ガラクタ道中拾い旅
第三話 親友のいる村(トモノイルムラ)
STEP1 拾うために走る
ある穏やかに晴れた日、太陽が中天に差し掛かる少し前の時間の事。さらさらと擬音を当てるにはあまりに激しく流れる川に沿って二人の人間とパンダイヌ――パンダのような姿で、犬の顔をした生物。生物学上、イヌ科にもパンダ科にも属さない――が疾走していた。どの顔にもこれ以上ないほどの緊張感が漂い、瞳は川の流れを凝視している。
昨日までの長雨で水かさを増した川は轟々と唸り、雑多な水草やら木屑やらが流れていく。その流れの中に、明らかに植物ならざる物が浮き沈みしている。二つの眼、口と鼻が一つずつ。川面を必死に叩きもがく五本の指は、どう見てもヒトのそれだ。
何かが流れていると最初に気付いたのは、どちらだっただろうか。……いや、今はそんな事はどうでも良い。とにかく、人が溺れている事に気付いた彼らは即座に走り出した。見殺しにはできない、と。
だが、水の中でもがく人物は川幅の丁度中央辺りを流れている。手を伸ばして届きそうな距離ではない。かと言って、辺りには掴まらせるのに手ごろな棒も、縄も落ちていない。今のところ川の流れに追いつけてはいるが、このままではとてもじゃないが助けられそうにない。
「あー、もう! このままじゃいくら走っても無駄骨じゃない! ワクァ、ちょっと川に入って引き上げてきてよ!」
「この水かさと勢いで入れるわけがないだろう! お前は救助をしたいのか、死人を増やしたいのかどっちだ!?」
いつまで経っても決着のつかない鬼ごっこに痺れを切らしたらしい、ライオンの鬣色をしたみつあみを持つ少女――ヨシが叫ぶと、名指しをされた黒衣黒髪の少年――ワクァは即座に不満をぶつけるように叫び返した。すると、ヨシは特に悪びれる様子もなくさらりと言う。
「だーい丈夫! ワクァだったらこんな濁流程度、目を閉じて尚且つ両手両足にそれぞれ一sずつ重石つけてたって逆流できるわよ」
「俺は何者だ!?」
「天才美少年? 剣士様」
「……あえて訊く。そのクエスチョンマークは、どの部分にかかっている?」
どこまでが本気でどこからが冗談かわからないヨシの言葉にワクァが即座に突っ込むと、ヨシは小首をかしげながら満面の笑みを浮かべて言う。そして、微かに形の良い眉を吊り上げて静かながらも確実に怒りを露にしているワクァを煽るようにさらりとのたまった。
「勿論、少年の部分。それも、年齢的なところじゃなくて性別的なところで」
「お前……っ!」
ふざけるのも大概にしろ、とでも言いたかったのだろうか。そんな具合に口を開きかけたワクァの言葉を、ヨシは「そんな事よりも!」という大きな声で遮った。
「今はアレをどうにか拾い上げる事が先決じゃないの? 違う!?」
「……!」
ヨシの言葉に、ワクァの顔が一瞬で引き締まる。そうだ、今はあのもがいている人物を助け出す事に神経を集中しなくては。でなければ、自分はきっと後悔してしまう。だが、どうやって……!?
「どうするんだ? 川の勢いは衰える様子も無い……このままでは、俺達の体力が先に尽きるぞ!?」
「あれ!」
ワクァの問いに答える代わりに、ヨシは短く叫んで前方を指差した。つられて、ワクァはそちらを見る。見れば、長雨の影響で土砂崩れでも起きたのだろうか……川の一部が土砂や倒木で塞き止められている。
「あれのお陰で、川のこっち側半分は通行止めになってるわ! それに、あの壁にぶつかる事で水の勢いもこっち側は少しだけ緩くなってる……何とかこっち側に引き寄せる事ができれば、引き揚げ作業も可能な筈よ!」
「それができれば、とっくにやっている! あと三十pもこっちに寄れば、リラを掴ませて引き上げる事も可能だからな……その三十p寄せる事ができないから、今こうして走っているんだろう!」
そう言って、彼は腰の愛剣に手をやった。ワクァの愛剣であるバスタードソード……銘はリラ。全長が一m以上あるこの剣であれば、確かに掴まらせるには丁度良いだろう。
「駄目ね、この勢いだもの。リラに掴まらせても、鞘から刀身が抜けて流されるのがオチだわ。アンタ、鞘でも本体でも、流されちゃって良いわけ? 愛剣であると同時に、大事な親友で、戦友でもあるんでしょ?」
「……」
ヨシの言葉に、ワクァは押し黙った。まさにその通りなので、ぐうの音も出ないと言ったところだ。そんなワクァに、ヨシは不敵に微笑んで言う。
「確かに無理よ。この勢いの中、アレをこっちに引き寄せるなんて芸当は。けど、あの壁があるなら話は変ってくるわ」
「?」
ワクァが怪訝そうな顔をする。するとヨシは、ゴソゴソと肩からかけていたウコン色で瓢箪のような形をした趣味の悪い鞄をまさぐりながら勝ち誇った顔をして言った。
「大丈夫よ。ワクァの運動神経と、さっき拾ったコレがあればね!」