光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「とりあえず、今から私達の世界はトルス、ウィス達の世界はラースって呼ぶ事にしたよ。話す際に混乱を避けるためだから、徹底よろしく」

先ほどの部屋に全員が再集合し、話し合いが始まると真っ先にシンはそう言った。部屋の中ではリアンがベッドに腰掛け、その他の者は床に車座になって座っている。部屋の隅には、シンとウィスから要請を受けたシューハクの長と長老が同席している。

「……は? ……いや、それは良いんだけどさ。前フリ無しで言うなよ」

「トルスと、ラース、ですか……。話が、わかりやすく、なって……良いと、思います」

「確かに。自分の世界の事をミラージュって呼ばれると、ちょっとムッとしちゃいますしね」

その場にいた者全員が世界の呼び名について承諾し、今後どうするかの話し合いが始まった。

「まずは、現状確認だ。シンの推測では、ラースの神官レルグはサブトの副王、シューハクの一部の人達と手を組んで、王様を倒し、ラースを支配しようとしている。僕達がトルスに派遣されたのは、資源と人材をトルスから確保して、副王側を有利にする為。そしてできれば、トルスもラース副王の支配下に置く為だ。……ラースのシャンカイを利用すれば、軍隊をトルスに送り込む事も可能だからね。今現在そういった動きが無いのは、先遣隊である僕達が戻らず、トルスの様子がわからないから、だと思う。勿論、ラースを完全に掌握してからって考えもあるんだろうけど」

「シューハクの人達に調べて貰った結果、トルスの方ではそういった動きは無い。トルスからラースへ行くにはトーコク遺跡の塔を使うしかないからね。少なくとも、トルスのサブト軍がラースに攻め込むって事は無いと思う」

「サイスイの方を見て参りましたが……サイスイの港には軍船は一隻も見当たりませんでした。トルスの副王には野心は無いと思います」

シューハクの長が念を押すように言った。

「つまり、現段階ではラースの神殿と副王を何とかすれば良いってわけか」

「神殿とサブトさえ何とかなれば、シューハクの方はあまり危険視しなくても大丈夫だろう。今でさえ情報提供しかできない状態だ。サブトと神殿がラースを支配できない状態となれば、副王派は自然消滅する筈だ」

サーサとリアンの発言に、ウィスとシンは頷いた。

「だから、まず私達はラースへもう一度行く必要がある。けど……一つ問題がある」

「問題?」

リノが首を傾げた。

「ラースへ行くには、どうしてもトーコク遺跡の塔を使う必要がある」

「? それのどこが問題なんだ?」

怪訝な顔をしてリアンが問うた。

「まず第一に、私達は塔の使い方を知らない。……と言うか、使い方は研究の結果わかっているんだけど、試してみても何も起こらなかった」

「帰れる保証も無いのに、ラースへ行こうと試したんですか!?」

「それを言ったら、チャキィくん達だって塔が本当に使えるかわからないのに、こっちへ来ちゃったんでしょ? 人の事は言えないわよ」

ホースに言われ、チャキィは「あはは……」と乾いた笑い声をあげた。その様子につられて苦笑しながら、ウィスはシンに言う。

「シンが試して上手くいかなかったのは仕方が無いよ。シンは、トルスの住人だからね」

「? どういう事?」

「トーコク遺跡の塔は、他の世界から来た人間が、元の世界に戻る為に造られた塔なんだ。それは、トルスでもわかってる?」

シンが首を横に振った。

「そうなんだ……。じゃあ、ラースのシューハクにだけ伝わっていたのかな? 出発前に神官レルグから渡された資料によると、トーコク遺跡とカホン遺跡の塔は元の世界に帰る為の装置として造られたようなんだ。トーコク遺跡が射出口で、カホン遺跡が受取口、とでも言うのかな? ……けど、世界はトルスとラース以外にも沢山ある。そして、トルスとラースほど頻繁じゃないけど、他の世界と繋がることだって何万年に一回くらいはあるらしい」

「気が遠くなりそうな話ね……」

リノの呟きに、ウィスは「そうだね」と言った。

「トーコク遺跡の塔は一つしか無い。そして、塔の魔法を使う為の詠唱も一種類しか無い。じゃあ、塔はどうやって使い手の元の世界を識別すると思う?」

ウィスの問い掛けに、シンは「あ!」と叫んだ。

「魔力……?」

シンの解答に、ウィスは「ご名答!」と言った。そして、手元で何かをメモするジェスチャーをして見せる。恐らく、孤児院や大学で子どもや学生達に質問をし、正答を出してきた場合には意欲点をメモしているのだろう。

「そう。塔は、使用者の魔力で、使用者の出身世界を識別しているらしいんだ。シンがトルスの塔で詠唱したところで、そこは既にトルスだからね。塔は魔法を発動させる必要は無いと判断したんだろうね」

「だから、リアンが魔力を注ぎ込み、ウィスが詠唱を完成させた魔法で私達がラースへ飛ばされてしまいましたのね」

ルナが感心したように言い、リアンが頷いた。

「人間の体内のどこかには、魔力を生み出す器官が備わっているらしいという事は知っているな? ラースの神殿やシューハクの奴らに言わせると、その器官が完全に出来上がるのは五、六歳頃らしい。その時までにラースで採れた物を食べ続けていれば、その魔力はラースの……こういう場合は何と言えば良いんだ? ……そうだな……言うなれば、ラースの色に染まった魔力を生み出すようになる」

「じゃあ、例えば生まれたばかりのラースの子どもが、シャンカイの繋がりからトルスに落ちて、五、六歳頃までトルスの物を食べながらトルスで育てば……親も出身地もラースなのにトルスの魔力を持った子どもになるって事か?」

「そういう事になるね」

「なーんか、ややこしいわね……」

リアン、サーサ、ウィス、ホースの次に言葉が続かない事を確認してから、シンは口を開いた。

「私が塔を使えなかった理由はわかったよ。何となく、こうなるような気はしていたけど……。つまり、トーコク遺跡からラースへ行くには、どうしてもラースの魔力を持っていて、且つ塔に大量に注ぎ込む事ができる人物……この場合は、リアンかチャキィに頑張ってもらう必要がある」

「なら、話は早いな。塔の魔法は俺が引き受ける。これからの戦いに、チャキィの魔法は必要不可欠だ。下手に魔力を消費させるわけにはいかない」

「だっ……駄目ですよ!」

即座に言ったリアンに、チャキィが間髪入れずに反対した。

「リアンさんは今、足を怪我していて、前衛としては戦えないんですよ!? それが塔で魔力を使い果たして、魔法まで使えなくなったら……それってただの役立たずじゃないですか!」

「……!」

チャキィの言葉に、リアンが絶句した。それに、シンが追い打ちをかける。

「そうなんだよね……。これだけの人数だと、リノとホースの補助だけだとちょっと辛いと思う。リアンの魔法も、できれば温存しておきたいよ。それに、前衛として戦えない、足を怪我していて動きも遅い、魔法も使えない、の三重苦だと、何かあった時人質に取られる可能性も高いと思う」

シンの言葉に、ホースが納得して頷いた。

「あ、それ困るわね。やり辛そう。それに、そうなったら少なくともウィスくんは確実に行動不能ね」

「……否定できないのが悔しいな……」

ウィスが苦笑し、チャキィがそれに続く。

「ボクも、それはちょっと戦い辛いです」

「私も……動きが、止まる……かも、しれません」

「俺も、人質まで取られるとやり辛ぇ」

「私も戦い難いですわ」

「私も……」

「僕も、周りがみんな止まっちまったら動けないかもしれないな」

「ほら、私以外は皆リアンが人質に取られたら攻撃できないって言ってるよ」

「お前はできるのかよ!」

「……」

サーサがシンにツッこみ、リアンは複雑そうな顔で黙り込んだ。シンはサーサに「冗談だよ」と言いながら、話を元に戻した。

「けど、リアンが言った通り……どんな敵が出てくるかわからないし、これからの戦いでチャキィの魔法は必要不可欠。だから、チャキィにも塔の魔法を任せるわけにはいかない。これがトーコク遺跡の塔を利用する事に問題があると思う理由の二つ目」

「あらあら……塔の魔法を使える人が、いなくなってしまいましたわね……」

ルナが口元に手を当て、困った顔をして呟いた。

「リアンとチャキィが魔力を半分ずつ……っていうのも考えたんだけど……」

「危ないよ。魔力を混ぜ合わせるなんて何が起こるかわからないし……もし二人の魔力が塔の内部でぶつかり合って相殺、なんて事になったら、それこそ無駄な消費だよ」

ウィスが、シンの考えに反対した。そしてシンも、それを危惧していたのか黙って頷いた。

「……僕の魔力がもうちょっと……いや、かなり? 多ければ良かったのにな。僕は主に弓を使うから、魔力を使い切っても問題無いし」

「それを言うなら、僕だよ。僕から魔力が消えてなければ……」

「消えてなければ魔法使いになっていただろうが。チャキィと同じように「ウィスの魔法は温存しておきたい」と言われて終わりだったと思うぞ」

「……」

リアンの言葉にウィスが黙り込み、それ以上の意見も出ないまま部屋は沈黙に包まれた。

「あ、あのー……」

その沈黙を破るように、恐る恐る声を発する者がある。その人物を見ようと、一同は首を巡らせた。それまで黙って話し合いを見ていたシューハクの長が、おずおずと手を挙げている。

「あら。どうなさいましたの、長?」

ルナが首を傾げると、長は少しの間躊躇ってから言った。

「その、トーコク遺跡の塔の魔法ですが……シューハクの方で何とかできるかもしれません……」

「!?」

長の言葉に、一同は目を丸くした。

「それ……どういう事ですか?」

シンが問うと、長は「こちらへ……」と言って部屋の外へと一同を促した。一同は立ち上がり――リアンはウィスの肩を借りて――長の後をついていく。長は家を出るとそのまま隣に位置する古いが大きく頑丈そうな造りの建物に入っていく。シン達も、それに続いた。更にその後に、長老が続く。

建物の中には壁一面の棚が並び、様々な物が置かれている。大量の書物、色も大きさも様々な水晶類、何に使うのかよくわからないアイテム類が主だ。

「これを……」

そう言って、長は棚から一つの大きな水晶のような物を取り出した。人の頭ほどのサイズがあり、薄い紫色だ。中に、星のような光が見える。

「これは?」

ウィスが興味深そうに覗き込んだ。その後から、チャキィも恐る恐る眺めている。

「これは、ラースの魔力を集め結晶化した物……そのように伝わっています」

「!?」

長の言葉に、一同はざわめいた。

「どういう事ですの、長? 私、そんな物があるなんて初めて聞きましたわよ!?」

「無理も無い事です。これの存在を知っているのは、シューハクの中でもほんの一握りの人物だけ……。下手な使用を防ぐ為に、代々シューハクの長が後継者にのみ伝えてきた物ですから……」

「これを使うと……どうなるんですか?」

ウィスの問いに、長は口を開いた。

「皆さん、魔力を蓄えておいて、条件を満たせば勝手に魔法が発動する装置はご存じですね?」

全員が頷く。ミャコワンの王城に設置されている結界用の石像や、シャンカイの太陽光を遮断する石像が思い当たった。

「あれと似たような物ですよ。これには、塔の魔法を発動させる為の詠唱が既に封じ込めてあるという事です。尤も、あれらの装置はこの魔力結晶を作り出す過程で考え出された物のようでして……これを作る為には、あれらよりももっと複雑な工程があるらしいのですがね。そして、結晶化した魔力はこれでもかなり凝縮されていて……塔を発動させる丁度一回分の量だとか……」

「! それって……」

長は、頷いた。

「この結晶を塔の祭壇に――石盤があったと思います。その上に置いて……あとは、一言、「レイズ」と唱える。それだけで、祭壇に乗っている者は皆……ラースに行く事ができるでしょう」

「何でそんな便利な物を、今まで使わなかったんだ? それさえありゃあ、トルスとラースの間を行き来し放題だ。シューハク遺跡島に引き籠ってラースに関する資料を必要以上に守らなくても良くなるじゃねぇか」

「これ一つしか無いんですよ」

フェイの問いに、長は静かに答えた。

「ラースだけじゃありません。他の異世界の魔力を結晶化した物も、ここには保管してあります。有事の際の緊急連絡用らしいのですが……これが作られたのは、何千年……ひょっとしたら、何万年も前の事です。魔力結晶の正しい作り方は既に失われていて、予備はありません」

「つまり、出し惜しみしてたって事ね?」

ホースがズバリと言い、長は苦笑した。

「今までに有事と言えるような事件が起きなかっただけですよ。皆さんの話を伺う限り、今回の騒動はその有事であると思います。下手をしたら、トルスが滅びてしまいますからね……」

長の話に一同は「なるほど」と頷き、その中の一部の者は「ん?」と首を捻った。

「あの……ちょっと待って下さい。塔の魔法は全て同じ詠唱で、他の世界の魔力を結晶化した物をいくつも保管していて、それが緊急連絡用という事は……それって、ラースにも同じように保管してあるって事ですよね? この場合は、トルスの魔力の結晶が……」

ウィスの言葉に、全員の顔が強張った。

「確かに、そうだ。……って事は、その気になりゃあラースの連中がカホン遺跡からトルスを滅ぼしに来るって事も考えられるんじゃねぇのか!?」

「その心配はございませんぞ」

フェイの言葉を打ち消すように、長老が言った。皆の視線が集まる中、長老ははっきりとした声で更に言う。

「ラースに保管されていた、トルスの魔力結晶……それは、既に失われておりますからな」

「それは……どういう意味ですの、長老?」

ルナの問いに、長老は遠くを見た。昔を懐かしむような顔をしている。

「今から……二十五年か、三十年か……それぐらい前の事でしたかな。当時十代の、一人の少女がシューハクを訪ねて参りました。勿論、当時もシューハクへの出入りは基本的に禁じられており、我々の存在を知る者は神殿と王都と副都に一部存在するのみでした。ですから不審に思い、当時長であった私はその少女に訊いたのです。何者なのか、どこから来たのか……と」

「……それで?」

唾を呑み込み、シンが続きを促した。顔が、何故か緊張している。

「少女はこう申しました。「私は、あなた達が言うところのミラージュから来た。ミラージュのシューハク遺跡島で生まれ育った者だ」と……」

「何だと!?」

「二十年以上も前に、ラースの人間がトルスに!?」

リアンとウィスの叫び声に、長老は頷いた。

「彼女は、こうも申しました。「今、私の世界では……何年か後に二つの世界が繋がった時、相手の世界を滅ぼし二つの世界を支配しようという計画が秘密裏に進められています。私はそれを阻止したく思い、緊急連絡用の魔力結晶を盗んでここに来たのです」と」

「そうか……魔力結晶が無ければ、二つの世界が繋がる前に先遣隊を送り込んで下調べをする事ができなくなる……。それだけで、ラースの神殿や副都にとってはとんでもない時間のロスになる筈だ……」

「私とルナが神殿で盗み聞きした時に聞いた、「アレが盗まれてさえいなければ」っていうのは、この事だったのね……」

ウィスとリノが、得心して頷いた。

「それで……その人は?」

シンが、少し震える声で問うた。すると、長老は申し訳無さそうな顔で言う。

「彼女は、トルスの王に会わせて欲しいと言ってきました。会って、直接この事を伝え備えさせたいと。シューハクからの紹介であれば、無下に断る事はできませんからな。ですが、私は……それを断ったのです」

「何故ですか!?」

チャキィが思わず叫んだ。

「ラースからの攻撃に備えるとなれば、今までひた隠しにしていたミラージュの話が世界中に伝わってしまう恐れがありました。それによる、世界の混乱を恐れたのです。それに、その話を王が聞く事で、こちらの……トルスのシューハクも同じように王を倒そうと思っているのではないかと疑われるのを厭うたのです」

「何て事だ! それがわかってりゃ、ここまで振り回される事も無かっただろうによ!」

フェイが、非難がましく叫んだ。すると、それを窘めるようにリノが口を挟む。

「そんな事、わかりませんよ。言ったところで、当時の王様は信じなかったかもしれません。終わってしまった事を今言っても仕方が無いですよ……」

「……そうだな」

フェイがしおらしく項垂れたのを見た後、ウィスは長老に向き直った。そして、問う。

「それから……その人はどうなったんですか?」

「シューハクの中に、魔法もろくに使えず、優しいだけが取り柄の……町の者達に役立たずと言われて馬鹿にされ続けている若者がおりましてな……。それに、少女が余計な事をしないよう監視させようと――もう町の者達から馬鹿にされて辛い思いをしなくても良いようにと口実を設けて――外の世界に出しました。その少女と一緒に……」

「その……外に出されたという人の名前は?」

シンが、硬い声で問うた。様子がおかしい。そんなシンの顔を見て、長老は暫し迷うような顔をした。だが、その後決心を顔に表し、その場にいる者全てに聞こえる声で言った。

「彼の名は、ノールド。ノールド・トルスリア……」

その名が出た瞬間、辺りは水を打ったように静まり返った。

「……トルスリア?」

「それって……」

サーサとウィスが、声を絞り出すように呟いた。シンは、暫く目を閉じ黙っていたかと思うと、掠れた……消え入りそうな声で言った。

「間違い無い……。父さんの、名前だよ……」








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