ガラクタ道中拾い旅










第三話 親友のいる村











STEP3 記憶の断片を拾う











「良かった、良かった。一時はどうなる事かと思ったわ」

焚き火に枝をくべながらヨシが満面の笑顔で言った。

「それは、誰も死ななかった事がか? それとも、目当ての草を拾えた事がか?」

「勿論、両方」

不機嫌最高潮と言わんばかりの、ワクァの非難がましい声にヨシはさらりと言い返した。結局あの後、下流で緩くなった流れと共に岩に引っ掛かっていた草を見付け、拾うことに成功したらしい。この世の至福みたいな顔をしながら戻ってきたヨシは、ついでに獲ってきた魚を金串に刺し、ワクァの熾した焚き火で焼き始めた。ワクァはと言えば、ヨシに問答無用で腰より上の身包みを剥がされ、毛布を被った状態で焚き火に当たっている。因みに、初対面という理由から拒否権を与えられた少年は迷う事無くその権利を使用し、上着一枚脱いだだけの状態で火に手をかざしている。扱いの差に理不尽さを感じていると、ヨシがワクァをまじまじと見て言う。

「それにしても……」

「何だ?」

「ワクァって……本当に男の子だったのねぇ……」

「本気で言っているのか……?」

眦を吊り上げ今にも爆発しそうになるのを抑えながらワクァが問う。その顔はいつもよりも紅潮しており、怒りはいつにも増して激しそうだ。あぁ、こりゃ流石に言い過ぎたか、さてこの場をどうやって切り抜けよう。そんな風にヨシが頭を回転させ始めた時だ。

「あっ……あのっ……」

すっかり存在を忘れられ、話から置いてけぼりになっていた少年が二人に声をかけた。ハッと我に返った二人は、とりあえず険悪な空気を脇に置き、少年の方に振り返る。二人の人間に注目され、頬にそばかすを散りばめた純朴そうな少年は少々顔を赤らめながら口を開いた。

「助けてもらって、どうもありがとうございました。自分は、トゥモ。トゥモ=フォロワーっス」

「トゥモくんね。私はヨシで、こっちはパンダイヌのマフ! んで、この美少女面した仏頂面がワクァよ。ヨロシクね」

トゥモの自己紹介に、ヨシはワクァに有無も言わせずどんどん仲間の紹介を進めていく。その気さくな態度に安心したのか、トゥモは少々ホッとした様子で訊ねた。

「ヨシさんに、ワクァさん……それに、マフっスね? えっと……ヨシさん達は、どうしてここに? 何処かへ行く途中っスか?」

「まぁね。もっとも、特にここ! って目的地があるわけじゃないんだけど。トゥモくんは? 何であんなところを流れていたの?」

ヨシに問われて、トゥモはこげ茶色の髪をボリボリと掻いた。深緑色の丸い瞳が、少々恥ずかしそうに笑っている。

「自分は、田舎の家に帰るところっス。お恥ずかしい話スけど、自分、昔からドジで……しょっちゅう溝や水溜りにはまるんス。さっきも、つい橋の上で足を滑らせて川に落ちてしまって……本当、ヨシさん達が助けてくれなかったら、自分は絶対に死んでいたっス。命の恩人っスよ!」

「田舎の家? 普段は街で働いてるの?」

興奮気味に喋るトゥモを両手のジェスチャーで落ち着かせながら、ヨシは更に問うた。それに、トゥモはバツの悪そうな顔で答える。

「はい。自分は、普段はヘルブ街の城で兵士として働いているっス。けど、これまたお恥ずかしい話で……街に憧れてヘルブ街まで行ったってのに、最近では街の暮らしが嫌になってしまったと言うか……ホームシックになってしまったんス。それで休暇を申請して、実家に帰って兵を続けるかどうか考えようと思ったんス」

「なるほどねぇ……」

納得しながら、ヨシは焚き火に刺してあった金串を抜き取り、焼き魚を頬張り始めた。続いてワクァが金串を二本抜き取り、一本をトゥモに手渡す。

「あ……どうもっス」

恐縮しながら、トゥモは魚を受け取った。どうやら、ヨシと違い態度の硬いワクァにはまだ打ち解けられない様子だ。だが、さして気にも留めずにワクァはトゥモに問うた。

「一つ訊きたいんだが……お前の腕に巻かれているそれは何だ?」

そう言って、ワクァはトゥモの腕を指差した。トゥモの両腕には、それぞれ二十p幅の布が巻きつけられており、皮ベルトでしっかりと固定されている。よく見れば、腕だけではなく両腿にも同じ布が巻かれているし、腰のベルトにも背中側に二十p×三十pほどの布が縫い付けられている。その全てに、腕と足の物は縦向き、腰の物には横向きの極細のポケットが多数作られており、全てのポケットに何やら細い鉄の棒が差し込んである。それを指摘されて、トゥモは「あぁ」という顔をして左腕をワクァに突き出した。

「これは全部ナイフっスよ。自分、ドジっスけど、投げナイフの腕にはちょっと自信があるんス。お城で兵隊になれたのも、投げナイフの腕を買われたからなんス」

全部ナイフ……引き上げる時やたらと重く感じたのは、その所為か……。あの時の苦労を思い出して溜息をつきたくなりながらも、ワクァはトゥモに話しかけたヨシの言葉に耳を傾ける。

「へぇ〜。けど、それって大丈夫なの? 腕のナイフなんか、ちょっと腕を上に上げただけで落ちちゃうじゃない。足や腰のナイフだって、戦闘中に空中一回転とかしたら落ちちゃうだろうし……」

「戦闘中に空中一回転をするような物好きはお前くらいだから心配は要らないだろう」

「いやいやいや。私の知り合いとか、結構日常的に空中一回転とかバック転とかしてたから。……どんな知り合いか聞きたい? 聞かせてあげようか?」

「聞きたくない。トゥモ、気にせず話を続けてくれ」

ヨシの提案を即答で却下し、ワクァはトゥモに話の続きを促した。段々二人の関係……と言うよりはボケ、ツッコミの役割分担が読めてきたのか、トゥモは苦笑しながら話を続けた。

「この布は、どれも二重になっていて中に強力な磁石が仕込んであるんス。力一杯引っ張らないと抜けないようになっているっスから、万歳や空中一回転は勿論、川に流されたってそうそう簡単には抜け落ちたりしないんス!」

恐らく、自覚するほどのドジ故の構造なのだろう。言われて試してみれば、確かにナイフは布を通してガッチリと磁石に吸い付いており、振ったくらいでは揺れもしないほどになっている。

面白そうに布を暫く弄繰り回した後、ヨシは食べ終わった金串をボロ布で拭い、立ち上がって言った。

「ごちそうさまでした! さて、お腹も膨れた事だし、そろそろ出発しますか! 結構時間食っちゃったし、走らなきゃ今日中に次の街へは行けそうにないわね」

「……そうだな。服ももう乾いただろう」

そう言って、ワクァも魚の残りを口に詰め込み、立ち上がる。急いだ所為か、少しだけ咽た。その様子を見て更に慌てて口に魚を詰め込み、更に酷く咽返りながらトゥモが言う。

「それなら、自分の村に来ると良いっスよ。今からなら歩いても夕方までには着ける距離っスし。それより何より、自分を助けた事でヨシさん達が宿無しになるのは申し訳が無さ過ぎるっス!」

トゥモの言葉に、ヨシの顔がパァッ! と輝いた。

「良いの!? ワクァ、やったわよ! 野宿の心配が無くなりそうだわ!」

「あぁ……そうだな」

言われて、ワクァは気の無い返事をした。その様子を見て、ヨシが怪訝な顔をする。

「ワクァ……何か今日、やけにアッサリしてるわね? いつもだったら「迷惑をかけるわけにはいかない」とか言って他人の面倒になるのを嫌がるくせに」

「別に……」

ぶっきらぼうに言いながら、ワクァはいつもよりもやや緩慢な動作で衣服を身に付けた。ヨシが疑問を満たした目でこちらを見ているが、それを払う気力も今日は何となく無い。

夏だからだろうか。やけに、あつい。









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