光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「何か……ものすごーく久しぶりに来た気がします」

トーコク遺跡の塔を見上げて、チャキィが呟いた。

「実際には、ひと月経つか経たないか、ってくらいなんだけどね」

「あの時は……夜だったな。だが、今は夜なのか昼なのか、まるで区別がつかん」

ウィスとリアンも、チャキィに続いて感慨深げに言う。シンとリノ、それにフェイとルナも頷いた。

「ラースが完全にトルスに重なるまで、もうあまり時間はありませんわね」

「そう言えば……完全に重なったら、あとはどうなるのかしら? 例えば、ラースがトルスから離れ始めてから、ラースのシャンカイに行ったら……あそこの光に飛び込んだら、どこへ落ちるのかしら……?」

リノの疑問に、トルス出身の者達は首をひねった。

「遠洋に落ちる、とかじゃねぇのか?」

「シャンカイの繋がりは消えて、今度はラースのトーハイに行かなければトルスに戻ってこれない……という事も考えられるわね」

「まぁ。では、もしラースのトーハイとトルスのシャンカイも離れてしまったら、私達はトルスに帰ってくる事ができなくなってしまうのかもしれませんわね」

「その場合は、ラースのトーコク遺跡を利用すれば何とか帰って来れるんじゃないかな? 母さんは、二つの世界が繋がって無い時に塔を利用してトルスに来たわけだし」

「じゃあ、もしラースとトルスが離れ離れになっちまっても、お前らはちゃんとトルスに帰れるんだな?」

サーサがホッとしたように言った。すると、険しい顔をしてリアンが後から口を挟む。

「塔に注ぎ込むだけの魔力を持つ者が一人でも生き残っていれば、の話だがな。因みに、ラースからトルスへ行く為の魔力結晶は残っていないぞ。シンの母親が使ったからな」

「あ。……そうなると……」

呟きながら、サーサは仲間達の顔を見渡した。ルナ、シン、リノ、そしてホースの顔を眺めてからフェイに視線を遣り

「とりあえず……誰か一人が犠牲にならなきゃいけないなら、迷わずフェイだな」

「異存は無ぇが、思っても口にするんじゃねぇっ!」

「異存は無いんだ……」

フェイが怒鳴り付け、ウィスが困ったように苦笑した。

「まぁ、異存があるか無いかは置いておいて。いきなり仲間を庇って死亡とかはやめておいてね。守られた方は守られた方で結構辛い物があるだろうし。どんな状況でも、全員が無事でいられるように最大限の努力はしよう」

「嫌味か。俺を見ながら言うな」

リアンがシンに抗議をし、その後塔の階段へと視線を向けた。続いて階段へ視線を向けたウィスは、心配そうにリアンを見る。ウォートンから乗ってきた馬では、この階段は上れそうにない。

「それはそれとして……リアン、足は大丈夫? 今から階段をかなり上るけど……行けそう? もし辛いなら、肩を貸すよ? それか、フェイに頼んで負ぶってもらうって手も……」

「要らん! 痛みはほとんど無くなっているんだ。助けが無くても、これぐらい一人で……」

言いかけ、リアンは続く言葉を呑み込んだ。気付けば、自分を除く全員がジッと視線を投げ掛けてきている。半数はジトリと、半数は哀しそうな目で。

「チッ……」

舌打ちをしながら、リアンはウィスの肩に腕を回した。

「……肩を借りるぞ、ウィス」

少しだけ照れながら、そして口籠りながら、もう一つおまけにそっぽを向きながら言うリアンに、ウィスはくすぐったそうに笑い頷いた。

「十歳かそこらのガキかよ……」

呆れながら言うサーサの頭を、シンはぺしっと叩いた。

「痛っ! 何するんだよ、シン」

「茶化さないようにね。あの二人、その十歳かそこらの子どもの時に、普通の子どもと同じような友達関係を築けなくなったんだよ? 互いに気を使い過ぎて、全てを一人で背負い込もうとしてね。それがやっとリセットされて、子どもの時と同じ関係に戻る事ができた。……そう考えても、同じように言える?」

「……わかったよ」

頷き、サーサは視線を塔へと戻した。

「僕達も行こうぜ。遅れを取ったら、笑われそうだしさ」

「そうかなぁ?」

首を傾げながらも、シンも塔の階段を上り始めた。残る面々も、それに続く。チャキィは今回も器用というのを超えたレベルで、大玉に乗りながら階段を上っていく。ウィスとリアンを除く全員が、唖然としながらその様子を見守った。

一行はゆっくりながらも着実に階段を上っていき、やがて塔の頂上へと辿り着いた。全員が祭壇の上へと登り、自然と円を作る。

ウィスは、シューハクの長から渡された魔力結晶を懐から取り出し、暫く見詰めてから仲間達の顔を見る。

「いよいよ、だよ……。これを石盤に設置して、一言唱えたら……僕達は、ラースへ行く事になる」

仲間達が、無言のまま頷いた。そんな彼らに、ウィスは真剣な目で言う。

「ここまで来て言うのも何だけど……引き返すのなら、今のうちだよ。シン達の話によると、神殿はカホン遺跡に僕達が現れたら迷わず捕まえるつもりでいるらしいし……それから逃げる事ができても、神殿やサブトの副王との戦いは避けられないと思う。……それでも、ラースへ行く?」

「愚問だな」

リアンが馬鹿にするように言った。

「元々、俺が命じられた任務だ。巻き込まれた奴が行くのに、俺が行かない話は無い。それに……どうやら神官レルグには借りを返す必要があるようだからな」

「私は……トルスを、完全に……滅ぼしたくは、なくて……トルスに、来ました。それと、同じように……ラースも、滅んで、ほしくは……ありません。神殿や、副王の……思うようには、させません」

アストが言い、チャキィがそれに続いた。

「ボクは勿論、ウィス先生についていきますよ! 先生への恩返しと言うには、まだまだ活躍が足りませんからね!」

「私には、主治医として皆の健康を管理する義務があるもの。ついて行かないわけにはいかないわよ。それに、放っておくとすぐに無茶をする連中には監視の目が必要だわ。ねぇ、リノくん?」

ホースに話を振られ、リノは頷いた。

「そうよ。皆、放っておくと何をやり出すかわからないもの。何かあった時のためにも、サポート役は必要でしょ?」

「私は、シューハクの者としてこの一連の騒動を最後まで見届けなければいけませんわ。ですから、勿論共に参ります。よろしいですわね、サーサ?」

「何で僕に訊くんだよ? ……いや、良いんだけどさ。あぁ、勿論、僕は行くぜ? 自分の世界の事だしな。フェイ、お前はどうする?」

サーサに問われ、フェイは心外と言わんばかりの顔をした。

「わかり切った事を訊くんじゃねぇ。ラースの連中を放っておいたら、そのうちこっちにも攻め込んでくるかもしれねぇんだろ? 陛下の治世を脅かす奴を放置しておいたら、護衛剣士の名折れだ。それに、女子どもが行くっつってんのに俺がここで逃げるわけにはいかねぇし、そうでなくてもここまで付き合ったんだ。最後までとことん付き合わせてもらうぜ」

フェイの言葉に、シンが頷いた。

「ウィス。皆、覚悟はできているみたいだよ。……勿論、私も行く。私が学者である事、幼い頃からミラージュに興味を持ち研究してきた事、父さんと母さんが関わっているらしい事。それらを差し引いても、私はこの件に深く関わり過ぎたからね。こうなったら、必ず最後まで見届けたい」

ウィスは、頷いた。

「わかった。……僕も、リアンやアスト、シンと同意見だよ。神官レルグに借りを返して、神殿と副王によるラースの支配を阻止する。そして、必ず最後まで見届ける!」

はっきりとした声で言い放ち、ウィスは魔力結晶を石盤へと置いた。塔と繋がり、魔力結晶が光を放ち始める。シンが、周りに呼び掛けた。

「みんな、近くにいる人に掴まって! ラースに行く時、船以上に揺れるよ!」

シンの言葉を受け、それぞれが近くにいる者と手を繋ぎ、あるいは肩を組む。その作業が終わるか終わらないかのうちに、ウィスは叫んだ。

「レイズ!」

瞬間、塔が一気に光り輝き、そして光はあっという間に塔の頂上まで上りきった。光は塔の中心部である祭壇に集約し、祭壇が強烈な光を放ち始める。

光は祭壇の上に集まりきると、爆発したように輝きを増し、空へと昇っていく。そして、光が空へ昇るにつれ、塔の輝き自体は次第に褪せていった。

光が祭壇に集約してから二十秒も経たないうちに、塔の光はすっかり消え去ってしまう。そして、祭壇の上からウィス達十人の姿は消えていた。








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