ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜









第20話■ドラゴン兄弟の予言書<3>■









「……は?」

 ツヴァイが、目を見開いて唖然とした声を発した。アインスも、どう反応すれば良いのかわからずに固まっている。

「本屋が玉石混合の状態だから、読書に慣れていない奴は自分に合う本を中々見付けられずにいるのさ。数をこなせば、段々良い本を自然と探し出せるようになるんだけどね」

 慣れていても、時には老婆のように中身の無い本を掴んでしまう事はある。だが、良い読書体験があればこれに懲りずに、また新たな本に挑戦しようと思える。読書体験が無いと……残念ながら、その後新たな本を読もうという気にはならないだろう。

 読者が減ると、本が売れなくなる。本が売れなくなると、良書よりも手っ取り早く売れそうなテーマの本を売ろうという風潮になる。すると、テーマを流行りに合わせただけの、中身の無い本が増えてしまう。すると、またそれを手に取った読書慣れしてない者が読書をしなくなり……の悪循環だ。

 だから、まずは初心者が読書慣れするための場が必要なのだと、老婆は言う。

「あんた達には今まで、たくさんの教養を叩き込んできたつもりだよ。アインスの方は、愛想は無いが見る目がある。ツヴァイは良い感性を持っている。あんた達二匹が力を合わせれば、買い取りのために持ち込まれた本の中から良書を選ぶ事も、中身の無い本を弾く事もできるだろう。客の求める本を探し出す事もできそうだと、あたしは見ている。あんた達が運営する古書店で本を買った客が良書を選ぶ目を持てるようになれば、新品を扱う本屋でも良書を選べるようになるだろう。その客が周りの者にあんた達の古書店を教えたり、自ら本を選んでやったりすれば、また良書を選べる読者が増える。良書が売れるようになれば、版元は安易に中身の無い本を作ろうとせずに、真剣に本作りに取り組むようになるかもしれない。そうやって、良い本が溢れる世界ができれば、あたしは良い本をたくさん読めるようになる。……ねぇ。良い世界だろう?」

「……言わんとする事はわかる気がする。……が、あまりにも気の長い話ではないか? お前なら、もっと手っ取り早く望むような世界を創る事ができるだろう? 自ら出版社を作る。良書を出しているがジリ貧の版元や、良書を多く置いている書店に出資する。良い文章を書く作家を援助する。……何も、そのような地道な活動をせずとも……」

「わかっていないねぇ」

 苦笑しながら、老婆は茶を啜った。

「どれだけ良い本を作ってもね、それを読んでくれる読者がいなけりゃ、元に戻っちまうんだよ。そして、良い読者を育てるには、さっき言ったような地道な活動を行うしか無いんだ」

 だから、良い本を売る場が必要なんだよ……と、老婆は言った。

 ならば、古書店ではなく新品を扱う書店でも良いのではないか、とツヴァイが問うた。

「新品を扱う書店じゃあ、版元から入ってくる種類が多過ぎて本の選別ができないからね。悪書が紛れ込んじまう。それに、絶版になってしまった本、買い取り場が無ければ捨てられてしまう中古書だってあるだろう」

 だから古書店が良いんだよ、と老婆は言った。それに対して、アインスが唸る。

「……大体は納得した。だが……我らにできるのだろうか? 我らはドラゴンだ。書を綴るという行為は、主に人間族が好むものだろう? ならば、我らより人間にその役目を負わせた方が良いのではないのか?」

「嫌だね。ドラゴンだから良いんじゃないか」

 老婆の言葉に、アインスは目を瞬いた。

「あんた達ドラゴンは、寿命が長い。それに引き替え、人間はすぐに死ぬ。……あたしみたいに修行をして、魔女にでもなれば話は別だがね。あんた達が理解している通り、これは地道な活動だ。寿命の長い者にやってもらう必要があるんだよ」

 それに、店番をしているのがドラゴンなら、悪さをする客もそうはいまい。店の秩序を保つためにも、ドラゴンの存在は必要だと老婆は主張した。

「しかし……」

 困惑しているツヴァイに、老婆は笑った。

「心配かい、ツヴァイ? ならば、お前達に予言書を与えてやろうじゃないか」





















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