光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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一筋の光が空から降り、カホン遺跡へとぶつかった。塔は明け方の空の下白く輝き、辺りをまぶしく照らしたかと思うとやがて収束していく。

「……っ……」

降り立った時の衝撃を逃がそうと、深く吸った息を時間をかけてゆっくりと吐き出しながらシンは立ち上がった。辺りを見渡してみれば、一緒にいた仲間達がほぼ全員転がっている。

ウィスとリアン、フェイ、リノは既に上半身を起こし、シンと同じように周りを見渡している。サーサとホース、アストは酔ったのか蒼い顔をして呻いている。そしてルナとチャキィは、心地良さそうに寝息を立てていた。

「よくあんな衝撃があったのに寝てられるなぁ……」

苦笑しながら、ウィスがルナとチャキィを起こそうと優しく揺らした。

「ほら、チャキィ。それにルナも。起きて。風邪を引くよ?」

「うーん……まだ眠いです……」

「あと五分だけ寝たら起きますわ、お母様……」

「起きようね?」

ルナの寝言を聞いた途端に、ウィスは揺らす力を強くした。後ではフェイとリアン、リノが笑いを堪えている。

「んあ……? ……あ、おはようございます、ウィス先生……」

「あら……? おはようございます」

「ほら、二人ともシャンとして。目が覚めないなら、水でも飲む?」

「あれじゃあ本当に母ちゃんじゃねぇか……」

チャキィとルナの世話を焼くウィスの姿にフェイが呆れた様子で言い、リアンとリノが再び笑いを堪えているような仕草をした。

「とりあえず……僕達の事忘れないでくれないか……?」

「うー……ぎぼぢわるい……。最後に食べたご飯、がっつかないで少なめにしておけば良かったわ……」

「吐き気を……本に、閉じ込めて……しまいたい、です……」

呻く三人を横目で見つつ、シンは塔の下を覗き込んだ。そして、すぐに顔を険しくすると言う。

「体調不良だったり寝起きだったりするところ悪いけど……ゆっくり体の調子を整えている場合じゃなさそうだよ?」

シンの言葉に、ウィスとリアン、そしてフェイがやはり険しい顔をした。ウィスとフェイは走って、リアンは足を引きずりながら――途中から見かねたリノが肩を貸した――塔の縁へと向かう。

シンと同じように塔の下を覗き込み、ウィス達は一様に眉を寄せた。

塔は、囲まれていた。何百……ひょっとしたら何千かもしれない。神官服を纏う者、鎧を着込む者。どう見ても明らかに神殿もしくは副王の関係者だ。皆、剣や槍、弓を手にしている。

「前に見た時よりも増えてる……。ウィス達が戻ったら捕らえるとは言ってたみたいだけど……まさか、こんなに大量に人を派遣してくるとはね……」

「何で……?」

唖然として呟くウィスの背を、フェイがどことなく楽しそうに叩いた。

「良いじゃねぇか。捕り手が多いって事は、それだけ強ぇって思われてるって事だろ。男として、名誉な事だぜ?」

「思うに、アストのリビジョンを恐れた……ってところかな? 勿論、リアンやチャキィの魔法も充分脅威だけどね。詠唱を邪魔したり、リビジョンが成功しても何人かは漏れる事ができるように人海戦術を採用したんだと思う」

言いながら、シンはちらりと後を見た。

「尤も、その一番恐れられている人は今現在動く事すらままならないわけだけど」

アストは移動時の酔いがまだ治らないのか、上半身は起こしたもののフラフラと頭を揺らしている。余計に酔いそうだ。

「どうする? いくらなんでも多勢に無勢だ。あの三人は使い物にならねぇとして、リアンとリノ嬢ちゃんも今は攻撃手段が無ぇようなもんだ。突っ込んで囲まれるだけならともかく、五人を塔に残していくのは正直まずいと思うぜ?」

下手をしたら前の敵に気を取られているうちに五人を人質に取られるかもしれない。フェイが危惧しているのはそこだろう。

「そうだね。……どうしようか……」

シンとウィスが考え込み、リアンがじれったそうに敵を睨んだ。とりあえずブラッディ・レインで相手の攻撃力を削れるだけ削ってやろうかとでも考えていそうな顔だ。

「あら、それでしたら私達にお任せ下さいません事?」

深刻な顔で考え込むシン達に、ルナが声をかけた。喋り方や歩き方が、若干ふわふわしている。まだ半分寝ているのだろうか。

「ルナ。……任せるって?」

シンに問われ、ルナは後に控えるチャキィに視線を向けた。

「シューハクにいる時、私、チャキィの魔法を鍛えに鍛えましたの。丁度良い機会ですので、今からその成果をお目にかけますわ。良いですわね、チャキィ?」

「勿論ですよ!」

自信満々の様子でチャキィが言い、前に進み出る。そして、シン達に「任せる」と言われないうちからお手玉を取り出しジャグリングを始めた。そしてチャキィは、いつものようにジャグリングをしながら詠唱を始める。

「お手玉、火の玉、火炎玉! 飛び跳ね、ぶつかり、燃え上がれ!」

宙を舞うお手玉が、次第に炎を帯び始める。チャキィはそれらを放り投げると、右手の人差指を眼下の敵に向かって振り下ろした。

「ファイアーコメット!!」

炎のお手玉が塔の下へ落下し、あちらこちらを飛び跳ねる。相手は慌ててそれらを避け始めた。だが、確たるダメージは与えていないようだ。それに、遠くまで退かせるほどの威力も出ていない。

「おい! これじゃあ今までと同じじゃねぇか! どの辺が今までと違うんだ!?」

「慌てないで頂けません事? 本番は、これからですわ」

がなるフェイに、ルナは余裕の笑みを見せて言った。その笑顔が、妙に怖い。

敵がお手玉を避けつつも後退しない様子を見ると、チャキィはニヤリと笑って振り下ろした右手を持ち上げ頭上に掲げた。そして、叫ぶ。

「そして弾け飛べ! ポップボム!!」

叫ぶや否や、兵士や神官達の間を跳ね回っていた炎の玉が爆発した。軽い感じの技名とは裏腹に強烈な炎と爆風を生み出したそれにより、多くの敵が後へ吹っ飛んでいく。

「なっ……何じゃありゃあっ!?」

驚き叫ぶフェイの横で、シンが淡々と言った。

「最初の魔法に多めに魔力を注ぎ込んでおいて、タイミングを見計らって最初の魔法の効果と余剰分の魔力を混ぜ合わせる……。それによって更に威力の大きな魔法を発動……これが、いわゆる追加魔法、って奴なのかな?」

「追加魔法!? 聞いた事はあるけど……まさか本当にできるなんて……」

「……」

ウィスが呟き、リアンが押し黙る。そしてリノが、何かに気付いたようにルナの顔を見た。

「ねぇ、これってルナが鍛えた結果なのよね? ……って事は、ルナも……?」

「勿論、できますわよ」

頷き、ルナは塔の下を覗き込んだ。

「あらあら。このままだと、前に私がやった時よりも酷い火事になってしまいますわね」

言いながら、ルナは両手を前にゆっくりと出し、唱えた。

「たゆたう水面、流れるせせらぎ、静かに音無く飲み下せ! 水の一の手、ワダツミ!」

前と同じように、水の塊が炎に向かって落ちていく。だが、今回は前よりも炎の規模が大きい。消し切れなかった事を確認してから、ルナは更に唱えた。

「逆巻く激流、消えゆく水泡、激しき力で圧し潰せ。水の二の手、スサノオ!」

唱え終わった瞬間、蒸発せずに残っていた水が増えた。水はあっという間に辺りに拡がり、海のようになって炎を消した。そして、そこで役目を終えた水達は水蒸気に姿を変えて天へと昇っていく。恐らく、この後雲へと姿を変え、いずれはラース全土に雨を降らせるのだろう。

「そのままにしておくと、あちらこちらが水浸しになってしまいますものね」

にこやかにルナが言う。対するシン達は、息を呑んだ。敵はチャキィとルナの魔法に恐れをなしたのか、完全に撤退してしまっている。塔の上にいるから冷静に見ていられるが、これがもし自分達も戦闘のフィールドにいたら……

「だから、今までの戦闘では使わなかったのね、ルナ……」

「えぇ。仲間まで傷付けてしまっては、申し訳がございませんもの」

恐る恐る呟いたリノに、ルナは笑顔で頷いた。そして、チャキィに言う。

「チャキィ、完璧な追加魔法でしたわ! もう教える事は何もございませんわね」

「はい! ルナさん、ご指導ありがとうございました!」

呑気に喜びあっている魔法使い二人を尻目に、シンは注意深く辺りを見渡してから仲間達に言った。

「見たところ、相手は完全に撤退したみたいだよ。塔を出るなら、今のうちだと思う」

ウィス達は頷き、そして移動酔いをしていた三人に視線を移す。三人は未だに顔色が悪くフラフラしてはいるが、一応立ち上がれるようにはなっている。

「……? あれ? どうした? 何があったんだ……?」

真っ青な顔でシン達の顔を見回しながら、サーサが問うた。どうやら、チャキィとルナの追加魔法お披露目会を見逃したようだ。ホースとアストも、首を傾げている。そんな三人に、目撃者達は言った。

「見なくて良かったと思うよ?」

「正直、ちょっと怖かったしね」

「背筋が凍り付くぜ?」

「アレを敵に回したくはないと、俺ですら思った」

「人によっては、トラウマになるかもしれないわね……」

いつの間にか自分達よりも蒼い顔をしている仲間達に、サーサとホース、そしてアストは更に首を傾げた。









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