光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「ミラージュ調査!?」

孤児院での授業を終えたウィスは呼び出しを受け、神殿の奥まった部屋に通された。そこで聞かされた話――ミラージュの先行調査――にウィスは目を丸くする。

「そうだ。神殿に残る予言の書≠ノよれば、あと数週間でこの世界と異世界……俗に我々がミラージュと呼んでいる世界が繋がるらしい。場所は、宵闇の町シャンカイ。そこからミラージュへ行き、どのような世界なのかを見てきて欲しい」

そう言って、レルグはにこやかに頷いた。

「そんな……ミラージュが本当に存在して、しかも僕が生きている間に現れるなんて……。そして、そこに行く事ができるなんて……!」

子どもの頃から憧れを抱き続けてきたミラージュに行けるかもしれない。ウィスの胸は期待で膨らんだ。そんな彼に、レルグは表情を変えないままに言う。

「そして、もしミラージュが我々の住むこの世界と瓜二つの世界であったら……その時は躊躇せず、ミラージュを滅ぼしてきてもらいたい」

「……え?」

時が止まったように、ウィスは感じた。だが、心臓の音が聞こえてくる事から時は止まっていないと思い直す。

「どういう、事ですか……?」

声が震える。何だろう。前にも似たような経験をした覚えがある。

「こういう予言もあるのだよ。同じ姿をした二つの世界が完全に出会った時、二つの世界は同時に滅ぶ。予言によれば、世界という物はいくつも存在するらしい。そして、それらは全て一つの大きな世界の中にある。複数の世界は一つの世界の中で常に移動し、出会ったり別れたりを繰り返している……」

「つまり……二つの世界が完全に重なり合う瞬間があると?」

ウィスの問いに、レルグは頷いた。

「そうだ。そして、もし重なった世界がこの世界と同じ姿をしていれば、その瞬間に二つの世界は滅ぶ。ならば、その瞬間が訪れる前に片方の世界が滅びてしまえば良い。それで、こちらの世界は救われる」

「……自分達が助かる為に、世界を一つ滅ぼそうと……!?」

「どの道、二つの世界が重なり合えば滅びるんだ。なら、こちらが助かるように滅ぼしてしまっても問題は無かろう。それでも納得がいかないのなら、こう思え。こちらの世界は光。ミラージュは、鏡に映った虚構であり、陰。そこにあるようで実態は無い。蜃気楼のような物だ。滅ぼす事に心を痛める必要は無い」

淡々と。事務的にレルグは言う。ウィスは唾を呑み込み、呼吸を整えてから問うた。

「それを……何故僕に? 僕は一介の考古学者兼剣士ですよ? 世界を滅ぼす力なんて持っていません」

「それだ。考古学者兼剣士だからだよ。向こうにも、当然遺跡のような物は存在するだろう。時には、それを調べる必要も出てくるかもしれない。そんな時に頼りになるのは、お前の学者としての能力だ。そして、滅ぼすかもしれない以上、そこで戦闘になる可能性もある。お前の剣士としての腕前は中々だと聞いた。なら、戦闘になっても問題あるまい? ……これで魔法が使えれば、言う事は無いのだがな」

最後の皮肉に怒鳴り出したくなったのを抑え、ウィスはグッとレルグを睨み付けた。そして、ピシャリと言い放つ。

「なら、このお話は残念ですがお断りします。僕は、確かにミラージュに興味を超える憧れを持っています。行けるものなら、是非行って調べて回りたい。けど、自分達が生き残るためとはいえ――例え相手が虚構のような物だと言われても……世界を滅ぼすのは絶対に嫌です。失礼します」

そう言って、ウィスはレルグの部屋を出ようとした。その背中に、レルグはのんびりと声をかける。

「神官リアンは、この任務に赴く事が決まっているぞ、ウィス・ラースタディ」

「!」

友の名が出て、ウィスは足を止めた。そしてゆっくりと振り返り、レルグの顔を見る。

「幼い頃から陰でこっそりと訓練を積んでいたようでな。彼の剣技も中々の物らしい。それに彼はお前と違い、補助系と回復系の魔法を使う事ができる。おまけに、優秀な考古学者≠フウィス・ラースタディと仲が良い。幹部会議では、満場一致で彼の派遣が決まったよ」

「……」

「彼は神官だからな。神殿の決定に逆らう事はできない。例え世界を滅ぼす任務であっても、例え死ぬ危険性があると言ってもだ。そして、彼をこのような立場に追い込んだのはお前だぞ、ウィス・ラースタディ」

「……」

ウィスは黙り込んだまま、レルグの顔を睨み続けた。心臓の波打つ音が、妙に大きく聞こえた。








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