フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
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家に帰り、制服から私服に着替えて。涼汰はごろりとベッドに寝転がった。仰向けになって例のメモ用紙を眺めてみるが、相変わらず何が書いてあるのかはさっぱりだ。これが山下の言う通り暗号だとして、どこからどう考えれば解けるのかが全然わからない。
「……ひょっとしてこれ、中学生じゃ解けない内容だったりして」
悔し紛れに、そう考えてみる。例えば大人になれば解ける内容なのだとしたら、中学生の涼汰や山下が解けないのも当たり前ではないか。
「ただいまー」
玄関から、姉が帰宅を告げる声がした。そこで涼汰は、ぽん、と手を打つ。
姉の海津は大学生だ。当然、涼汰よりもたくさんの言葉や社会のルールを知っている。海津なら、この暗号も解けるのではないだろうか。
階段を登る音が聞こえて、隣の部屋のドアが開き、閉まる音が聞こえた。そこで涼汰は早速海津の部屋へと向かい、ドアを軽く叩く。
「姉ちゃん? 入るよ?」
返事を待たずにドアを開けると、海津の部屋にもう一人、いた。海津と同じぐらいの年頃だろう女性だ。
「あ、お邪魔してます」
「あ、ども……」
慌てて、軽く頭を下げる。すると、下がった頭を海津に叩かれた。
「あんたって子は……。返事くらい待ちなさいよ」
そう言ってから、海津は一緒にいた女性に対して、涼汰を指差して見せる。
「あ、これ弟の涼汰」
「これって」
「あんたなんか、これで充分だって」
漫才のような浅海姉弟の会話に、紹介された女性はくすくすと口に手を当てて笑っている。海津と違い、大人しいタイプのようだ。
「涼汰くん、はじめまして。私、お姉さんと大学で仲良くさせてもらっています。児玉と言います」
「あ……どうも、はじめまして」
丁寧にあいさつされ、涼汰も思わず丁寧に頭を下げ直した。そんな涼汰よりまだまだ背が高い海津は、涼汰を見下ろしながら問う。
「……で? 何か用があったんじゃないの?」
「あ、そうだった。姉ちゃん、これ解ける?」
メモを取り出し、海津と児玉に見せる。怪訝な顔をする海津たちに、涼汰はこのメモ用紙を家に持ち帰るまでの過程を語った。
「なるほど。それで、大学生の私達なら解けるんじゃないかと?」
「そうなんだ」
頷く涼汰の前で、海津は両手を上げて見せた。万歳、もしくは降参のジェスチャーである。
「ごめん、全然わかんない」
「早いよ! ……って言うか姉ちゃん、考えてないだろ!」
「うん。だって考えるの面倒だし」
あんまりな回答に、涼汰はがっくりと肩を落とした。恨めし気な目で、二人の大学生を見る。
「児玉さん……うちの姉ちゃん、こんなんで大学の授業、大丈夫なんですか?」
「えぇっと……浅海さん、授業は真面目に受けていますよ? 提出物も期限に遅れたところなんて見た事ありませんし」
「本当に有能な人物というのは、全てに全力で取り組んだりしないものなのさ、弟よ」
「姉ちゃん、キャラ違ぇ」
とにもかくにも、海津は頼りになりそうにない。涼汰は、救いを求めるように児玉に視線を寄せた。
「そうですね……」
児玉は困ったような顔をするともう一度メモ用紙を読み、少し考えてから「そうだ」と呟いた。
「私にはわかりませんが……解けそうな人ならいますよ」
「え、マジ?」
目を見開く涼汰に、児玉は「はい」と頷いた。
「仁志山駅って、わかりますか? その駅前に、フラワーショップ・フェンネル、っていうお花屋さんがあるんですけど……」
「……は? 花屋?」
暗号解読と何ら関わりが無さそうな単語が出てきて、涼汰と海津はぽかんと口を開けた。だが、児玉は冗談で言ったわけではないらしく、真面目に「はい」と頷いている。
「そのお店の、間島さんという店員さんが、こういった謎を解く事が得意らしいんです。実際、私も一度だけ」
「あぁ、彼氏に渡されたお使いメモが暗号になってて、何を買えば良いのかわからなかったっていう、あれ? その店員さんに解いてもらったんだ。……ってか、そのお使いメモ、暗号を利用した彼氏からの告白だったんでしょ? 全く関係無い人に見られちゃって、二人ともお気の毒ねぇ」
「あ、あの。浅海さん、今はその話は……」
恥ずかしそうに慌てる児玉に、海津は「ごめんごめん」と謝っている。……が、顔が笑っているので、悪いとは思っていないのだろう。
「仁志山駅なら、そんなに遠くないじゃない。明日休みなんだし、行ってみれば?」
バリッとポテトチップスの袋を開封しながら、海津が言う。渡された袋からポテトチップスをつまみ上げながら、児玉が頷いた。
「明日いらっしゃるかどうかはわかりませんけど……間島さんなら、きっと相談にのってくださると思いますよ。とても親切な方でしたし」
「わからないよー。女の子にだけ親切な野郎だったりして」
「そんな方には見えませんでしたけど……」
そのまま雑談に突入してしまった二人の女子大生に背を向け、涼汰は海津の部屋を後にした。これ以上は、どう粘っても二人とも考えてくれそうにない。
「仁志山駅か……」
少し黄ばんでしまっているメモ用紙を眺めながら、涼汰は呟いた。