光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―
53
焼けた地面を越え、シン達はサブトの爆発を免れた区域へと足を踏み入れた。流石に、人っ子一人、野良猫一匹見当たらない。そして……
「……広いね」
「広いですわね」
「……なのに、狭いね」
「……狭いわね」
シンの呟きにルナとリノがそれぞれ頷き、フェイとホースはきょろきょろと辺りを見回している。
「凄いわねー。道幅広くて広場も広い。けど、大きな家や施設がゴロゴロ建ってて空が狭く感じるわ」
「裏路地が多いみてぇだな。まるで迷路だ」
「……ひょっとして、五人ともサブトに入るのは初めて?」
ウィスが問うと、シンとホース以外の三人が首を縦に振った。
「研究発表会で二回ぐらい来た事はあるよ? けど、二回とも街を見て回るような時間的余裕は無かったから……活動範囲の基本が湖東だしね」
「私も、学会で一度だけ来た事はあるわ。けど、道に迷って遅刻して、道に迷って帰りの船に乗り遅れそうになった事しか覚えてないわね。……学会の時以外はレイホワに引き籠ってるし」
「威張れる事かよ」
サーサが呆れ顔で言った。手慰みなのか緊張を紛らわす為なのか、矢を数本取り出して弄っている。そんなサーサの言葉にホースは「まぁまぁ」と言いながら手をヒラヒラと振って見せた。
「そんなわけだから、サブトの道はサッパリ! ウィスくんとアストくんは、サブトの大学や図書館で働いてたのよね? 道案内、よろしくね!」
「わかり、ました……」
「とは言っても、お城へ行く道は割と単純なんだけどね。サブトは街全体が小高い丘になってるんだ。だから、大きな道を上へ上っていけば着く筈だよ。……ほら、屋根の間に、塔が見えない?」
ウィスの説明に、一同は目を凝らした。
「……見えませんわ」
「見えねぇな。見えるのは、何か風車みてぇな変な形の建物ぐれぇだ」
「え? おかしいな……」
ルナとフェイに否定され、ウィスは首を傾げながら二人と同じ所に視線を向けた。
そこには確かに塔は見えず、フェイが言うところの風車のような変な形の建物が見える。
「……何だろう、あれ? あんな物、お城にあったっけ? アスト……」
「無かったと……思い、ます……」
「……」
ウィスとアストの会話を聞きながら、シンは考え込んだ。何かが、引っ掛かる。シンはもう一度その風車のような建物を見た。自分達は丁度正面にいるらしく、四枚の羽のような丸みを帯びた板が等間隔で円を描くように並んでいるのがわかる。
それからシンは、くるりと百八十度体を回転させた。今度は目の前に、焼け野原が見える。
「……まさか……!」
シンはハッと顔を上げ、睨むように先ほどの風車のような建物を見た。心なしか、少し光っているように見える。
「皆! お城に向かって走って! 早く!!」
「!? 何だ!? 城!?」
目を白黒させるフェイに、シンは怒鳴り付ける。
「良いから早く! フェイはリアンを担いで! 肩を貸すとか、悠長な事を言ってる時間は無いよ!」
言うや否や、シンはリノやルナの背を叩き自らも走り出した。つられるように、ウィス達もバラバラと走り始める。フェイも、リアンを担いで全力で走り出した。あまりに急な展開に、今度ばかりはリアンも抵抗する暇が無い。
全力で走る。全速力で走る。心臓が破れるのではないかと錯覚するほどに走り続ける。それでも、先頭を走るシンは足を止めない。
「シン! どういう事か説明しろよ! 僕やフェイ、ウィスはともかく、ルナ達にこれ以上の全速力は厳しいぞ!」
サーサの抗議に、シンは走りながら答えた。
「それでも走って! 今足を止めたら、死ぬかもしれない!」
「!」
サーサの顔が引き攣る。シンは後を振り向き、少しだけ後戻りするとリノの手を引き再び走り始めた。
「サーサはルナ、ウィスはホースの手を引いて! アスト、チャキィ! まだいける!?」
「何、とか……大丈夫、です……」
「大道芸人の体力、ナメないでくださいよ!」
「安心しろ! こいつらも、へばったら俺が担いで行ってやる!」
フェイの頼もしい言葉に少しだけ微笑んで頷くと、シンは走る速度を上げた。サーサとウィス、チャキィも足を速めた。アストだけはこれ以上速くは走れないのか、スピードがそのままだ。その後を、いざとなったらアストを拾っていこうとフェイが走る。
走りに走り、ついに城の前に出た。
それと同時に、空が白く光った。そして数瞬遅れて、後方から轟音が聞こえてくる。先ほどサブトの外で見聞きしたのと同じ光と音だ。
シンが足を止め、振り向いた。残る面々もそれに倣い、足を止めて後方を見る。
「……これは……!」
ウィスがそれだけ言い、絶句した。
先ほどまでシン達がいた広場は、今はすっかり焼け野原と化してしまっている。広場だけではない。そこを中心とする広大な面積が、焼けてしまっていた。先ほどモンスターと戦った場所と見比べても、違いがわからないほどだ。
「どうなってるのよ、これ……」
呆然と、ホースが呟く。背後で、ガラガラと石が崩れるような音がした。その音に反応し、一同は再び視線を城の方へと戻す。
「何だ、あれは……!?」
フェイの背から降りたリアンが目を見開く。
城が消えていた。あるのは、風車のような巨大な建物。鉄でできているのか、鈍く光っている。その周りには、見覚えのある色の石が大量に転がっている。先ほど垣間見た、城の壁と同じ色だ。
「あれを造るのには、相当な時間がかかったんだろうね……。ミャコワンに見咎められないように、お城の中で密かに……ってところかな?」
「……って、あれ何なんですか!? アストさん、あれを見た事は!?」
「無い……です。禁書の……古い、ページにも……載って、いません……」
アストが首を横に振り、そしてシンを見る。そして、ウィスも。
「シン……あれが何か、わかる?」
「多分ね。ウィスは?」
「わかった……と思う」
ウィスの返事に頷き、シンはチャキィ達の方へと向き直った。
「ウィス、もしウィスの考えと違ってたら訂正して。……あれは魔力圧縮砲、とでも言うべき物だと思う」
「魔力圧縮砲?」
意味がわからず、サーサが首を傾げた。
「大量の魔力を圧縮して、一気に放出するための装置だと思う。最初の焼け跡からは僕の魔力が感じられたみたいだし……多分、エネルギー源はさっきのモンスターを使って作り出した魔力結晶だろうね」
「圧縮されたまま放たれた魔力は、地面なり人なり……何らかにぶつかった瞬間に解放されて、大爆発を起こす。さっき、ウィスの中に十年以上溜まり続けてた魔力が解放された時も、一気に噴き出して凄い事になってたでしょ?」
シンとウィスの説明に、一同は納得した顔で頷いた。だが、チャキィがすぐさま頭の上に疑問符を浮かべて問う。
「けど……だったら何で次を撃ってこないんでしょう? 不吉な事を言うようですけど、今撃たれたら逃げれませんよ、ボク達」
「考えられる理由は、二つ」
シンが、右手の指を二本だけ立てて見せた。
「まず、魔力の圧縮にとても時間がかかる。広場で見た時既に圧縮を始めていたみたいなのに、実際に撃たれるまでに私達はここまで走ってくる事ができた。多分、安全面か何かの問題で照準を定めてからじゃないと魔力の圧縮ができないんだろうね。だから、私達は助かった」
「二つ目の理由は、僕達が城に近付いたから、かな? 今僕達を撃ったら、自分達も巻き添えになっちゃうからね」
「あら。では、もう私達が撃たれる恐れはありませんのね?」
ウィスは頷き、振り向きながら叫んだ。
「そうでしょう? 神官レルグ!」
そこには、どこにいたのかレルグが立っていた。憎々しげにウィス達を睨み、その手は怒りで震えている。その後には、初めて見る顔が控えていた。
歳は五十代半ばから六十代といったところだろうか。口ひげを蓄え、高級そうなオリーブグリーンの衣服を身に纏っている。見た目だけなら高貴そうな男だ。頭の上にミャコワンの王の物と比べると少々貧相な冠を戴いている。恐らく、彼がこの一連の騒ぎの黒幕の一人、サブトに住まうラースの副王なのだろう。
「あの一発で私達全員を片付けるつもりだったみたいだけど……残念だったね。この通り、全員ピンピンしてるよ」
不敵な笑みを顔に浮かべ、挑発するようにシンが言った。
「お前らのお陰で人生狂わされちまった奴が何人かいるんだ……。落とし前はつけて貰わないとな」
やはり挑発するようなサーサの言葉に、レルグはギリッと歯噛みした。そして、顔に何本もの血管を浮かび上がらせ、叫ぶ。
「何が落とし前だ! 一人や二人の人生がどうした!? そんな物、神殿の復権に比べれば何だというのだ!? 神殿のお告げにより、この世界は思い上がった王から救われる! そして、ミラージュの人材と資源を手に入れる事で更なる繁栄を迎える! 人々は喜び、敬うようになるだろう……。王を倒し、繁栄を呼び込んだ副王を! お告げを下した神殿をっ!!」
「成程。普通の人達はミラージュなんて神話の中だけの世界だと思っているから、本当にミラージュが現れたら神殿のお告げが本物だと信じざるを得ないよね。実際には、シューハクに残っていた文献に正確な年月、日時が書いてあっただけなんだろうけど」
シンが呆れた顔で言った。すると、レルグは目を剥いた。
「黙れ! お前達にわかるのか!? 神の言葉を聞き、奇跡の力を持ち、人々に敬われるべきである神殿が! 神官が! 人々に必要とされなくなっていく無念さが! それなのに、神官であるというだけで望みもしないモンスター討伐や孤児の育成に尽力しなければならない理不尽さが!」
その言葉にチャキィが顔をしかめ、そして叫んだ。
「わかるわけ無いですよっ! 要は自分が皆にチヤホヤされたかったってだけじゃないですか! あなた一人を満足させる為に、何でウィス先生が苦しまなきゃいけないんですか! 何でリアンさんが夢を捨てなきゃいけないんですか!? 何でアストさんが悩まなきゃいけないんですか! 何で……何でシンさんが、両親と離れ離れにならなきゃいけないんですか? わかるわけが無いです! 納得できるわけがないですよ!」
「吼えるな、ガキが! お前達が納得する必要など無い! そもそも、何なんだお前は! 呼ばれてもいないのにしゃしゃり出おって!」
「しゃしゃり出たくもなるさ! こんな物騒なモン見せられたらな!」
サーサが、前に進み出た。続いて、アスト、ホース、フェイ、ルナ、リノとリアンも元いた場所から一歩進み出、レルグを睨み付ける。
「レルグ。どうやらこれ以上話し合っても無駄なようだ。……そろそろ終わらせてはどうか?」
副王が、汚い物でも見るようにシン達を一瞥してからレルグに言った。
「……御意」
落ち着きを取り戻したのか。軽く頷きそれだけ言うと、レルグはマントの下から大ぶりな剣を取り出した。
「やれやれ……この歳になって、実戦を行う事になるとはな……」
言いながら、剣を構える。迎え撃とうと、シン、ウィス、フェイ、リアンも剣を抜いた。サーサは弓に矢を番え、チャキィは両手にお手玉を持つ。アストが、本を強く握り締めた。
「気を付けろ……歳を取り腐っていても、レルグは地位のある神官だ。秘めた魔力は生半可な物じゃない。しかも奴は、若い頃は神殿のモンスター討伐隊隊長格だった。それ相応の剣技も持ち合わせているぞ」
緊張した面持ちでリアンが言う。
「リアンさんが言うなら……相当ですね」
レルグが、剣を天高く掲げた。
「万物に宿りし精霊達よ! 我が剣に宿り、我が力となれ! 炎は全てを焼き尽くし、水は全てを呑み下せ! 大地は揺るぎ、鋭き風は空を裂け!」
叫ぶと同時に、レルグの剣が輝き始めた。最初は赤く。そして、青く。黄色く光り、緑の光を放ち、最後は白く輝いた。
「……ゆくぞ」
呟くように言い、レルグが地を蹴った。
「まずは、風」
レルグの剣から突如風が発生した。レルグは風に乗り、あっという間にシン達との距離を詰める。シンが時折ブラストウェーブを利用して行うのと同じ方法だ。
レルグはあっという間に回り込むと、ルナとチャキィの横に姿を現す。
「次に、水」
「!」
レルグはルナとチャキィが反応する前に、剣を振った。高圧縮された水が刃から勢い良く噴出され、二人に襲い掛かる。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「きゃあぁぁぁっ!」
腕を、足を、腹部を斬り裂かれ、二人同時に地に倒れる。
「ルナ嬢ちゃん! チャキィっ!!」
フェイが剣を振りかざし、駆け寄る。
「そして、炎」
レルグは一度納めた剣を再び抜き放ち、フェイに向かって突き出した。瞬時に刃の水が全て蒸発し、代わりに紅蓮の炎が剣に纏わりつく。炎は刃を超えて尚も巨大化し、槍のようにフェイの腹部を貫いた。
「ぐあぁぁぁっ!?」
フェイが剣を取り落とし、倒れ込む。
一瞬にして前衛と後衛の最大火力を潰され、一同は絶句した。今まで戦ってきた敵達とは、格が違い過ぎる。
真っ先に我に返ったのは、シンだった。次いで、ウィス。
「リノ! フェイに回復を!」
「リアン、ホース! ルナとチャキィを頼むよ!」
ハッとした三人が、傷付いた仲間達の元へと意識を向ける。シンとウィスは剣を構えてレルグに斬りかかり、アストは本を開いて詠唱を始め、サーサは瓦礫の山へと駆けのぼる。
二人が斬りかかってきたのを鼻で笑いながら、レルグは剣を地面へと突き立てた。
「最後に……大地」
ズン! というショックが、全員を襲った。シンとウィスはいきなり誰かに押さえつけられたかのように地面に倒れ、リノ達もその場で地面に縫い付けられた。
「何よ、これ!?」
「体が……急に、重く……」
それでも懸命に腕を持ち上げ、負傷者の傷口に手を当てる。何とか詠唱を行うが、今の状態が影響しているのか……いつものような効果が現れない。
「レルグ……何をした……!?」
力を振り絞って顔を持ち上げ己を見上げてくるウィスに、レルグは嘲笑いながら言う。
「何。大地が物を引き寄せる力を少々弄り、強力にしただけの事。……中々良いザマだな、ウィス。先ほどまでの威勢はどうした?」
「……っ!」
土を掴み、ウィスは腕と足に力を込めて立ち上がろうとする。だが、体は磁石のように地面に貼り付いて離れない。目だけを動かし横を見れば、シンも同じ状態のようだ。
レルグは肩をすくめ、溜息を吐いた。
「愚かな事だ。逆らわず、大人しく駒になっていればもう少しは長生きができたものを……」
そして、剣を振り上げる。ウィスは、首筋にチリッと殺気を感じた。それが何を意味しているのか瞬時に理解し、頬を冷や汗が伝う。
「これで、終わりだ。精々死後の幸福を神に祈るが良い」
レルグの剣が、炎を纏った。剣が振り下ろされようとする。
「……っ! ウィス!」
「ウィスくん!」
「させるかよっ!」
悲痛な叫び声の中に、明らかに一つだけ異色の声音があった。力強く、勢いのある声だ。
同時に一本の矢がヒュンと飛来し、レルグの右手の甲を貫いた。
「ぐっ……!?」
思わず、レルグは剣を取り落とした。慌てて拾い直したが、剣への魔力の供給が途絶えたからだろうか。剣に纏わりついていた炎は消えた。そして、ワンテンポ遅れてウィス達の体が急に軽くなる。
「わ! 急に戻った!」
「驚いてる場合じゃないわよ、ホース! 癒しの雨よ、降り注げ! ヒールレイン!」
「うわっと、そうだった! ごめんね、チャキィくん。お待たせ……って、うわっ! ちょっと、やばいよコレ! ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待ったーっ!! 間に合えっ! 超回復ーっ!!」
「天にまします我らが神に、かしこみ願い奉る! その御慈悲を滴に宿し、幸無き傷を癒し給え! キュア・ドロップ!!」
リノ達が急ぎ回復魔法を施し、ルナ、チャキィ、フェイの傷は次第に消えていく。
その様子に胸を撫で下ろし、ウィスは改めて剣を構え直した。眼前のレルグは剣を構えウィス達に備えながらも、矢が飛来してきた方角を睨みつけている。
「貴様、どうして……!?」
視線の先にはサーサが涼しい顔で立っている。場所は、先程と同じ。瓦礫の山の頂上だ。
「さぁな? 僕はただ、お前を狙い易い場所に移動しただけだ。何で僕だけ動けたのかなんて、知った事じゃない」
「瓦礫の山の上にいたから、かな? サーサだけはレルグと少し距離を取っていたし、地面に直接触ってない。だから魔法の効果が無かったんだと思う」
シンが、誰に聞かせるでも無く言った。ウィスだけが「成程」と頷いて見せる。
サーサが、弓に二本目の矢を番えた。そして、間髪入れずに放つ。第二の矢は、寸分違わずレルグの左腕を貫いた。
「ぐっ……! このガキが!」
今度は剣を取り落とさなかったレルグが、剣をサーサに向ける。そしてレルグは、サーサとの距離を一気に詰めるべく唱えた。
「万物に宿りし精霊達よ! 我が剣に宿り、我が力となれ! 炎は全てを焼き尽くし、水は全てを呑み下せ! 大地は揺るぎ、鋭き風は空を裂け!」
だが、剣は先ほどとは違い、光らない。
「……何!?」
何が起こっているのかわからず、レルグは目を見開いて剣を見た。やはり、剣はチカリとも光っていない。
「ど……どうなってるんだろう?」
困惑気味の顔でウィスが呟いた。シンも、訝しげにレルグを見ている。
「何だろう……この感じ、どっかで……」
そう呟いてから、視線をレルグの顔から手へと移した。サーサの放った矢は完全に手の甲や腕を貫いている。白い矢じりが見えた。
「……あれ? あの矢じり、どこかで……」
ウィスが呟き、そしてシンとウィスは同時にハッとした。
「サーサ!?」
「ちょっと、サーサ! それ……!」
驚いた声で叫ぶシンとウィスに、サーサはニカッと笑うと三本目の矢を取り出して見せた。その先にも、白い矢じりが付いている。
「そ。さっき戦ったモンスターの歯。シンがあいつの口に剣を突っ込んだ時、何本か欠けて落ちただろ? サブトに来る前に拾っといたんだよ」
そう言えば、サーサはサブトに入ってから何本かの矢を弄っていた。あれは矢じりをモンスターの歯に挿げ替えていたのだろう。
ウィスが、唖然としつつも感心したという顔で頷いた。
「そうか……あのモンスターの歯には、噛み付いた相手を封印状態にする効果があるらしかった……。だから……」
「そ! これを矢じりにすれば、当たった奴の魔法を封印できるかも、って思ったわけ。大当たりだったみたいだな」
満足そうにサーサが言う。それに反し、レルグの顔が引き攣った。肩が、怒りか何かでわなわなと震えている。
「馬鹿な……魔法が使えなくなっただと? この私が? 馬鹿な! そんな事があるわけが……あって良いわけが無い!!」
「ウィスはそのあって良いわけがない状態に、十年以上なってたんだよ。お前のせいでな。……こういうの、何て言うんだっけ?」
「因果応報、じゃない?」
シンの言葉に、サーサは「それだそれだ」と手を打った。そして、三本目の矢を弓に番えるとそのままレルグに向ける。シンとウィスも、再び臨戦態勢に入った。
レルグはジリ……と後に下がり、口をパクパクと開閉させた。
「こ……こんな事が……。有り得ない……。神殿が……私が負けるなど、認めない。……そうだ。私は絶対に認めない! 認めないぞっ!!」
叫ぶや否や、レルグは急に方向を転換し、駆け出した。剣を捨て、身軽になって魔力圧縮砲へと走っていく。先ほどは気付かなかったが、扉のような物が見える。中で照準や射出タイミングを合わせるのだろう。
「待て!」
レルグを追おうと、ウィスも走り出す。シンとサーサも、それに続いた。だが、魔力圧縮砲の元へ辿り着く前に、その前方は大量の兵士に塞がれる。中央に、副王が立っていた。
「ふん……所詮はこの程度か。思った以上に小物だったわ」
「今まで高みの見物を決め込んでた人がそれを言うんだ?」
呆れ返った顔でシンが言った。すると、副王は相手を馬鹿にしきった顔で言う。
「何とでも言うが良いわ。連戦に次ぐ連戦で、最早余力はあるまい?」
「……」
黙り込んだシン達に、副王は勝ち誇った顔で嗤った。
「少々予定は狂ったが、問題無い。まずはお前達を始末し、魔力圧縮砲でミャコワンを狙い撃つ! 混乱した所を一軍でもって攻め立てれば、湖東地方の制圧など容易いものだ。そして私は、この世界の王となる! 誰も私の上に立たない、真の支配者となるのだ!!」
「いや、それってさ……ミャコワンの王様が、こっちのクーデターに気付いていなければ……の話だよね?」
シンが、難しそうな顔をして呟いた。
「……何?」
副王が、怪訝な顔でシンを見る。
「どういう事、シン?」
ウィスもやはり、怪訝な顔でシンを見た。
その時、ガチャガチャと音を立てて一人の兵士が走ってきた。酷く慌てている。そして、顔が青ざめている。
「もっ……申し上げます!」
「何事だ!?」
副王の怒鳴り声と異様な雰囲気に、走ってきた兵士は「ひっ!」と短く悲鳴をあげた。そして、ガタガタと震える声で注進する。
「みっ……ミャコワンの王軍がリルンベ湖を超え、先ほどサイスイの港に到着しました! 王軍はそのまま休む事無く、サブトへ進軍しているとの事! その数……その数およそ五万との事です!」
「五万!? サブト軍の五倍以上ではないか!」
副王が思わず叫び、辺りがざわめいた。
「五万か……得体の知れない密告なのに、ここまでの人数を出すのは予想外だったな……。ラースの王様も、中々凄いね」
感心したシンの呟きに、副王は益々顔を険しくした。
「貴様……何をした!?」
「シン、密告って?」
副王とウィスの問いに、シンはケロリとした顔でサイスイの方角を指差した。
「サイスイに「金額さえ弾めばミャコワンの王様にだって荷物を届けてやる」って豪語する運送商人がいてね。せっかくだから、利用させて貰ったよ。運んで貰ったのは「サブトの副王がクーデターを企てているらしい」っていう私の推測と根拠を書いた手紙。本当に届けてくれたみたいだね。勿論、軍を出す前に偵察を出して真偽確認ぐらいはしてるんだろうけど」
「あぁ、そう言えばいたな、そんな運送商人。……向こうもまさか、本当にミャコワンの王様に届けてくれなんて言ってくる奴がいるとは思わなかっただろうな。緊張したんだろうな……可哀想に」
運送商人に同情を寄せるような顔でサーサが呟いた。
「やると言った以上はちゃんと仕事をしてもらわないと。リルンベ湖を定期船で十回往復してもおつりが出るぐらいの金額を払ったんだしね」
さも当然とばかりに言い、シンは副王に向き直った。
「そんなわけで、あと少ししたらサブトはミャコワンの王軍に取り囲まれると思うよ? 見たところ数的に勝ち目は無さそうだし……とりあえず逃げた方が良いと思うけど?」
「……!」
シンの発言に、副王は苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、兵達に向き直ると命ずる。
「全員、サブトの外へ! 一時撤退し、態勢を立て直す!」
「しっ……神官レルグはどういたしますか!?」
「放っておけ!」
言うや否や、副王と兵士達は波が退く時のようにあっという間に撤退を開始した。その後姿を見送りながら、シンはアストに声をかける。
「アスト、お願い」
「わかり、ました……」
頷き、アストは詠唱を始めた。
「改訂作業を、開始します。いずれの、時か……知りし、事。我が、力と……する、為に……蓄えて、おきし……その、姿。我は今……その……力を、欲し……ここに……解放、する…………デリート」
アストの本から光が飛び出し、副王と兵士達の元へ飛んでいく。光はやがて壁や格子に姿を変え、副王達を取り囲んでいく。
「なっ……何だこれは!?」
副王の悲鳴が聞こえてきたが、気にする事無くアストは次々と壁を出していく。そして、最後の一枚を出して副王と軍を身動きが取れないほど完全に閉じ込めると、本をパタンと閉じた。
「改訂作業を……完了しました……」
「一体どれだけ壁や格子を仕舞ってたんですか……」
意識を取り戻していたらしいチャキィが、弱々しくも呆れた声で呟いた。それに、アストはただ照れ臭そうにはにかんで見せる。そして、顔をウィスに向ける。
「後は……レルグだけ、ですね。ウィス……」
頷き、ウィスはレルグが入っていった魔力圧縮砲を仰ぎ見た。そして、ギョッと目を見開く。
「あれ……!」
その言葉に、シン達も上を見る。そして、同じようにギョッとした。
魔力圧縮砲が光り、魔力の圧縮を始めている。光り具合を見る限り、恐らく発射まで三分も残っていない。レルグの狂ったような叫び声が聞こえた。
「はははははっ! これで終わりだ! 全て滅べ! 滅んでしまえっ!!」
「レルグの奴……気が触れたか!? 砲身がミャコワンの方角に向いている……計画通りミャコワンを撃つ気だぞ!」
リアンが叫び、ホースが慌てる。
「まずいわよ、これ! サブトがこんなんになって、これでミャコワンまで撃たれたら、ラース全体が滅茶苦茶な大混乱状態になっちゃうわ!」
「けど、今から走っても間に合うかどうかわからないわ!」
「間に合ったところで、止め方がわからねぇ……!」
リノとフェイが、悔しそうに叫ぶ。
「……」
シンは、暫く黙って考えていたかと思うと手を前に突き出し、詠唱を始めた。
「汚れを知らぬ無垢なる水よ、剣となりて敵を討て! アクアスライサー!!」
無数の水の刃が、魔力圧縮砲へとぶつかっていく。だが、それらは全て壁面を少々傷付けただけでただの水へと戻ってしまう。
「駄目か……破壊しようにも、私の魔法じゃ威力が足りない……」
そう呟き、シンは「けど……」と振り向いた。高威力の魔法を使う事ができるルナとチャキィは、まだかなりのダメージが残っている。強力な魔法を使わせる事は危険だ。
「……となると、残る手段は……」
ブツブツと呟きながら、シンは視線をウィスに移した。
「?」
シンの視線に、ウィスは思わず一歩退いた。すると、シンは一歩だけ前に出て距離を詰め、そして言った。
「ウィスの魔法で破壊するしかないか」
「……え?」
一瞬何を言われたのかわからず、ウィスは呆けた。そして、すぐに理解し、顔を強張らせる。
「魔法を……僕が?」
「他に強力な魔法を使えそうな人間が、今この場にいないからね。……元々は魔法使い並の魔法を使えてたんでしょ?」
「そうだな。俺が保証する」
「ちょっと、リアン!」
アッサリと頷く幼馴染に、ウィスは非難めいた叫び声を発した。
「昔はできていたんだから、できないとは言わせないよ。あと、さっき私達がウィスから引き受けた魔力は余剰分だけ。体内に魔力が大量に残っている事はわかっている。観念しろ」
少々脅迫めいたシンの言葉に、ウィスはぐっと言葉を詰まらせた。そんなウィスに、シンは更に言う。
「ブランクを心配してるなら、そこは私達がサポートするよ。とにかく、今はウィスにやってもらわないと何ともならない」
「……」
黙るウィスに、シンはトドメを刺すように言った。
「あれが発射されたら、顔も知らない誰かが死ぬよ?」
「!」
その言葉で、ウィスの顔が引き締まった。
「……サポートを頼むよ」
シンが、頷いた。
「それと……」
「?」
シンが首を傾げた。すると、ウィスは少々恥ずかしそうに言う。
「今から詠唱を考えるわけにもいかないし、子どもの頃に使ってた言葉をそのまま使うけど……笑わないでよ!?」
その言葉に、シンは一瞬ぽかんと呆けた。そして、ニヤリと笑う。
「それは……子どもの頃のウィスの言葉の選択次第だね……」
その返答に、ウィスは情けない顔で笑って見せた。そして、魔力圧縮砲の砲身を睨み上げ、右手を上空へと突き出し、左手を添える。
全身の魔力を右手へ集め、練り上げる。手が赤く光り出し、次第に昔の感覚が蘇ってくる。チリチリと指先が熱くなってきた。
「まだだよ……もう少し。もう少し魔力を集めて。じゃないと、威力が足りない」
横で、シンが囁いた。ウィスは黙って頷き、右手に更なる魔力を集める。呼吸が、緊張で荒くなった。
「……気負うな、ウィス。練習用の木人形がでかくなっただけだと思え!」
リアンの声が耳に響く。木人形、という言葉に、ウィスの目がぴくりと動いた。
今までは思い出すのも辛かった記憶が頭の中で勢い良く蘇る。魔法を練習した日々。初めて魔法が使えた日の事。魔法が上達して、将来の可能性を語り合っていた事。そして、度胸試しで訪れたシュンセイ遺跡……。
「……全ては、あの時から始まっていたんだ……」
ぽつりと、ウィスは呟いた。それの意味するところがわかったのだろう。リアンが頷いた。
「そうだ。あの時全てがおかしくなった。それを今終わらせろ、ウィス!」
「かなりの魔力が集まったよ。これならいける……今だよ、ウィス!」
リアンとシンの言葉に、ウィスは頷いた。そしてあれ以来唱える事のなかった言葉を叫ぶ。
「姿を現せ、不死なる炎! 翼をまといて空を舞い、穢れを包みて無へと帰せ!」
ウィスの頭上に、巨大な炎の鳥が現れる。昔よりもずっと大きく、ずっと力強い炎の鳥だ。
ウィスはす、と左手を降ろし、右手を魔力圧縮砲に向けた。そして、それを勢い良く振り下ろしながら叫ぶ。
「ブレイズフェニックス!!」
炎の鳥が、魔力圧縮砲へと突っ込んでいく。強烈な炎は鉄部を溶かし、外壁に穴を開け、最後は建物全体を包み込んだ。砲身部分が折れ、魔力を圧縮しながら炎の中へ落ちていく。発射される寸前だった魔力は地面と強烈な炎に触れ、解放される。
そして、爆発が起きた。
リノとリアンが取り急ぎ防御魔法を使用したが、それでも防ぎ切る事ができずに一同は爆風で吹き飛ばされる。辛うじて残っていた建物が、全て音を立てて崩れていった。
そして、光と音、風が止んだ時……そこから、サブトの街は消えていた。