フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
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「おい、わかったって本当か!?」
翌日。冬の花壇に種を蒔く為に集まった場で、涼汰は山下に打ち明けた。西の花壇で発見した暗号が、解けたかもしれないという事を。
「やるじゃねぇか、間島さんの助け無しで解くなんて! ……で、その場所は冬の花壇じゃなくて良いんだな?」
「はい」
頷きながら、涼汰は作業を開始した。改まって喋ろうとすると、緊張してしまう。種蒔き作業や苗植え作業をしながら話した方が気楽で良いだろう。
話の切り出し方は、和樹にならう事にした。
「えーっと、まず……今回の暗号は、こんな文章でしたよね?」
霧を生みたる葵の学び舎。
朗々たる音響く箱。
横に築きし朱塗りの宮の。
筆と寄り添い睦み合う。
「おう。また、初っ端からわけわかんねぇんだよな。何だよ、学び舎って」
「学び舎っていうのは、勉強をする場所って意味らしいですよ。国語辞典にのっていました。つまり、俺達の学校で言うなら校舎って事になります」
へぇ、と、感心したように山下が呟いた。
「ちゃんと調べたんだな。……って事は、あれか。今回の目的のブツは、校舎内のどっかにあるって事か。教室とか」
「そうなります」
「しっかしなぁ……」
そう言って、山下はうなった。
「葵の教室って何だよ? ウチの学校に、葵先生なんていたか?」
「それなんですけどね」
言いながら、涼汰は土に穴を掘った。種を蒔くだけだから、それほど深く掘る必要は無い。
「昨日、姉ちゃんとの会話で知ったんですけど……源氏物語ってあるじゃないですか。平安時代に書かれたっていう。あれに、葵って呼ばれてる女の人が出てくるらしいんですよ」
「ほうほう。……んで? その葵ちゃんは、そのなんちゃら物語の中で何をするキャラクターなんだ?」
「えっと、たしか……」
種を穴に落とし入れ、軽く土をかぶせながら、昨日調べた内容を思い出す。
「主人公の光源氏の奥さんで……」
「え。ヒカルゲンジって、昔はやったアイドルグループだろ? 母ちゃんが大ファンだったらしくって、うちにCDあったけど……そんな昔からあるグループなのか? 踏襲制?」
「……多分、そのヒカルゲンジとは違うかと……」
本当に、この先輩は来年受験生なのだろうか。ほんの少しだけ心配になりながら、新たな穴を掘る。
「えっと……それで、その葵さんなんですけどね。光源氏の奥さんで、夕霧って名前の息子を産んだらしいです」
「……ん? 葵で、夕霧……?」
「はい。暗号の一行目……〝霧を生みたる葵の学び舎〟でしたよね? だから、この文章は源氏物語の葵の事で良いんだと思います」
なるほどな、と山下は頷いた。
「けど、結局わからないままだぞ。葵ちゃんの教室ってどこだよ?」
「それは、今から説明しますって」
新しい穴に種を落として、土をかぶせた。
「調べてみたら、源氏物語は全部で五十四の話があって、それぞれにサブタイトルがつけられているそうです。それで、その中には葵、ってタイトルもありました」
「おっ! じゃあ、その葵の話が第何話かってのがポイントになるんだな?」
「はい。ちなみに、第九帖でした」
「九……」
呟いて、山下は顔をしかめた。
「おい、九って……。ウチの学校、各学年五組までしか無ぇぞ? 数字の付く教室なんて、他に無ぇし……」
「それで終わりじゃないですよ。教室に付く数字は、クラスの番号だけじゃないですし」
「へ?」
間抜けな顔をする山下に、涼汰は苦笑して見せた。
「先輩、さっき自分で言ったじゃないですか。教室は五組まであって、それが三学年分あるんですよ?」
「あ。そうか……って事は……一年一組から順番に数字を振っていって、九番目のクラス……二年四組の教室か?」
「それ……先輩のクラスだったと思いますけど、二年四組に朱塗りの宮とか呼べそうな何かってあります?」
「……無ぇな。クモの巣ならあるけど」
「掃除しましょうよ」
「どうせもうすぐ年末の大掃除だ。グダグダ言うな」
しばしの間黙り込み、涼汰はまた新しく穴を掘り、種を落とした。土をかぶせてやりながら、次の言葉を探す。
「そもそも、一年一組から数えれば二年四組は九番目ですけど、後の三年五組から数え始めたら七番目じゃないですか。……そうじゃなくて、もっと単純に……その教室だけで数字を出す方法があるじゃないですか」
「その教室だけで……あぁ、学年の数字と、クラスの数字を足すのか?」
「いえ、それだと、一番大きい数字でも三年五組の八ですから、九の教室は無い事になってしまいます。そうじゃなくて……」
「……かけ算か」
納得したという声を発しながら、山下はざっくりと穴を掘った。涼汰も、新たに穴を掘る。
「一年一組は、一かける一で、一。二年四組は、二かける四で、八。三年五組なら、三×五で、十五。じゃあ、答が九になるクラスは……」
「…………三年三組しか無ぇな」
考える時間がやや長かったような気がするのが非常に気になるところだが、そこに突っ込んでいては話が進まない。涼汰は、頷いた。
「二行目以降は、実際に教室を見てみないとわかりませんが……少なくとも、三年三組の教室にある事だけは間違い無いんじゃないかと思います。ですから、今日この後に、三年三組の教室に……」
「あー、それは駄目だ」
意気込む涼汰の目の前で、山下はひらひらと手を振った。
「今日は日曜だから、先生達もほとんど来てねぇし。そもそも、何をするかもわかんねぇのに、一年や二年に三年三組の教室の鍵を貸してくれたりなんかしねぇよ」
「……じゃあ、平日の放課後に」
「あ、それはもっと無理」
山下は、種に土をかぶせながら苦笑した。
「お前……わかってるか? 三年生は今、受験戦争の真っただ中だぞ。ただでさえ殺気立ってる中に、のんきな顔した一年や二年が入り込んで家探しなんて始めたら、ぜってーブチ切れるヤツがいる」
「じゃあ……どうすれば……」
困った顔をする涼汰の顔を、山下は手を止めて見た。
「そりゃ……三年生の受験が落ち着いた頃を狙うしかないだろ。聞いた話だと……二月の下旬には、私立高校で決めちまう先輩が半数くらいはいるから、そのぐらいだろうなぁ」
言ってから、山下は「あ」と呟いた。
「結局、次を見付ける事ができるのは二月の下旬になるのかぁ……」