光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「シン! やっぱり無事だったのね!」

「良かった、じゃなくて、やっぱり、なんだ……」

苦笑しながら、シンはリノ達を迎え入れた。

「ったくさー……心配させるなよな」

「全くだ。次こんな事したら、思いっきりぶん殴ってやるからな!」

「とにかく……ご無事で何よりですわ」

シンの仲間達が、ぞろぞろと部屋に入ってくる。そして、その後からチャキィとホースが飛び出してきた。

「やっほー、リアンくん! 調子はどう?」

「ほら! やっぱり生きてました! リアンさん、生きてましたよ! ウィス先生!」

チャキィに名を呼ばれ、集団の後からウィスが姿を現した。横にはアストが立ち、不安そうにウィスとリアンの二人を見ている。

「ひょっとして、今から感動の再会シーンになったりする? 私達、席を外した方が良い?」

シンが冗談交じりでリノに問う。すると。リノはふいっと目を逸らした。続いて、フェイとルナ、そしてホースにチャキィ、アストまで何故か目を逸らす。

「?」

首を傾げて、シンはサーサを見た。目を逸らし遅れたサーサは、冷や汗をかきながら消え入りそうな声で言った。

「……いや……むしろ僕達は、この場にいた方が良いと思う……」

「え? それって、どういう……」

シンが問う間に、ウィスはゆっくりと歩いてリアンに近付く。二人の距離が、人間一人分になった。

「ウィス……」

バツが悪そうに、リアンはウィスの名を呼んだ。すると、ウィスはにっこりと笑い。

殴った。バキッという音がした。

「!?」

突然の出来事に、シンとリアンは目を丸くする。サーサと、目を逸らした面々は手を額に遣り、もしくは頭を押さえて「まぁ、仕方無いよね……」という顔で頷き合っている。

「……っ! いきなり何をするんだ、ウィス!」

殴られた理由がわからないリアンがウィスを怒鳴り付けた。すると、ウィスは赤くなった拳を更に強く握って怒鳴り返す。

「それはこっちの台詞だよ! 僕達がどれだけ心配したかわかってるの!? 何であんな無茶をしたんだよ!? ボロボロの状態で湖に落ちて! 心臓が止まるかと思ったよ!」

「心配したら殴って良いのか!? お前は普段、孤児院で子ども達にそういう風に教えているのか!?」

「そんなわけないでしょ! 話をすり替えないでよ! 大体何だよ、倒れ際のあの言葉! 情が移ったら弱点が増える? それって何。僕の事も弱点だと思ってたって事? 冗談じゃないよ!」

「弱点を弱点と言って何が悪い!」

「本当に弱点だと思ってたわけ!? それを言うなら、僕も言わせてもらうけど、僕にとってもリアンは弱点みたいな物なんだからね! リアン一人に危ない事をさせたくなかったから、僕はこっちの世界に来たんだ! リアンの派遣が決まってなかったら、誰が世界を滅ぼそうなんて考えるもんか!」

「俺が好きでこっちの世界を滅ぼしに来たような事を言うな! 命令に背けば、あの時の事で今更処罰が下るところだったんだぞ!」

「何だよ、それ! 何でそれを先に言ってくれないんだよ! 一人で全部背負い込むな!」

「お前が言うな!」

「……な? 早い段階で本音をぶちまけてれば、こんな事にはならなかっただろ?」

サーサが呟いたが、その呟きは誰の耳にも入っていない。

「大体、リアンは子どもの時からいつもそうだよ! 何かあるとすぐにカッコつけて自分一人が悪役になろうとして! そんなんだから僕しか友達がいないんじゃないか!」

「お前は人が好過ぎる! おまけに心配性過ぎで、しかも不器用だ! そんな事だから、いつも菓子や玩具を取られっ放しだったんだろうが! それなのに始終笑顔で泣かず怒らず……少しは主張しろ!」

「だから今回は怒ってるだろ! 怒ってるのがわからないと言うなら、もう一発殴ろうか!?」

「そうだな、さっきのは痛かった! 一発返させろ!」

売り言葉に買い言葉で怒鳴り合い、二人は互いの胸倉を掴み合った。今にも取っ組み合いの殴り合いを始めそうな雰囲気だ。

「お……おい、シン。どうする?」

おろおろとしながらサーサが問う。シンは暫く興味深そうに二人の言い合いを眺めていたが、「そうだね……」と呟くと視線をフェイに移す。

「とりあえず、怪我人が出る前に止めようか。フェイ」

「おう!」

返事をすると、フェイはウィスとリアンに近付き、二人の襟首を掴み上げた。それなりの身長を持つ二人が、まるで子どものように軽々と持ち上げられてしまう。

「うわっ!? 何するんだよ、フェイ!?」

「放せデカブツ!」

子どもの如く騒ぐ二人に溜息をつき、フェイはシンに視線を向けた。

「おい、シン。こいつらどうする?」

「とりあえず、引き離そうか。リアンはまだ怪我が治りきってないから、あまり手荒にしないようにね。あと一応言っておくと、この部屋の窓の外は川。水深はそれなりにあるけど、足が着かないほどじゃない。流れは速くないし、泳げる人なら溺れたりはしないと思う」

「つまり、落ちても死なねぇって事だな?」

言うや否や、フェイはまずリアンをベッドの上に放り投げた。そして続け様に

「でぇりゃあぁぁぁぁっ!!」

「え!? うわっ!?」

ウィスを窓から放り投げた。叫び声の直後に、激しい水音が聞こえた。

「ウィス!」

「ウィス先生!」

リアンが顔色を変え、チャキィが窓辺に駆け寄る。窓の下すぐにある川には波紋が広がっている。そして、一分としないうちに波紋の中心からウィスが顔を出した。

「ぷはっ!」

「ウィス先生! 無事ですか!?」

「大丈夫だよ。ちょっと寒いけどね」

苦笑しながら、ウィスは答えた。その顔には、既に怒りは残っていない。チャキィの頭上から、フェイも顔を出した。

「どうだ。ちょっとは頭冷えたか?」

「お陰様で」

「そうか。じゃあ、上がってこい。またケンカしたりするんじゃねぇぞ!」

フェイの呼び掛けに、ウィスは首を横に振った。

「ちょっと、自信が無いな。もう少しここで頭を冷やす事にするよ」

「……好きにしな。けど、ほどほどにしておけよ。浸かり過ぎると風邪ひくぞ!」

ウィスが頷いたのを確認してから、フェイは顔を窓から引っ込めた。

「……って事で、今すぐにこれからの事を話し合うってワケにはいかねぇみてぇだ」

「なら、暫くの間自由時間にしません事? 私、やりたい事がございますの」

ルナの提案に、一同は「別に良いんじゃないか」と頷いた。

「では……チャキィ、参りましょう」

「へ? ボクですか?」

「勿論! 私、常々チャキィの魔法がより強力になるように鍛えてみたいと思っていましたの。ほら、広場に参りましょう」

そう言って、ルナはチャキィの返事も聞かずにさっさと広場へと連れて行ってしまった。

「あ、私はリアンくんの診察と治療をしたいわ。言っちゃ悪いけど、ここの人達、回復魔法はあんまり得意じゃないみたいね。化膿する前にちゃんとした治療をしておかないと」

「必要無い。自分でできる」

憮然としてリアンが断ると、ホースはキッとリアンを睨み付けた。

「駄ぁ目よ。駄目駄目! 回復魔法だって、使えば魔力と体力を消耗するのよ? 今のリアンくんは、消耗を極力抑えて回復、治癒に専念しないと。……と言っても、回復魔法に頼り過ぎると自己治癒力が落ちちゃうから、この場でパッと完治させるワケにもいかないのよね。……というわけで、リノくん、手伝って」

「わかったわ」

頷いて、リノは即座に家の者に湯と清潔な布を借りに行った。流石に慣れている。

「私達は……どう、しますか……?」

「どうって……」

「女ばかりの中に男一人なんてな、そんな良い思いをさせるわけがねぇだろ。男手が必要になる場合もあるだろうしな。俺はここで待機しておく」

「清々しいほどに正直だな、おい」

サーサは呆れた顔をしてから、アストに向き直った。

「僕は、辺りを歩き回ってくるよ。ある程度は町の様子や地形を頭に入れておきたいしな」

「では……私も、一緒に、行って……良い、でしょうか?」

「良いぜ。シンも来るか?」

サーサに誘われ、シンは暫し考えた。そして、首を横に振る。

「遠慮しておくよ。私は私で、見に行きたい所があるから」

「そうか。じゃあ、また後でな」

そう言って部屋、そして家を出たサーサとアスト、シンは家の前で別れた。サーサとアストは町の中でも賑やかな気配のある方角へ。そしてシンは、家の裏手へと回った。目の前に、川が見えた。









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