フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
11
家に帰ると、手洗いうがいだけ済ませて、涼汰はベッドに転がった。前回に引き続き、今回もまた、想定外だ。まさか、一ヶ月半も和樹が身動き取れない状況になるとは思ってもいなかった。……と言うか、風邪と試験はともかく、二日酔いは想定していなかった。
「どうしたもんかなー……」
ごろんごろんとベッドの上で転がりながら考えるが、何もひらめかない。一旦考えるのをやめるか……と考え、涼汰はベッドから立ち上がる。マンガでも読もうかと本棚まで歩いたところで、ドアが開いた。海津だ。
「姉ちゃん……俺にはノックして返事があるまで待てとか言っておきながら……」
「何、文句あんの?」
「……無いです」
縮こまった涼汰を前にして、海津は勝ち誇ったように腕組みをした。
「それで……何の用?」
「あぁ、そうそう。私、今からゼミの忘年会で出掛けるからさ。夜九時からのドラマ、録画しといてよ」
「はぁ? 予約していけば良いじゃんか」
「今お母さんが、録画しといた昼ドラ観てんの。アレを邪魔して録画予約する勇気、あんたにある?」
「……無いです」
二度目の「無いです」に、海津は満足げに頷いた。
「……って言うかさ、姉ちゃん。姉ちゃんは、レポートとか試験勉強とか、良いわけ? 例の花屋の大学生、それで死にかけてたよ?」
実際には、二日酔いと風邪で死にかけていたわけだが。海津は、鼻で笑った。
「普段から真面目に授業を受けてれば、レポートも試験も、どうってこたぁ無いわよ。大学の試験やレポートなんてねぇ、教授の性格や好みさえ把握しておけば、八割はできたも同然なんだから」
さすがにその数字は盛っているだろうと思うが、口には出さない。出したところで、やり込められるのは目に見えている。
「はいはい、俺が悪うございました。録画は引き受けたから、安心していってらっしゃい。こないだみたいに悪酔いすんなよ」
「今日は大丈夫よー。お酒よりも、料理がメインの店だから。知ってる? 居酒屋、平安絵巻。内装が平安時代風で、料理も上品で。何より店員さんが全員平安貴公子のかっこうしてて、眼福なのよー……って、あんた、歴史は苦手だったか」
「平安……」
ふと、フェンネルで乾や山下と交わした会話を思い出した。
「姉ちゃん、平安時代か奈良時代でさ。葵って花が出てくる物語って何か知ってる?」
「は?」
突然の質問に、海津は顔をしかめた。
「何、急に。って言うか、奈良時代に物語なんて無いわよ。平安時代を舞台にした、竹取物語。知ってるでしょ? かぐや姫の話。あれが日本最古の物語だって言われてるんだから」
「じゃあ、平安時代は?」
今度は、少しだけ考えてくれた。
「花が出てくるかは知らないけど、葵って呼ばれてる人なら源氏物語に出てくるでしょ、たしか」
「そうなの? その葵って人、どんな人? 話のどの辺で出てくる?」
「知らないわよ、読んだ事無いもの。それぐらい、自分で調べな」
そう言って海津は、階段を指差す。階段の下には居間があり、居間にはインターネットを利用できるパソコンが置いてある。
「じゃ、録画頼んだからね」
それだけ言い残すと、海津はさっさと出掛けてしまった。涼汰は居間に降り、昼ドラの録画を観ている母の横でパソコンを立ち上げる。インターネットに接続して、さっそく源氏物語について調べた。調べるうちに、次第に心臓が高鳴っていく。
「そうか……そうなんだ……わかった……!」
知らず知らずのうちにもれ出た言葉に、ドラマを観ていた母が不思議そうな顔をして振り向いた。