ガラクタ道中拾い旅
第三話 親友のいる村
STEP2 用途不明な針金を拾う
時は、三十分ほど前に遡る。今日も今日とて、ヨシとワクァの二人組はパンダイヌのマフをお供に特に当ても無く歩いていた。彼女達が生まれ育った国――ヘルブ族の長が王として治めている国、ヘルブ国――の王の直轄地、ヘルブ街の民に対して「ヘルブ街の住人で手隙の者は宝を集めに行け。旅の途中でこれぞ宝であると言える物を拾い献上した者には褒美を与える」と王がお触れを出してから早七ヶ月とちょっと……ヨシが国の南に位置する土地――四大貴族の一つ、タチジャコウ家が治める土地――タチジャコウ領でワクァを仲間に加えてから約三ヶ月、旅の道中でマフを拾ってから一ヶ月が経っている。
何も成果が無いままに時間が過ぎていく事に関しては、二人も一匹もさして気にしてはいない。ヨシは「見付かったらラッキー」くらいの気持ちで王への献上品を探す旅自体を楽しんでいるし、ワクァはワクァで全く何の手がかりも無いまま「万が一見付かったら文句の一つでも言ってやろう」くらいの気持ちで自らの親探しの為と称しヨシの旅に付き合っている。マフに至っては、二人についてきたかったからついてきているだけ。
誰かを追っているわけでもないし、誰かに追われているわけでもない。定職にはついていないし、旅先の街々で交易まがいの事もやっているから金銭にも特に困っているわけではない。特に待っている人もいない。時間の縛りが全く無い彼女達は、あって無きが如しの目的を目指して、ほてほてと旅を続けているのであった。
そんなのんきな旅の中、一つだけ、ワクァを困らせている事があった。それは、旅の相棒であるヨシの拾い癖だ。彼女はいかなる時、いかなる場所でも、「これは使えそう!」と直感で感じる物を見付けると、それが何であろうと拾ってしまう癖がある。それこそ、道端で泥に埋もれていた石だの、湖で浮かんでいたカツラだの……列挙すればキリが無い。
そして彼女は、拾った物をいつも思いもかけない場所で活用してしまう。彼女にかかれば、どんな物でも生活用品やゲーム、果ては武器へと姿を変えてしまうのだ。だが、哀しいかな。ヨシが何かを拾う時、それはワクァにはどう見ても使える物には見えていない。彼女が何かを拾う行為は、彼にはガラクタを拾って余計な旅の荷物を増やしているようにしか見えない。だからこそ、ヨシの拾い癖にはほとほと頭を抱えているのだった。もっとも、そのガラクタによって助かった事が過去に幾度もあり、最近ではヨシの自称先見の明である拾い癖も少しは認めざるを得ない状況になりつつあるのだが……。それでも、旅の荷物がよりにもよって何に使えるのかさっぱりわからない薄汚れたガラクタで増えていくのには、耐え難い何かがある。だからこそ、無駄と知りつつも毎回毎回ヨシの拾い癖には厳しく目を光らせているのだった。
しかし、本当にそれは無駄だった。結局、ワクァがヨシが何かを拾うのを阻止できた事はほとんどと言って良いほど無い。時には宥められ、時には全速力で逃げられて……どんなに頑張っても、最終的にはヨシが何かを拾うのを黙認する事になるのだ。
そしてそれは、今日も今日とて例外ではないのであった……。
「ワクァ、そろそろお昼の時間だけど、どうする? 魚を獲って食べるなら、もう準備しないと。食べれる頃にはお昼を過ぎちゃうわよ?」
「干し肉で良いだろう。次の街まではかなりの距離があるんだ……魚を獲ったり火を熾したりしていたら、夕方までに着けないぞ。それに……」
ヨシの問いに淀み無く答えながら、ワクァは足を動かし続ける。そして、ふ、と足を止めると川を指差した。川は、昨日までの長雨で水かさを増し、轟々と激しい唸り声をあげている。
「川がこんな状態では、魚が獲れるとは到底思えないが……?」
「……確かに。魚を獲りに入ろうモンなら、流されて魚の餌になるのがオチだわね」
そう言いながらも、ヨシの目は激しく流れる川に向き続けている。
「……」
ふと、ワクァは何か嫌な予感を感じた。何だろう。この嵐の前の静けさのようなヨシの表情には、何やら恐怖を覚える気がする。デジャヴというヤツだろうか? ……いや、そんな物じゃない。何故なら、デジャヴとはあくまで「経験した事がある気がする」というものだ。ワクァの感じている嫌な予感は、「気がする」なんて甘っちょろいものじゃない。あえて言うなら、「前にもこんな事が確実にあった。それも、何度も」だ。
「おい、ヨシ……?」
旅が始まってからもう何度目かになるかわからない呼び掛けをワクァがするのとほぼ同時に、ヨシはザバッ! と濁流の中に腕を突っ込んだ。袖をまくってはいるが殆ど意味を成さない状態で、腕だけずぶ濡れになりながらヨシは川底をゴソゴソと漁っている。勿論、濁った川の水に阻まれて、ヨシが何を必死に漁っているのかはわからない。
「遅かったか……」
ヨシの奇行を止めるでもなく呟くと、ワクァは額に手をやって諦め気味な溜息をついた。ヨシが一旦あの拾い出しモードに突入したら、例え王様……いや、神様だって止めるのは不可能だ。そんな事はとっくの昔に思い知らされている。だからこそ、ヨシが奇行に走りそうな予兆があったらその時点で阻止しなければならないのだ。だが、今回はそれに失敗した。声をかけるのが遅過ぎたのだ。
因みに、このワクァの奇行妨害行動は今のところ成功率一%程度である。どの道失敗していた気がしなくもないが、その事を念頭に置かないようにしているワクァの目の前では、遂にヨシが大物を引っ張り上げていた。
「釣れたーっ!」
「糸も使ってないのに、何が釣れただ。……それで? 今回は結局何を拾ったんだ?」
大声で歓声をあげながら腕を振り上げたヨシに、ワクァが諦め四十五%、呆れ四十五%、不本意ながらの興味十%で構成された声で訊ねた。それにヨシは、「よくぞ聞いてくれました!」という満面の笑顔でズイッと腕をワクァの前に突き付けた。
そこには、全長三mほどの針金の塊が握られている。
「…………」
ワクァは、開いた口が塞がらない。
針金が川底にあった事に関しては、特に疑問は無い。長雨の影響で川上の小屋か何かが壊れ流れてきたのかもしれないし、マナーの悪い誰かが不要になった物を捨てたのかもしれない。だが、何故この針金を拾おうという気になるのかという事になると、これは疑問を感じずにはいられない。
そう、頭の中でごちゃごちゃと考えながら、ワクァは目の前で極上の笑顔を浮かべながら糸巻きの如く針金を丁寧に巻いているヨシを見た。無駄だとわかりながらも、一応問う。
「……捨てる気はさらさら無いんだろうが、一応訊いておく。それを、何に使うつもりだ?」
「釣り糸! 針をつける必要も流される心配も無くて、一石二鳥!!」
「何処の世界に硬くて重い針金を釣り糸代わりにする阿呆がいる!? 大体、本当にそれで一石二鳥ならとっくに世界中の漁師が針金を使用している事になるんじゃないのか!?」
「あ、そっか。でもま、何かには使えるでしょ」
そう言うと、ヨシはアッサリと針金を鞄に仕舞いこんだ。あまりに予想通りの展開に、ワクァは思わず肩を落とす。だが、その心なしか疲れているようにも見える姿勢は、次の瞬間に聞こえてきたマフの鋭い鳴き声で一気に引き締まった。
「まふー! まふー!!」
「どうした、マフ!?」
「何何何!?」
マフの鳴き声に、ワクァは緊張感を帯びて鋭く、ヨシは少々野次馬根性の入り混じった慌てっぷりで振り返った。マフの視線の先には、轟々と唸る川がある。更にマフをよく観察すると、マフの視線は少しずつだが動いているようだ。そこで、マフの視線を追ってみる。すると、波間に何かが見えた。激しく浮き沈みしていてよくは見えないが棒のようなそれは、しかしどう見ても棒ではない。色が木のそれとはまるで違うのだ。形も枝とは少し違う。日によく焼けた小麦色で、先が五本に分かれている少々草のからまったそれはどう見ても……。
「!」
瞬時に、二人と一匹は駆け出した。ワクァの頭の中からは、既に先ほどの針金は消え失せている。人一人の命がかかっている時に、針金なんぞ相手にしていられるか、とでも言うかのように。