた。

「ヨシさんなら、朝、ヤギの乳搾りを手伝ってくれて……今は井戸に顔を洗いに行ってるっス。……あの人、凄いっスねぇ……」

「凄い……あいつが?」

言われて、トゥモはコクコクと頷いた。

「乳絞りが、すげぇ上手いんスよ。何しろ、自分がやると嫌がって暴れ狂うヤギ達がみんな大人しく搾られてたんスから! あれは絶対に以前にもやった事のある手付きっス。それに、薬草にも詳しい様子っスし」

「薬草?」

思いもよらない単語に、ワクァは思わず聞き返した。ヨシと薬草とは、合っているといえば合っているが、合わないといえば全く合っていない。それが顔に出たのか、トゥモは興奮気味に声のボリュームを上げて話し出した。

「ヨシさんがわざわざ拾いに行った、あの自分と一緒に流れていた草。あれ、薬効のある草だったらしいんス! 名前は……忘れてしまったんスけど、解熱効果があるとかで……それを煎じてワクァさんに飲ませてたんスけど、そしたらたった一晩で大分熱が下がってるみたいスし……」

「……飲ませた? 俺に? あの草をか?」

呟きながら、記憶を掘り起こす。確かあの草は、泥水と一緒に流れていた筈だ。恐らく洗いはしたのだろうが……いや、洗ったと信じたいが、一時的にでも泥まみれになっていた草を飲まされたと思うと、少々気持ち悪い気がする。……が、確かに熱っぽさは大分楽になっているし、それなりに効果はあったのだろう。ここは、不平不満は心の奥底にしまっておく事にする。

それにしても、トゥモはたった一晩で随分とヨシを尊敬してしまったようだ。別に悪い事ではないが、喜ばしい事でもない。そんなワクァの微妙な心境など露知らず、トゥモは更にヨシについて語ろうとする。……が、その時、扉がガチャリと開いて、恰幅の良い四十代半ばほどの女性が姿を現した。

「トゥモ、何油売ってんだい? その子の様子は……あら、目が覚めたんだね?」

トゥモの「母ちゃん、いきなり入ってくるなよ」という言葉を完全に無視しながら部屋に入ってきた、トゥモの母親らしいこの女性は、自分とワクァの額に手を当てると、満足そうな顔をして頷いた。

「熱はほとんど下がってるし、顔色も大分良くなってるね。これなら、明日明後日のうちには元気になるだろ。その為にも、何か胃に入れなきゃね。食欲はあるかい?」

一気にまくし立てる勢いに圧されるように、ワクァは頷いた。それを見て、トゥモの母は上機嫌で言う。

「よし、待ってな。夏リンゴを剥いてきてやるよ。本当、可愛い女の子が二人もいると、家が華やかになって良いねぇっ」

そう言ってドスドスと足音を立てて、トゥモの母は部屋から出て行った。それを唖然として見送った後、ワクァはハッ! と我に返った。あの母親は、今、何と言ったか? 可愛い女の子≠ェ二人? 慌てて扉を再び見れば、そこには必死で笑いを堪えている……と言うか、全然堪えきれず腹を抱えて笑い声を殺しているヨシがいた。一働きしたからか顔を洗ったからか……首にはタオルをひっかけている。

「ヨシ……これは如何いう事だ?」

「いや、別に? 単にワクァの着替えは私が担当して、性別に関しては私もトゥモくんも何も言わなかっただけよ?」

笑いを噛み殺しきれず、苦しそうに息をしたヨシがベッドサイドに腰掛けながら言う。確かに、発熱で汗を大量にかいたのか、衣服はいつもの黒衣ではなく、清潔な白いシャツに変わっている。サイズがかなり大きいから、恐らくトゥモの物を借りたのだろう。……いや、そうではなくて。何かもう色々とどうでも良くなったのか……ワクァは薄っすら頭痛を感じながら、溜息をつきつつ出入り口を指差した。

意味は即ち、「行って誤解を解いて来い」である。









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