光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





51





「古の大地に眠りし聖なる炎……障壁となりて敵を討て! フレイムウォール!」

自らと相手の間に炎の壁を生み出し、敵が怯んだところでバックステップ、距離を取る。体勢を整え、アクアスライサーを詠唱無しで立て続けに三発。それでも相手は倒れたまま詠唱をし、魔法で攻撃してくる。仕方が無いので

「英傑の祈りが呼びし風……乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!」

強烈な風で吹き飛ばし、残された建物に激突させて無理矢理失神させる。それよりも更に街の中心に近い場所ではフェイが暴れている。

「うおりゃああぁっ! 死にたい奴ぁ前へ出ろ!」

雄叫びを発しながら剣を振り回し

「ブラックレイン」

「ホワイトアウト」

「ぐあぁぁぁっ!?」

二人の神官が同時に唱えた魔法を直に受けて膝を折った。

「攻撃力と素早さは目を見張る物がありますが、魔法耐性が全く無いようですね」

「信仰心の無い者を神は守ってくださらないという事ですよ」

それだけ言うと二人の神官はブツブツと詠唱を始める。先ほどの魔法と同じ物だ。

「フェイさん! ……堅固なる大地よ、彼の者を守れ! グランドバリア!!」

リノが素早く唱え、土の壁が第二派からフェイを守る。

「済まねぇな、リノ嬢ちゃん!」

礼を言いながらフェイが立ち上がる。

「お礼は良いです! ……癒しの雨よ、降り注げ! ヒールレイン!」

傷を癒されながらフェイは走り、二人の神官を斬り伏せる。致命傷には至らなかったようだが、先ほどシンが倒した相手と違い、こちらはもう詠唱をする気力は残っていないようだ。

同じ轍を踏まぬようにと、物陰に隠れて詠唱をしている神官もいる。彼の視線の先には、物理攻撃では最大の火力を誇るフェイ。そして、その近くで戦闘を繰り広げるシンとウィスも魔法の攻撃範囲内だ。詠唱を完成させ、今まさに魔法を放とうとした瞬間に右手を矢が貫いた。

「ぎゃっ!?」

射られた衝撃と、術者の思考の混乱により、右手で練られていた折角の魔力は霧散してしまう。

「やらせるわけないだろ、卑怯モン!」

言いながらサーサは次々とその神官に矢を射かけていく。次から次へと浴びせかけられる矢をわたわたと避けているうちに、一本の矢が臀部に刺さる。そのままその神官は気絶した。

「あとは……あっ!」

辺りを見渡し、サーサは叫んだ。視線の先ではリアンが一人の神官と激しく剣を交えている。

「どうしたどうしたっ! 動きが遅いぞ神官リアン! 前に出ず女子どもを守るとは、どういった心境の変化だ? それでも鬼神と呼ばれるほどの戦闘狂か? ミラージュへ行って腑抜けたかっ!?」

「相変わらず煩い男だ! 俺が何をしようと、お前には関係な……くっ……!」

顔を顰めたリアンに対し、相手の神官は嬉しそうに顔を歪める。

「何だ? 足を怪我しているのか? 成程なぁ、それで後衛に留まっているというわけだ。そいつは結構、好都合っ! お前を倒して、私は女性神官達から見た神殿一強く頼れる男の座を手に入れるっ! ついでに、ゴドで密かに人気がある神官ナンバーワンの座もっ!」

「前々から思っていたが……お前、馬鹿だろう? 神官がそんな俗物でどうする?」

「お前には言われたくないなぁっ! 神官になった以降も隠れて剣の練習に励み、戦闘となれば真っ先に飛び出す血生臭い神官にはおひょうっ!?」

気持ち良く演説しているところに矢の雨が降り、煩い神官は煩い叫び声をあげた。その隙をついて、リアンは思い切り剣の柄を相手の鳩尾にめり込ませる。煩い神官は静かになり、そのまま地面に倒れ込んだ。

「無理矢理神官にされた奴が神官らしくないのは仕方ないだろうが。ってか、煩いよ、お前」

サーサがリアンの元へ駆け寄り、聞こえていない相手に呆れた様子で言葉をかけた。

「……一応、礼は言っておく」

「やめろよー。お前に何度も礼とか言われると、何かあるんじゃないかって思っちまう。僕はまだ死にたくないぞ?」

不本意そうに礼を言うリアンと、笑って茶化すサーサの後ではアストが本から様々な壁を出し、後衛組の砦をせっせと築いている。

「改訂作業を、開始します。いずれの、時か……知りし、事。我が、力と……する、為に……蓄えて、おきし……その、姿。我は今……その……力を、欲し……ここに……解放、する…………デリート」

人が五人は隠れる事ができそうな壁を何枚も出した事で、アスト、ルナ、チャキィ、ホース、リノの姿は完全に見えなくなった。少なくともこれで、遠方から魔法で狙い撃ちにされる事は無い。壁ごと攻撃されなければ、の話だが。

「こんな、ところでしょうか……。改訂作業を、完了しました……」

「はいはい、アストくんお疲れーっ! それだけ出したら、魔力も随分減っちゃってるんじゃない?」

「そう、ですね……。このままだと……リビジョンを、一度……使えるか、どうか……という……ところです」

アストが正直に頷くと、ホースは「よしっ!」と言ってアストの右手に自らの右手を重ねた。

「?」

「アストくんの魔法はまだまだ必要だもの。早めに魔力が回復するようにしておいてあげるわ。……早く元気になぁーあれっ! ほいっ! 魔力回復速度上昇ー!」

本当に何度聞いても詠唱らしくない詠唱でホースがアストに補助魔法をかける後では、ルナとチャキィが気合いの入った顔で詠唱をしている。見る者から見れば、破壊へのカウントダウンが聞こえてくる状況だ。

「鋭き閃光、激しき雷鳴、畏れ振り撒き闇を裂け! 雷の手、タケミカヅチ!」

「豊作を祝う収穫祭、おどけて泥玉投げ遊べ! スライミーボール!!」

壁と壁の隙間から的確に相手を狙い、雷と泥玉を落とす。そして、仕上げと言わんばかりにチャキィは叫んだ。

「そして呑まれろ! ボトムレスポンド!!」

雷と泥玉を辛うじて避けた二人の神官の足元で、落ちた泥玉がみるみるうちに拡がっていく。拡がった泥はやがて泥沼と化し、神官達の足をからめとり、そして呑みこんでいく。

二人の仲間が泥沼に呑み込まれていく様を目の当たりにした神官は、顔が明らかに引き攣っている。そして自棄になったのか、気合いとも悲鳴ともつかぬ奇声を発しながらウィスに突っ込んでいく。

「怖いなら、止めれば良いのに。……あぁ、そうか。神官だもんね……。神官レルグの……神殿からの命令は絶対、か……」

攻撃をいなしながら、ウィスは哀しそうに呟いた。その言葉が耳に届いたのか、届いていないのか……神官は泣きそうになりながら叫ぶ。

「てっ……天にまします我らが神よ! 我に力を与えたまえっ!!」

詠唱、だったのだろう。叫んだ直後、その神官の力がほんの少しだけ強くなった。だが、本当にほんの少しだ。ウィスからすれば、ほとんど変わっていないも同然である。

「イメージができていないみたいだし、何より魔力の練り方がなっていないよ。このできじゃあ、合格点はあげられない……。補習の上、要追試……ってところかな?」

それだけ言うと剣で相手の武器を叩き落とし、そのまま体当たりで先ほどの泥沼に叩き落とした。

「さて……ウィスが倒したので全部かな?」

涼しげな顔でシンが呟いた。ウィスや、他の者達も辺りを見渡す。確かに、レルグの命令で攻撃を仕掛けてきた神官達は全滅したようだ。誰一人として、動いている神官はいない。リアンと、レルグ、そしてレルグの傍らに控えている一人を除いて。

「そうみたいだね……とすると、残るは……」

ウィスが視線をレルグに向けた。レルグは不快そうに顔をしかめ、ウィス達を睨み付けている。

「チッ……役立たずどもが! おい、アレを出せ!」

レルグの命令に、控えていた神官がどこかへと走っていく。サーサが訝しげに首を傾げた。

「あいつ……この期に及んで、何をする気だ?」

「さぁな……だが、今がチャンスだぜ。今なら奴は一人っきりだ!」

勇ましく叫び、フェイが走り出す。だが

「……待って! フェイ!」

ウィスがいつになく大きな声でフェイを制止した。驚き動きを止めるフェイに、ウィスは言う。

「無暗に突っ込まない方が良いよ。相手は神官レルグだ。彼は……何の意味も無く自分一人が危なくなるような状況を作るような人間じゃない」

ウィスの言葉に、リアンも頷いた。フェイは困ったようにシンを見た。すると、シンは言う。

「ここは、ウィスとリアンの人物評を信じた方が良いと思う。レルグと一番付き合いが長いのは、二人だからね」

フェイが、黙ったままウィスとリアンに視線を向ける。

「……嫌な予感がする」

それだけ。根拠を述べる事も無く、ウィスはそれだけ言った。顔は、今までに無いほど緊張しているように見える。リアンも同様だ。

「経験者による勘って奴か……」

フェイが苦い顔をして呟いた。その時だ。

甲高い鳥の鳴き声と狼の咆哮と蛇が舌を出す時の音を混ぜ合わせたような、不快な音が辺りに響き渡った。

「!? 何ですかっ!?」

「レルグの背後から聞こえてくる? けど、これって一体……」

チャキィが不安そうに首を巡らせ、シンが考え込むような顔をしながらレルグに視線を向ける。レルグの横に、先ほどどこかへ走っていった神官が戻ってきた。そして、その背後から巨大なモンスターが現れる。

大きさは、三メートルから四メートルほど。見た目はトカゲに似ている。口には鋭い歯がずらりと並び、手足にはやはり鋭い爪が備わっている。二足歩行で、かなり速そうでもあった。

「あ……あ……」

「あれは……」

ウィスの顔が、声を発する事すら困難に見えるほどに引き攣った。同じように、リアンの顔も歪んでいる。

「!? どうしたんですか、ウィス先生! リアンさん!?」

「ちょっと、顔が真っ青よ!? ウィスくんもリアンくんも、どうしちゃったのよ!?」

「あの時の、モンスターだ……」

ホースに詰め寄られ、ウィスはやっとそれだけの言葉を絞り出した。右手が、無意識のうちに腹に当てられる。

その様子に、ホースは顔を今まで以上に険しくした。

「……あの時って……あの時? ウィスくんが魔法を使えなくなったっていう?」

ウィスは、力無く頷いた。

「成程ね。それって、シュンセイ遺跡での出来事だっけ? 十年以上前にシュンセイ遺跡にいたモンスターが、よりにもよって副王のいるサブトに出現。しかも、神官に連れられて。そして、ウィス達があのモンスターに襲われた後神官達に助けられたらしい事を考えると……あれは元々神官達の手で飼われていたって考えるのが自然かな? シュンセイ遺跡で人には言えないような実験を行っていたって推測は、あながち間違っちゃいなかったみたいだね。あのモンスターをシュンセイ遺跡で飼い馴らして、いざという時は戦闘に出す。……普通の兵士の何十倍もの攻撃力がありそうだよね」

「そんな! それじゃあウィスとリアンは……神官達が飼っていたモンスターに襲われて、それでウィスは魔力を失って……?」

「その上リアンは強制的に神官にされ、それと二人の友情を利用して、成長してからは二人を駒としてトルスに……そういう事になりますわね」

リノがショックを受けた顔で、ルナが不快そうな顔で言う。すると、レルグは楽しそうに、それでいてシン達を心底見下した顔で言う。

「中々聡明なお嬢さん達だ。だが、飼っていたというのは少し違うな。これは、私達が生み出した生命体だ。それも、全く別の研究をしていた過程で偶然生まれた、な」

「研究?」

眉を寄せてシンは呟いた。

「そうとも。元々シュンセイ遺跡は、神殿が人知れず研究を行う為に造られた施設だ。数百年の時を経て、再び本来の目的で使用したのだよ。魔力結晶を開発する為にな」

「魔力結晶ですって? アストくん、それって……あれよね? 私達も使った、トーコク遺跡の塔から別の世界に行く際に楽ができる……」

「言い方は、悪い……ですが、そう、です……」

アストは頷き、そして言葉を足した。

「トルスの……シューハクの、長は……言って、いました。あれの、作り方は……既に、失われていて……予備も、無い……と」

「その通りだ。そして、その貴重な魔力結晶を……ミラージュを先行調査する為には絶対に必要だった魔力結晶を、盗んだ奴がいる!」

「!」

シンがぴくりと反応した。だが、その表情に変化は殆ど無い。

「私達は慌てて魔力結晶に代わる物を開発しようと、シュンセイ遺跡に籠り日夜研究を続けた! 魔力の凝縮と結晶化、何人分もの魔力を一つにまとめる方法、少ない魔力で強大な威力を生み出すすべ。果ては、他人から魔力を奪う事ができないかまで研究し尽くした! ……結局、ミラージュへ行く為の魔力結晶を作り出す事はできなかったがね」

「そりゃ、そうだろうね。どれだけ研究したところで、トーコク遺跡の塔からトルス……ミラージュへ行く為には、ミラージュに住む人の魔力が必要なんだから」

シンが呆れたように言った。すると、レルグはニヤリと嗤った。

「だが……その過程で様々な物を生み出す事には成功した。そのうちの一つがこのモンスター……。魔力を喰らい、結晶化した魔力を生み出す……私達の最高傑作だ」

「魔力を……喰らう?」

不吉な響きに、シンは顔をしかめた。すると、レルグははや勝ち誇った顔をして言う。

「気になるのならば、見せてやろう。……やれ」

レルグに言われた途端、モンスターは横に控えていた神官ののどもとに勢い良く噛み付いた。

「!?」

「あがっ……!?」

唖然とするシン達の前で、それ以上は喋る事もできず、神官はそのまま息絶えた。モンスターは暫くの間神官の死体を咥えていたが、やがて口を開く。死体はドサリと地に横たわり、モンスターの歯からは鮮血が滴り落ちた。

「……!」

あまりにショッキングな光景に、リノが思わず口を押さえる。リアンとサーサ、そしてホースが即座に、リノ、ルナ、チャキィの視界を手で遮った。

視界がクリアなままの七人が見詰める前で、モンスターは尾を上げた。すると、尾の下に隠れていた穴から緑色の小さな結晶がぽとりと落ちる。レルグはそれを拾い上げ、詰まらなそうに言った。

「たったこれっぽっちか……。大した魔力は持っていなかったようだな。……まぁ、良い。何かの足しにはなるだろう」

「シン……あの結晶……」

ウィスが、シンに声をかけた。

「うん……大きさは比べ物にならないけど、魔力結晶にそっくりだね」

「……という事は、あれもトーコク遺跡の塔のような何かを動かすためのエネルギー源になり得る……という事か」

リアンが苦々しげに呟くと、ホースが「あぁ」と頷いた。

「それね。それでさっきの謎が解けそうだわ。レルグの話をまとめると、あのモンスターは噛み付く事で相手から魔力を奪う事ができる。ウィスくんが生きている事を考えると、相手が死ぬかどうかは相手の生命力と噛み付いた部位しだいね。それで、体内で奪い取った魔力をまとめて結晶化して、卵のように生み出す。そして、生み出された魔力結晶は何らかの魔法装置のエネルギーとして利用される」

「それでさっきの爆発の後、焼け跡からウィスの魔力が感じられたんだね。……十年以上前にウィスに噛み付いて奪い取った魔力を、何らかの――多分、ああいった大きな爆発を起こす事ができる――装置のエネルギーとして利用したんだ。モンスターは体内で複数の魔力をまとめる事ができるから、あそこからはウィス以外の魔力も感じられた」

「そうなるわね」

ホースが頷くのとほぼ同時に、レルグは胸の前でゆっくりと拍手をした。そして、よく通る声で言う。

「素晴らしい! 私が補足する点はほとんど無いようだ! あえて言うなら、これを出してきた事で私が何をするつもりなのか、が抜けているようだがね」

「言うまでもないでしょ? 魔力を持たないウィスには関係無いって発言からでも想像できるけど……このまま私達にモンスターをけしかけて、全員の魔力を奪う。私達がそれで死ななかった場合は、まとめて捕まえて、あとは殺すなり投獄するなり。……違う?」

再度呆れたような顔をして、シンが問うた。すると、レルグは満足そうに頷いて見せる。

「話が早くて助かるよ。さて……するべき説明が済んだところで、そろそろ始めようか」

レルグの言葉に、シン達は一斉に身構えた。その様を楽しそうに眺めながら、レルグは一言、モンスターに囁いた。

「やれ」

モンスターが未だ血にまみれた口を大きく開け、地を蹴った。








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