フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
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さくりさくりと、土を掘る。
はらりはらりと、雪が降る。
さくりさくりと、土を掘る。
はらはらはらりと、涙が落ちる。
こぼれ落ちる涙をけん命にぬぐいながら、土を掘った。
さくりさくりと、土を掘った。
掘り上がった穴に箱を入れた。
ぱさりぱさりと、土をかけた。
ぱらりぱらりと、種を蒔く。
ぱさりぱさりと、土をかけた。
穴はそれで、完全に見えなくなった。
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ざっくざっくと土を掘る。
時は五月の下旬。場所は葉南東中学校の校庭東南にある花壇。
掘っているのは、葉南東中学校の生徒、浅海涼汰。今年の四月に葉南東中学校に入学したばかりの新入生だ。クラスは、一年三組である。
なぜ土を掘っているかと言えば、部活中だからだ。涼汰の入っている部活は、園芸部。学校内の花壇を耕し、綺麗な草花を植えたり育てたりして、学校を華やかにするのが主な活動内容なのだ。
本当は、何部に入るつもりも無かった。帰宅部になって、毎日授業が終わったらさっさと家に帰って。宿題をしたりゲームをしたりに時間を費やすつもりだった。……のだが。
「部活、入ってないのか? じゃあ、バスケ部入りなよ! バスケ、バスケ! バスケは楽しいぞー。思う存分、青春ができるぞー!」
「テニス部、入ってくれよ。一年の数が少なくて、球拾いつれーの」
「浅海君、帰宅部なんだ? だったら、合唱部入らない? 男声パートが欲しいからクラスの男子捕まえてこいって、先輩達がうるさいんだよねー」
……とまぁ、こんな具合に。帰宅部というのは、その能力の有無に関わらず、部活勧誘の標的になりやすいらしい。クラス担任の篠原先生は、クラス全員が部活に入っている、という状況を望んでいるらしく、「何か部活に入れ。決まらないなら剣道部はどうだ」としつこく言ってくる。
正直、運動部に入る気は全く無い。練習がキツいのも嫌だが、まず上下関係に厳しくて、めったやたらと「まだまだぁっ!」「もう一本んんん!」などと熱血する空気が肌に合わない。自分のペースでのんびりとやりたいのだ、涼汰は。
他の学校の事は知らないが、少なくとも葉南東中学校の合唱部は超が付くほどの女所帯だ。うっかり入った男子生徒は、貴重な男手と言う名の、哀れな奴隷と化してしまっていると聞く。そんなところに入るのはごめんである。
……と言うか、テニス部と合唱部は勧誘する理由をもう少しぼかしてほしい。
文化部なのにノリが運動部であるともっぱらの噂になっている演劇部と吹奏楽部には最初から近寄らないようにしている。
そうなると、消去法とやらで残ったのは園芸部だけになってしまった。
土や肥料を運ぶのに力が要ると聞くし、泥だらけになるのにも多少抵抗はあった。……が、熱血の空気にさらされたり、〝貴重な男手〟にされてしまうよりはずっとマシであると判断し、入部したのが四月の下旬。
それから約一ヶ月。今では肥料の臭いにも、泥だらけになるのにも慣れ、朝に夕に、掘ったり埋めたり水を撒いたりの毎日である。
今は、咲き終わった春の花の残骸と言うべき根っこを引き抜き、土をかき混ぜる作業中だ。少しの間、何も植えずに土を休ませてやると、その間に栄養を蓄え、またきれいな花を咲かせてくれる……らしい。
先輩達の話だと、この学校の花壇は、校庭の東西南北にあり、季節ごとに花が咲いている花壇は一つだけ。それ以外の花壇は土を休ませているか、種を蒔き終り芽が出るのを待っているか、なのだそうだ。……という事は、春に使っているらしい、この東側一帯の花壇に次に何かを植えるのは早くても冬の中ごろぐらいだろうか。
土の中に残っていたヒナギクの根っこを、そろそろ除去し終わるだろうか、という時。スコップが何か硬い物に当たり、ガキン、と音を立てた。
「った!?」
ジンジンと痺れる右手を振りながら、涼汰は土の中を覗き込んだ。何やら、角のある物が土の中から顔を覗かせている。お菓子か何かの箱のようだ。
スコップで周りの土を丁寧に取り除き、発掘を試みてみる。テレビで見た遺跡調査みたいだな、と思うと、少しだけ笑えた。
結果、手のひらに載るぐらいのサイズの箱が土の中から出てきた。材質はスチールあたりだろうか? 元々はパステルカラーできれいな模様が描かれていたようなのに、土の中で錆びたのか腐食したのか、あちこちが茶色くボロボロになってしまっている。
「誰だよ、こんなところにこんな箱埋めたの……」
ぐちぐちとこぼしながら蓋に手をかけ、そこでぴたりと動きを止める。
ひょっとして、タイムカプセルだったりしたら? 勝手に開けて、知らない女の子の宝物でも出てきたりしたら、悪い気がする。
もし、何か危ない物が出てきたりしたら? サスペンスドラマや推理マンガみたいに、この中から人間の指が出てきたりして、それが切っ掛けで何か複雑な事件に巻き込まれ、あげく犯人に命を狙われたりしたら?
「……ま、んな事が現実にあるわけねェか」
だって、タイムカプセルを埋めるような時期――春の初めにはこの花壇には花が咲いていて掘ったり埋めたりなんてできない。
自分が殺人事件の犯人なら、重要な証拠品や死体の一部を、人目に付きやすく、こんな風に中学生に発見されてしまうような場所に埋めておいたりしない。人里離れた山奥に埋めに行くだろう。
そう結論付けて、涼汰はあっさりと蓋を開けた。中身を確認しなければ、どうしようもない。
「……何だ、これ?」
顔をしかめて、涼汰は箱の中身をつまみあげた。
入っていたのは、花柄の可愛らしいメモ用紙が一枚だけ。幸い虫に食われる事は免れたようだが、隅が少し黄ばんでしまっている。
……いや、それは別に問題ではない。問題は、そのメモ用紙に書かれている内容だ。
花見は東でせぬように。
そこに見るべき物は無い。
葉も要らぬので、見ぬように。
見ても宝はありはせぬ。
左右に七を従えた、人の行き交う中の土中。
深く奥底覗き見よ。
「……意味わかんねぇ……」
首をかしげながら、涼汰は近くで作業をしていた二年の山下の元へ行く。振り向いた山下に、涼汰は経緯を話しながらメモを見せた。
「これが、土の中から出てきたのか?」
睨むようにメモを覗き込む山下に、涼汰は頷いた。山下は泥だらけの腕を組み、「うーん……」とうなりながら、穴が開くほどメモを見詰めている。……が、すぐに腕をほどくと、大きく息を吐いた。
「わっかんねぇ……。何か暗号っぽいな、とは思うんだけどさ」
「暗号……ですか?」
「おう。それっぽいだろ?」
涼汰は、改めてメモ用紙に書かれた文面に目を通した。なるほど、言われてみれば、たしかに暗号っぽいかもしれない。
「たしかに……」
山下が、「だろ?」と胸を張った。そして、涼汰の肩をぽん、と叩く。
「じゃあ、せっかくだからさ。その暗号、解いてみろよ」
「え?」
突然の提案に、涼汰は目を丸くして山下を見た。しかし山下は、機嫌良さそうに涼汰の肩を叩き続けるばかりで、涼汰の呆気にとられた顔には全く気付いてくれていない。
「解けたら、何が示してあったのか教えてくれよ。じゃあ、がんばれ!」
そう言い残して、山下は取り終えた根っこを捨てるため、花壇から去ってしまった。辺りを見渡せば、他の部員たちは興味深そうに涼汰の事を見ている。……が、暗号解読を手伝ってくれる気は無さそうだ。
困ったように再度辺りを見渡して。やっぱり手伝ってくれる人間はいないらしいと諦めると、涼汰はメモをジャージのポケットに突っ込んだ。