ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜
第19話■ドラゴン兄弟の予言書<2>■
そうしているうちに時は過ぎ、二匹がほぼ成体になったところで、老婆は改まった席を設けた。
「さて、アインスにツヴァイ。あんた達もそろそろ大人だ。ここらで、昔約束したあたしのやりたい事を手伝ってもらうよ」
「やりたい事?」
用意された溶岩とサラマンダー肉のスープを啜っていたのを止めて、ツヴァイが首を傾げた。
「覚えていないのかい? あんた達を拾った時に訊いただろう。やりたい事があるんだが、手伝ってくれるなら面倒をみてやると」
「……いや、赤子の頃の事を言われても……」
戸惑うツヴァイに、老婆は「まぁ、そうだろうねぇ」と言って笑う。
「勿論、無理強いはしないよ。赤子の頃の約束だしね。ただ、あんた達には見込みがある。そう思った事だけは、伝えさせておくれ」
優しく言う老婆に、ツヴァイは更に戸惑う顔をする。その横でスープが少し冷めるのを待っていたアインスが、口を挟んだ。
「今まで育てて貰った恩義もある。私は特にやりたい事があるわけでもなし、お前のやりたい事とやらを手伝うのは構わない。……が、それは話を聞いてからだ。何をやろうとしているのかもわからぬうちから話を請ける気は無い」
「まったく。あんたは本当に可愛げなく育ったねぇ。まぁ、良いさ。話を聞かなければ承諾しかねるというのは当然の事さね」
そう言って、老婆は姿勢を正した。ドラゴン兄弟も、思わず居住まいを正す。
「あたしがやりたい事ってのはね。簡単に言っちまうと、より良い本が溢れている世界創りだ」
「よりよい本が?」
「溢れている?」
老婆の言わんとする事がわからず、二匹は揃って首を傾げた。
「あぁ。これだけじゃ、何の事だかわからないだろうねぇ。……あたしゃね、本を読む事が好きなんだ。知っているだろう?」
その問いに、二匹は揃って頷いた。この老婆が、隙あらば何かしら本を読んでいる姿を度々目撃している。
「だけどね。最近は何ていうのか……ある程度の資金があれば、誰でも出版できる時代だろう? そのせいか、本の形をしているだけで中身の無い物が増えているのが気になっていてね」
勿論、読者によって面白い本、面白くない本は違うものだから、老婆に合っていないだけで多くの者が面白いと思っている本はたくさんあるだろう。だが。
「それを抜きにしても、読み手の方をまるで向いていないまま作ったのだろうと思われる本が多過ぎる。タイトルだけは面白そうだから手に入れて、期待をしながら読んでみたら中身が伴っていなくてがっかりした事が何度あった事か」
このような本が今後も増えてしまうと、逆に良書が読者の手に渡らなくなるのではないか。良い文章を書く者が日の目を見る事ができず、書く事をやめてしまうのではないか。
それを心配していると、老婆は言った。
「だからね、どの本屋に行っても、中身の無い本が置かれていない……必ず誰かの心に響く本しか置いていない……そんな世界を創りたいと望んでいるのさ」
どうやって?
そう問いたげなドラゴン兄弟に、老婆は「そうだね……」と呟く。
「まずは、読者が良い本に触れる事ができる場を増やさなければね。そういうわけで、あんた達に頼みたい事だよ。古書店をやっとくれ」