ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜









第21話■ドラゴン兄弟の予言書<4>■









「予言書?」

「そうだよ。あたしは魔法で、未来を見る事ができるからね。あんた達が古書店を引き受けてくれた場合、将来何が起こるのかをいくつか書き記しておいたのさ。……まぁ、未来なんてちょっとの行動ですぐ変わっちまったりするもんだが……『この後はこうなる』とわかっていれば、ある程度は不安も消えるだろうよ」

 そう言って、老婆はどこからともなく、一冊の本を取り出した。それなりに分厚く、やや痛んでいて、長い年月を使って多くの事を書き込んできたのだという事がわかる。

 それをドラゴン兄弟に手渡し、老婆は「読んでみな」と言った。二匹は顔を見合わせ、そして本を開いて文字を読む。書かれているのは、ドラゴン族ではなく、人間族の文字だ。

「……おい。店を開いてすぐに、私も兄者も記憶を失う事になっているぞ。幸先が不安過ぎぬか?」

「消えるのは当たり前だよ。店ができた後、あたしが魔法でふんわりと消すんだからね」

「わざわざ記憶を消す? どういう事だ?」

 しかも、ふんわりと? 理解ができない様子の二匹に、老婆はカラカラと笑う。

「この計画の動機は、あたしが良書を多く読める世界にしたいから。それを知っているあんた達は、恐らく買い取りの時にそれを意識しちまうだろう。そうなると、店の本があたし好みの本ばかりになり、偏ってしまう。だからあんた達には、この計画に関する事だけを忘れてもらう。自分達の意志で店を始めたのだと思い込んでもらうよ。勿論、その予言書についても、内容に関しては忘れてもらう。あんた達が思い出そうと思えば、思い出せる程度の記憶喪失だがね」

 無茶苦茶な言い分に、ドラゴン兄弟は目を白黒とさせた。

 しかし、この老婆が言い出したら聞かない事、平気で無茶振りをする事は、幼体の頃からの付き合いでよく知っている。

 まぁ、生活に関する知識や教養、兄弟や知人の事を忘れてしまうのでなければ良いか、と考える事にした。この口ぶりだと、恐らく老婆の事も「よく覚えていないが色々教えて面倒をみてくれた人物」程度には覚えておけるのだろう。

 そう結論付けて、二匹は予言書の続きをめくった。

「最初の一ヶ月は中々客がつかないのか」

「だが、更に一ヶ月も経つと次第に常連客というものができるらしい」

 ユニコーンの常連客ができるらしい。妖精も遊びに来るようになる。巨人も来るようだから、間口は広くした方が良いだろう。

 始めたばかりのうちはうっかり悪書を買い取ってしまう事もあるが、次第に慣れてきて、良書を選別する事ができるようになる。腹立たしいクレーマーも来るが、一喝すれば帰ってくれる。

 そして。

「この、想いを読む者が現れる……というのは?」

 ツヴァイが首を傾げると、老婆が「あぁ」と頷いた。

「実は、あんた達以外にも色々と試していてね。身寄りのない、過去に辛い記憶しか無い人間の子どもを使って試したい事があるんだ」

「試す? 何をだ?」

 アインスの問いに、老婆はニヤリと笑う。

「文字に籠められた想いを読み取る能力。今、開発中でね。それを魔法で与えてみるのさ。良書は、書き手の想いと文章が一致するもんだ。つまり、文章に籠められた想いを読めれば、それが良書なのか悪書なのか確認できるという事になると思わないかい?」

 そう言って、老婆はニヤニヤと笑う。

「寿命の長いあんた達は、古書店を続けて地道に世界を変えていく。あたしは想いを読み取る能力を得た人間の子どもを、時折古書店に送り込む。その子が寿命を迎えたら、また次の子だ。……おっと、勿論子どもには今のあんた達みたいに話をするよ。あたしに出会うまでの辛い記憶全てと、この古書店計画に関する全てを忘れてもらう以外は、その子の意思に任せるさ」

「地道な作業だから、寿命が長い我らに頼むのだと言ったな? それが何故、人間の子どもを使う? 寿命が尽きる度に新しくするのであれば、最初から寿命の長い種族にやらせれば良いではないか」

 ツヴァイの問いに、老婆は首を振った。

「書を綴るのは、人間族が最も好むところ。そのせいか、書の想いを読み取る能力は、人間に一番馴染みやすいんだ。今はまだ、定着せずに途中で消えてしまってばかりだが……それでも、この能力は人間に与えた場合が最も長く残ったんだよ。ひょっとしたら、完全に定着させるのは人間にしかできないかもしれないね」

 だから、人間を使う。古書店の理念はドラゴン達が、良書を見付け出すのは人間が。それでこの古書店は上手くいく、と老婆は言った。

「それに、小さな人間の子どもと暮らし、その子が老いて死んでいくのを見れば、人間が書を綴りたがるわけがあんた達にもわかるかもしれない。寿命が短いからこそ様々な想いを書に綴って残したがるのが、人間だからね」

「……そういうものか」

「そういうもんだよ」

 ふん、と鼻を鳴らす老婆に対して、アインスが「ふむ」と唸った。

「納得した。それに、地道に古書店を営む事で世界を変えるというのも、中々面白そうだ」

 私は引き受けよう。そう言うアインスを見て、ツヴァイが慌てて「私もだ」と追随した。そこで、ふと首を傾げる。

「私達がやるべき事はわかった。……それで、お前は何をするんだ? まさか、想いを読み取る能力を持った人間の子どもを育てて、たまに我らの元へ送るだけではあるまい?」

 そう言うと、老婆はまたもカラカラと笑った。

「今までどおりさ。良書を出し続けるよう、努力する」

「良書を出す? お前は作家だったのか」

 目を丸くする二匹に、老婆は頷いた。

「そうさね。……おや、言ってなかったか。あたしはね、小説家なんだ。長い事物語を描き続けてきた。中々良い作品を書くと、自負しているよ。……まぁ、未だにそれほど人気は無いんだがね」

「知らなかった……。そう言えば、名前すら聞いた事が無かったな。兄者?」

「そうだな、弟よ」

 頷き合う二匹に、老婆は苦笑する。お手上げと言うように、両手を軽く掲げて見せた。

「あんた達ドラゴン族は、あまり他に興味を示す事が無いからね。仕方がないさ」

 わざとらしくため息をつき、そして言った。

「まぁ、良い機会だ。教えてあげるよ。あたしの名はね、ギルベルトだ」























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